全てが偽りだった
「先程のはなんです。あなた本当は何人もいるんですか?!」
「元気ねぇ」
騎士団に戻った一行は、レオーネ・ヴィンツェンツィオに報告という形で部屋を訪れていた。
「うるさい方だ。神殿から来た方にはある程度良い顔をしておくのは当然でしょう」
ゼノンも呆れたように言う。
「というか、お二人は本当に神殿に属しているんですか!?」
「わたくしは迷い人なの。聞いていないの?」
「私はもともと他国の人間ですので」
百合はソファーに座り資料を読みながら時折足を組み替える。裾がふわりと舞うたびに、フラジールがにこにこと嬉しげに笑った。
ゼノンはもちろん彼女の後ろに控えている。彼の手にも資料が渡されていた。
「・・・迷い人という話は聞いていました。本当なのですか」
「嘘を言ってどうするの? あなたが元の世界に返して下さるのかしら?」
いえ、と初めてコラードは悲しげに首を横に振った。
「すみません」
「ところでエステ殿。この街にも迷い人がいるという話を聞いたことがあるのですが、本当ですか?」
そもそも今回の一件、引き受けたには事情があった。
ゼノンの質問に答えたのはレオーネだった。
「・・・いる」
久々に口を開いた彼に視線をやることもなく、百合やゼノンは資料に目を落としたまま顔を上げない。
「神殿かしら。それとも外に?」
「・・・神殿で保護していると聞いたことがある。だが会ったことはない」
西のエメランティス神殿長がフラジールという護衛付きで寄越したのは、その迷い人を調べるためだった。
東の街オステンには一人の迷い人が保護されている。しかしその人物は神殿から出ることもなく、だがプリーストやプリーティアになる様子もない。保護されて数年は経っているはずだが依然として得体が知れない。
そもそも、男か女か、子どもか大人か、それすらも秘匿とされており、他の神殿でも噂になったほどだった。
ちなみに百合の場合、噂は電光石火の如く王国全土に轟いた。迷い人という悲劇のプリーティアが“麗しの聖女様”という通り名で王国内に浸透しつつあるが、迷い人なら当然という見方をするものも実は少なくはなかった。
「わたくしなら、会えるのかしら?」
「神殿に行くのはお勧めしませんよ。彼らはあなたたちを外に出さないようにするでしょう。むしろ永遠に西に帰れなくなる可能性もあります」
それは、神殿が迷い人を囲っているということか。
百合がそっと顔を上げた。レオーネが感情を映さない瞳で彼女を見つめている。
「行きたいなら勝手に行け」
「仕事が終わったらどのみち行くことになるわ。でもその前に、あなた」
「は?」
百合はコラードに向かって口角を釣り上げた。
「わたくしとゼノンの代わりに情報を集めなさい。患者たちの病に罹る直前の行動と、どのような人物と接触していたか。また急に様子が可笑しくなった等の変化があったかどうか。あったなら何故そうなのか聞いてきなさい」
「・・・は?」
「忙しくなるわ。まずはゼノン、先程会った女性の勤務先に話を聞きに行くわよ。次は情報を整理する。時間はあまりないわ」
「・・・時間がないと言うのはどういうことだ」
珍しく今日はよく喋るなと、コラードは上司を見た。相変わらず淡々としていて何を考えているかわからない男だ。
「私が知っている病なら、私の手には負えないから、他の人を呼ばなくてはいけない。私が知っているものと似ていて、尚且つ薬物等の使用による症状であるならばなんとか出来るかもしれない。判断は早い方が良いわ」
知らず、コラードの喉がごくりとなった。
知っていたら手におえない? そうでなければ直せるというのか。
「こ、根拠は」
全員の視線がコラードに集中し、彼は無意識に背を伸ばした。
「どうすればそれを見極めることが出来ると言うのですか。本当に、あなたを信じていいのか」
女は初めてコラードを真っ直ぐに見つめ、そして美しい顔で口元に弧を描いた。
コラードが信頼している部下数名と、更にその部下たちが手分けして情報収集に乗り出した。もともと最低限の情報があったため、新たに集めるとしたら患者たちの交友関係ぐらいだった。
すぐには集めきれなかったが、エステラの件だけは一時間程で判明した。もともと数少ない宿屋で働いている若い女というだけで街の者なら皆知っていた。
エステラはここ数か月程、宿に泊まった客と良い仲になって、何度も会うようになったのだとか。
はじめは軽く言葉を交わすだけだった相手は、次もその次もエステラの居る宿に泊まりに来てくれた。恰好から見て王都の商人だろうと思われる。まだ若い男で、エステラよりも頭一つ分背が高く、物腰柔らかで容姿が整っていた。夕陽のような髪と、深い水底のような暗い色の瞳が印象的で、身につけているものも高価とまではいかないが、品の良い物だった。
そう誰もが同じように答えた。
二人はとても仲睦まじく、エステラは将来その男に嫁ぐつもりだったのではないかと宿の主人は答えている。
会えない時間が愛を育んだのか、彼らがそのように振る舞う様になったのは本当にここ最近の事で、目撃されたのも短い期間である。
「その男、最近は姿を見せているの?」
「いえ、もともと一月に一度訪れていたようで、今月はまだ・・・しかし、中には気になる証言をしている人物も居ました。その男が現れるようになった頃から、病が流行りだしたのだと」
百合は唇に指先を当てて考えた。
「・・・その男を重点的に調べて頂戴。今は少しでも情報が欲しいの」
「それなら今、宿屋の帳簿に書かれていた情報をもとに、男の身元を調べています。すぐにわかるでしょう」
コラードはにやりと笑って胸を張ったが、男の情報はそれ以降途絶えてしまった。なぜなら、男の名前も、所在も全てが偽りだったからだ。




