さすがにオッサンの胸元から出てきたお菓子はちょっと・・・
数日前に、百合に直接直訴しに来た若い騎士、ツァーク・オッシと同じオリーブのような深い緑の髪に、冬の空を思わせるセルリアンブルーの瞳が百合を睨みつけている。
気弱なツァークと違い、ギラギラと獲物を狙う獣のような瞳を彼女に向けた。
「まあ。熱烈な歓迎ね」
百合は楽しげに笑う。その笑みが怒りに近いものだとゼノンだけが気付いた。
そっと彼女を離すと一歩下がって見守る。
「お初にお目にかかります。わたくしは西のエメランティス神殿のユーリ。国王陛下とハーン神殿長の依頼で来ました。帰れとおっしゃるのであれば帰りましょう。ただし、それは王命に逆らうことと肝に銘じなさい」
挨拶にしても矢を射るなど常識的ではない。ただでさえ彼女は西に戻ったばかりだったのだ。こんな旅を歓迎しているはずはなかった。
腹から声を出せば、フラジールがわずかに目を見開いて凝視した。口元が緩んでいるような気がするがきっと気のせいだ。
ゼノンも好戦的な瞳をコラードに向けている。百合に向けて矢を放つなどという行為を彼が許すはずがないのだ。
「・・・いやですねえ、私はただ勘違いしただけですよ」
にやりと笑う男に、百合もにこりと笑い返した。
「ならば無駄になった矢はあなたが弁償なさいね」
「・・・ソウデスネ」
コラードがわずかに目を眇めた。まるでキツネと睨めっこしているような気分を味わいつつ、百合は口を開いた。
「今一度問います。帰れとおっしゃるのであれば帰りましょう。さあ、どうしますか?」
しばらく二人は睨みあい、そしてコラードがふっと掻き消えた。次の瞬間には百合の一メートル手前まで下りてきた。もちろんゼノンが間に入り壁となる。
「こちらへ、麗しのプリーティア。ああ、お付きもついでにどうぞ」
ぞんざいな態度で歩き出した彼に、百合もついていく。
フラジールは嫌そうな顔を隠さず歩きだし、ゼノンはわずかに表情を硬くした。
騎士団に入るだけでまるで戦場に行くような雰囲気に、百合は早速辟易していた。正直この男たちは大変面倒臭い。そして数分後、新たに表れたレオーネ・ヴィンツェンツィオを前にしても、百合は同じ感想を抱いたのだった。
「それで、患者の様子は?」
西の騎士団よりはふかふかなソファーに一応満足しておいて、百合は挨拶もなくそう切り出した。これにはコラードが目を見開く。
「お二人はお知り合いで?」
「あなた、コラードとか言ったかしら。喉が渇きましたの。お茶を淹れて」
コラードの質問を無視した百合が当たり前のように命令すると、すかさずゼノンが悲しげな顔を作った。
「プリーティア、ここは私が。このような得体のしれない男の茶を飲むなど狂気の沙汰としか思えません」
「なんだと?」
「・・・お茶はゼノンが選んで。わたくし、喉が渇いているのよ」
その言葉にコラードは渋々、ゼノンは嬉々として部屋を出た。
百合はゆっくりと部屋を見渡す。
木を基調とした温かい色合いの部屋に不釣り合いの黒い大きなテーブル。よく壊れないものだと感心する程大量の羊皮紙が載せられている。その中央では表情筋が死んでいるとしか思えない男が百合やフラジールを見ることもなくペンを動かしている。
部屋の両サイドには壁いっぱいに本棚が設置されていて、分厚い本が整列していた。ピカピカの床には絨毯すらないため家具を引きずってできた傷でいっぱいだ。そして何より部屋中にインクの香りが漂っている。
「プリーティア、お茶に合うお菓子は何が良いでしょう。実は私、たくさんお菓子を持参したんですよ」
フラジールはやけになっているのか、どこか投げやりな視線を置物のような男に送りながら問うてきた。
「ゼノンが選ぶわ。ところであなた、さっさと資料を見せて頂戴」
いい加減反応しない男にしびれを切らした百合が声を掛ければ、今気付いたと言わんばかりに男が顔を上げた。
「・・・誰だ」
テノールの声がどこか刺々しい。
「わたくしは西のエメランティス神殿のユーリ。原因不明な奇病の調査のため、国王陛下とハーン神殿長の依頼で来たの。だからさっさと資料を寄越しなさい。わたくしは今すぐにでも西に帰りたいのよ」
「・・・話は聞いている。資料は部下が用意する」
「あなたが依頼したのでしょう。あなたが責任を持って行動なさい」
不遜な態度で言い切った女に、普段あまり動くことのないレオーネの眉間のしわが深く刻まれた。それに驚いたのはフラジールだ。
「さすがプリーティアです」
「今の流れで褒められる理由がわからないのだけど?」
「この団長は表情筋が死んでいるという噂だったのですが、いやぁ、あなたの前に出るとどんな人間も別の顔を見せてくれるものです」
「あなた、それは褒めているつもりなの?」
もちろんです。と笑顔で頷くと、懐からお菓子の包みを取り出した。
「・・・ちょっと。まさかそれを食べるつもり?」
「おいしいですよ。私の家の者が作ったのですが、売り物にできるくらいには美味しいです」
そう言われても大柄なおっさんの懐から出たお菓子を食べるには多少の勇気が必要だ。
「そうね。頂くわ」
そう言って、開いた包みから一枚クッキーのようなものを取り出すとそのまま歩き出した。机に向かって不機嫌な顔をしている男の口元に持っていき、驚いてわずかに開いた口に遠慮なく差し込む。
「ごほっ」
「この人にも糖分が必要なようだから分けてさしあげましょう」
「・・・プリーティア。毒見なんてひどいではありませんか。本当に美味しいのですよ」
ぱさぱさのクッキーもどきがフラジールの体温で微妙に暖められていて、簡単には口にできない状況だ。
「わたくしは喉が渇いたのよ」
「はいはい、口数の多い御嬢さんだ事で。お茶をお持ちしましたよ。それにしても王都限定超高級茶葉を持ち歩くなんて、あなた方は本当に神殿の使者ですか?」
以前王都で根こそぎ頂いた超高級茶葉は、本来西の神殿に置いてくるつもりだった。しかし、オステンに行くのならばこれを持って行けと西の神殿長に言われたのだ。
病の原因が何かわからない以上下手な物を口にするのは良くない。
百合たちが戻ってわずか数日でまた街を出ることになり、神殿も、そして街の人々も気落ちしてしまった。このままもし二人が無事に戻らなければどんな事態になるか想像に難くない。
今回の旅は、前回以上に気を使うものだった。
「さあ麗しのプリーティア、さっさと席にお戻り下さい。あとうちの団長に妙なものを喰わせないでくださいますか」
明らかに馬鹿にしたような発言を無視して、百合は先程のソファーに戻った。
レオーネとコラードを間違えてしまいましたので修正しました。
ご指摘ありがとうございます!




