最恐の脅し文句
その場に凛とした声が響いた。誰もが動きを止める。
「ゼノン、いらっしゃい」
フードを取り一歩前へ進むと、まるで飼い主に呼ばれた犬のように俊敏に、彼は彼女の後ろに隠れた。
こんな気色の悪い男たちは初めてで、ゼノンは絶賛混乱している。普段なら決して取らない行動に、またしても驚かされた。
「大丈夫よゼノン。後はわたくしに任せなさい」
彼の浅黒い頬をそっと撫ぜると、ハッとしたような顔で己の体制を理解した。しかし前に出たくないと訴える本能に抗えず、恥を忍んで彼女の後ろに居続けた。
「わたくしは西のエメランティス神殿のプリーティア」
上半身裸の変態もとい騎士たちは、突如現れた美しい女に驚いた。海に面した街ではなかなかお目に掛かれない白い肌。艶やかな髪は絹のよう。わずかに口角を上げた口元はぷっくらと形よく、大きな黒い瞳は宝石のようだった。
ここで通常ならばその美しさにほだされるものだが、彼らはどこまでも他者と違った。
「出たな化け物!」
「ろっ、ローレライだ! 頭っ! ローレライが出やがった!」
二人の男が慌てて中に走るが、残りの二人は腰が抜けたように座り込んだ。顔色は青白く怯えた表情だ。
この世界に来てからというもの、美しいと、まるで蝶よ花よと褒め称えられることに慣れた女にとって、目があった瞬間化け物と罵られたのは初めてである。
しかもローレライは女の故郷にも伝わる伝説だ。自分の他に迷い人と呼ばれる誰かが伝えたのかもしれないが、そもそも本来ローレライは海に面した岩場にいるとされる存在だ。
愛する男の裏切りにあい修道院へ強制収容され、最終的に岩山から川に飛び込んで死んだ哀れな女の話。何故か川に飛び込んだはずの女が海に現れるという少々無理のある設定だが、美しいから裁かれるという彼女には同情を禁じ得ない。
「カシラってなんだ」
セスは少し離れたところから様子を見ていたようだ。今日ほど自分がもやしでよかったと思った日はない。
「団長のことでしょうか」
女の影から情けなくも顔を出したゼノンが首を傾げる。
「・・・この、わたくしが、化け物ですって?」
底冷えするような恐ろしい声に、ゼノンとセスが女を見やる。次の瞬間息の合った様子で同時に顔をそむけた。
「おいてめーら、騒がしいぞ! 何していやがる!」
その時一人の男が中から迷惑そうな顔で現れた。
「頭っ、あの女絶対ローレライっすよ! 男を不幸にする化け物です!」
「ああ? ローレライってのは空想上の生き物だろうが! 大体ここは陸地だ!」
赤毛に金の瞳の大男はゼノンよりも頭一つ分大きい。何故かこちらも半裸で、騎士団の制服の上着を肩にかけて威風堂々と歩いている。
「・・・普通の女じゃねえかよ」
おや、という顔で女を見た。
「わたくしは西のエメランティス神殿のプリーティア。ここの団長に会うよう国王陛下に言われたの」
男は一瞬動きを止め、プリーティアを上から下まで全身くまなく眺めた。
「俺が団長のアンドレア・カルロだ。ちなみに既婚者だから俺を誘惑するなよ」
「アンドレア・カルロ、植物に詳しい錬金術師を連れてきたから話を聞かせてちょうだい」
見事に余計な部分を無視した女は、少し残念そうな顔になったアンドレアを横目に勝手に敷地内に入った。中からこっそり覗いていたらしい上半身裸の変態集団を見なかったことにして(少なくとも数十人はいた)一番大きな建物に入った。
街の家々はカラフルだが、国が管理している騎士団はわりと普通の色でつくられている。
四方を壁に覆われ敷地内には広いグランドがあり、窓がたくさんついている建物は動物がいるのか草と獣の匂いがする。二階建ての横に長い建物は住居スペースだろう。西方騎士団も似たような作りだったと思う。建築に関しては統一されているのかもしれない。
女が入った建物は白壁でできており三階建て。中は白と茶色と紺色で統一されたお洒落な空間だった。
従者と思われる少年が数名緊張した面持ちで、各々箒や叩きや麺棒を手に威嚇してきた。
どういう趣味なのか、半ズボンにエプロンのみという一部マニアな人物に好まれそうな格好だ。
「喉が渇いたわ。お茶を用意なさい」
冷たい声で命令されると、麺棒を持っていた少年が泣きながら走って行った。
「さすがプリーティア、最恐なんじゃないのか」
「お黙りセス。あの変態半裸集団の中に放り込むわよ」
セスはその後数時間の間、一言も喋らなかった。




