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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
203/203

彼女がいない日々ーゼノン昔語り4ー

 酒場を開店して2年ほど経った頃、ゼノンは定期的に酒の補充するため他の街に行っていた。

 店の営業は五日経ったら一日休むという方法をとっており、その一日で行ける範囲の街に出向く。顔見知りの酒屋も増えて来て、ゼノンの酒知識は百合をゆうに上回っていた。

 もちろん各地の情報収集も怠らない。酒を好む連中の噂話は馬鹿にならないので大事にしている。

「・・・で、今日はなんですか」

 ゼノンがまた珍しい酒を仕入れたという話はすぐに伝わった。時折やって来る騎士団の連中や、街の男たちは皆楽しげだ。

「ゼノさん、きいてくださいよ! お袋がゼノさんみたいな男になれなきゃ嫁がこないっていうんですよ! どうすりゃあんたみたいになれるんだ! 俺は普通の人間なのに!」

 最近成人したばかりの青年がわっと泣きながらテーブルに突っ伏した。ずいぶんな言いようだったがゼノンは特に気にした様子もなく淡々と答える。

「・・・嫁を貰っていない相手になんて質問をするんですかあなたは。とりあえず日々稽古をこなして肉体的に強くなりなさい」

「いやいやゼノさん。こいつのお袋さんはそういうことが言いたいんじゃなくて、あんたみたいな家事も仕事もできる男になれって言ってるんだと思う」

 近くに座っている別の男が言えば、店内の男たちから「そうだ、そうだ」と賛同された。

「何事も慣れですよ」

 適当にあしらった瞬間、店の出入り口から「ぶはっ」と失礼な笑い声が届いた。バッカスだ。

 仕事帰りなのか見習い騎士の制服を肩にかけている。見習いと言っても時折騎士団長の秘書として働いたり他国への視察団に同行したりと、その存在は曖昧な立場だ。

 伸びた髪を一つに束ね颯爽とあるく美青年は街中の人気者だった。

「慣れで惚れた女に膝つくのは世界中探してもそうはいないとおもうけど。あ、ゼノ。僕はエールでいいからね」

 いいからね、ではない。一瞬にして店内が氷河期に突入してしまった。

年老いたものは黒髪のプリーティアを思い出し目元をぬぐい、年若いものはゼノンの跪く姿を想像して頬を染めた。

 いまでさえ酒場の主人というまっとうな職業だが、かのプリーティアがいた時分は近付くことすら難しい抜身の剣の様な風体だったにも関わらず、惚れた女に全身全霊全力でつくしていたのを思い出したのだ。まさか跪いてさえいたとは・・・

 と想像し、射殺さんばかりの視線に男達はひっと悲鳴を上げた。

「しかしバッカス、今日はどうしたんです。今夜は忙しいと言っていませんでしたか?」

「予定が変更されたんだ。あ、お腹もすいているから適当になにか作ってよ」

 たった数年で可愛げがさらに減ったように思われる。

 特に、とある王女が亡くなってからは目に見えて変化した。時折女物の香りを纏わせるようになったのだ。あと酒をかなり好んでいるがこれらは絶対海賊たちの悪影響だとゼノンは考えている。

「昼は食べたのですか?」

「んー。リンゴは食べた。ちょっと忙しかったんだよ」

 そう答えるバッカスはゼノンが出したスープをスプーンも使わずに飲みきった。もともと体を温めるために、食べやすいようにと椀に注いだのだが、このような粗野な行動も最近は目立つ。と考えて己がいかに保護者目線で彼を見ているのかを気付いた。

 バッカスはもう子供ではないのだから色々許されるはずなのだが、いかんせん気になるものは気になる。

「そういえば、今回はどこの酒を買ってきたの? なにか楽しい話あった?」

「楽しいかはわかりませんが・・・・今回の酒はここから少し北上した先にある小さな街で昔から作られているもので、なかなか旨いですよ。あと道中少々変わったことがありました」

 なになに、と楽しげに身を乗り出したバッカスに、トマトとバジルのパスタを出してやると彼は「ありがとう」と言って受け取った。

 小声で「うまい」と呟いている。

「道中突然雨に降られたので木陰で雨宿りをしていたら、少し離れた先に老婆が蹲っていたので声をかけました」

「へえ! おばあさん、大丈夫だった?」

 女性を気遣うのは相変わらずのようだ。

「いえそれが、声をかけると急に立ち上がってとてつもない速さで歩いて行かれまして」

「なにそれ、ゼノの顔が怖かったんじゃない」

 まわりはひやりとする発言だったが、ゼノンもバッカスも特に気にした様子はみられなかった。

「ええ、俺もそう思いました。ただ、しばらくして雨が止んだ後、俺も歩き出したんですが、またその老婆がいたんです」

 不思議そうに天井を見上げるゼノンにバッカスは首をかしげる。

「逃げる体力が底をついた?」

「彼女が走り去っていったのは逆方向でした。俺の前に居るはずがなかったんです」

 その時点で何人かの客が金をテーブルに置いて帰ってしまった。

 この先は聞かない方が良さそうな話だと判断したのだろう。

「・・・で、どうしたの?」

 バッカスも眉を寄せて言葉を待った。

「もう一度声をかけましたが、また逃げられました」

 バッカスがごくりと喉を嚥下させた。

「それで?」

「気づけばまた目前に蹲っていました。彼女の足の速さには脱帽です」

 そういう問題だろうか。

「それから?」

「・・・いえ、それだけです」

「は?」

「声をかけてもまた逃げられそうだったので今度は無視しました」

 バッカスが口を大きく開けて信じられないという顔をした。

 こいつは本当に数年前まで神殿につかえていたのだろうか。これではただの人でなしではないか。

「べつのおばあさんとは思わなかったの?」

「同じ服装をしていましたし。何より人間らしい気配がしなかったのでまあいいかと」

「・・・逆にさ、後ろから襲われたりとかしなかったの?」

 バッカスが問うと、ゼノンがとても爽やかな笑みを浮かべた。

「一瞬殺意の様なものを感じましたが、まあ実害がないならいいかなと・・・放置しました」

 鬼だ。こいつ絶対鬼だ。おばあさんもかなり怪しいけど、こいつは絶対普通じゃない。

「ずいぶんな顔をしていますね。今日のパスタは美味しくなかったですか?」

「誰のせいだと」

「俺ですか?」

 何を当たり前のことをと思ったが、パスタは普通に美味しかったので素直にそう言えば、ゼノンの口元がわずかにほころんだ。

「また会わないといいね、そのおばあさん」

「・・・そうですね、まあ会ったところでどうもしませんが」

 特に興味もなさそうに呟くゼノンをバッカスが心配そうに見ていたが、彼がそれに気付くことはなかった。


 さて、そんな会話をした深夜の事だ。

 夜中何かの視線を感じて飛び起きたゼノンの前には、見覚えのある老婆が蹲っていた。

 雨は止んだのか静かな室内に聞き覚えのない声が響いている。

 早口で何を言っているのかわからないが、呪詛のような言葉を延々呟いているようだ。暗い室内でも何故か老婆の姿はハッキリと見えた。

 枕元に隠しておいた短剣を引き抜いたゼノンはしばらく様子を確かめて、徐に剣を鞘に戻した。

 昔百合が歌ってくれた追悼のための子守歌を歌う。低くかすれた声が部屋の隅々に届くと、いつしか老婆の呪詛が止まっていた。

 百合は時折何もない所でよく歌を歌っていたが、もしかするとこういうものが見えていたのかもしれない。

 黒髪の女の事を考えると胸元がぎゅっと痛くなる。だが同時に暖かい気持ちにもなるから不思議だ。

 老婆の姿はいつの間にか消えており、いつも通りの部屋に戻ったことを確認してゼノンも再び横になった。

 眠りにつく瞬間、耳元で声がした。





 あと、すこしだったのに・・・・・――――――





 しわがれた声が憎々しく届いたが、彼は気にせず眠りについた。

 そんな彼の日常の一コマである。



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