間違っても神官には見えない悪人面
亡くなった一人は、身寄りのないおばあさんだった。家族は数年前に起こった豪雨で亡くなり、老い先寂しい人だった。
プリーティアが自分の手を握り優しい笑みを浮かべ祈ることに、感動してなんどもお礼を言った人で、普段表情の変わらないゼノンですら辛いと思った。
プリーティアは彼女のために長く難しい鎮魂歌を歌い、ふらりと姿を消した。数時間後に戻ってきた彼女は、全身を泥だらけにして白く美しい花を両手いっぱいにつんできた。
一人、また一人と彼女によりそい静かに涙を流した。
美しい女は花を置くとすぐにまた出ていってしまい、けれど戻った時にはいつもの清潔なドレスを纏っていた。
その日の夕方には騎士団のメンバーが診療所から遺体を運びだした。運び出したと言っても、診療所の隣にある小さな民家だ。いつでも、だれでもお別れができるようにという配慮だった。
運ばれた先で、プリーティアは化粧品を取り出しておばあさんに化粧を施してやる。
「さあ、綺麗にしましょうね」
遺体に化粧を施す習慣がなかった国のため、人々はとても驚いた。しかし終わってみるとおばあさんがまだ生きているかのように暖かく優しい顔をしていた。
ただ眠っているだけだ。苦しいことなんてない。
そう言っているようで、人々は安心したようにお別れが出来た。
もう病で苦しむことはないのだ。安らぎの夢の世界へ旅立ったのだ。
そう思うと、けれど涙があふれて止まらなかった。
ただ一人、最後までプリーティアだけは涙を見せなかった。
騎士団では毎日病についての会議が行われている。打開策を見つけ終息するまではしかたがないと団長も部屋をいくつか提供してくれた。
夕方、プリーティアは静かな瞳で空を見上げていた。工場の煙はもうないが、時折彼女はこうして空を見る。
セスが音もなく部屋に入ると、ゼノンがわずかに眉をひそめた。セスはそれを見ても気にしない。ゼノンが更に眉をひそめた。間違っても神官には見えない悪人面だ。
「プリーティア」
「あら、どうしたのセス」
今気付いたばかりの彼女は、それでもゆっくりとセスを見やる。いつでも冷静に対応するのが彼女という存在だ。
それは、病が終息に向かっている現在でさえも少々異質に思えた。
「すまなかった。治療薬が作れなかったため、彼女を死なせた」
セスは誰よりもショックを受けていた。
この十日間。怒涛のような日々を過ごした彼は、わずかな睡眠の時間以外、すべての時間を治療薬のために使った。それこそ食事をする暇も惜しんだほどだ。
けれど救えない命があった。
一日目、驚くほどあっさりと病の原因に気付けたのは、彼が植物の専門家だからだ。口に含む分には毒性はないが、火にかけると毒が出る植物が工場で使われたため、煙突を通して街にばらまかれていた。
少量なら大したことはないが、毎日それを吸い込むことで毒性が体にたまって、今になって症状が現れたのだ。
工場の持ち主であった錬金術師はセス達が来ることを知ると、貴重な文献もそのままに国外逃亡を図った。最初から危険だと知っていた為だろう。現在騎士団が総出で捜索しているのでそろそろ捕まるはずだ。
なぜ錬金術師は危険と知った上で薬を生成していたのかは現在調査中で、その薬もどうやら流れる先が分からないらしい。こちらの件は王都に居るセスの同僚が探している。
「彼女はもともと寿命よ。今回の件がまったく理由にならないとは言わないわ。けれど寿命でもあったの。あなたが死なせたわけじゃあないわ」
それでもセスは自分を責めた。
「ひどい顔ね」
ただでさえ色白だった彼は、今やいつ倒れてもおかしくないほど青白い顔でギュッと眉を寄せている。
プリーティアはそっと手を伸ばし彼の頬を撫でた。ざらざらとしていて栄養不足が肌に出ている。髪はぼさぼさでしばらく風呂にも入っていないのだろう。
「ゼノン、この坊やを綺麗にしてあげて。食事を用意するから、あなたはこの子をお願いね。ああ、服は・・・騎士団の誰かから着れそうなサイズのものを借りなさい」
「はっ」
ゼノンは淡々と返事をして、米俵をかつぐような恰好でセスをかついだ。
セスとてもう立派な大人なのだが、いかんせん万年栄養不足のため棒のような手足が痛々しい。
「は!?」
「プリーティア、いっていまいります」
「ええ、いってらっしゃい」
プリーティアは興味なさそうに手を振ってエプロンを身につけた。
数分後、騎士団内にセスの情けない悲鳴が響き。数十人の騎士たちが慌てて確認に行くと、風呂ギライな小さな子供を強制的に洗う浅黒い肌の男の姿があった。
「た、たすけっ!」
「プリーティアの命令です。邪魔をしないように」
「ぎゃっ、どこをさわってっ!? ぎゃあああああっ」
「黙れ、いちいちうるさい」
「どこ触ってるんだ! やめろ、俺は錬金術師だぞってうわっ!」
「はあ」
普段無駄口を叩かず、少々近寄り難いが真面目な男の深いため息を、騎士たちは初めて目撃した。
最終的に、セスの「もうオムコにいけない」という泣き言を聞いた騎士数名は、とても微妙な心地を味わった。




