それは、やりなさいという命令だ。
診療所の奥にある窓一つない小さな部屋は、騎士が数人入っただけで酷い圧迫感だ。もともと薬を保管するためにある部屋のようで、少し大きめのテーブルに、天井から吊るされたランプ。壁一面は全て小さな引出で、おそらくそこに薬が入っているのだろう。フラジールも始めて入る部屋だが、美しい女はまるで自分がこの部屋の主だという態度で男たちに向き直る。たくさんの男を見て眉をひそめた。
その様子を見たフラジールは他の騎士を部屋から追い出したが、騎士たちは喜んで患者のそばに行き、嬉しそうに話をしている。それでいいのかと部下を見ていたら、いつの間にかセスが近くに立っていて驚いた。気配のない男だ。
「セス殿、居るなら声をかけて下さい」
「・・・プリーティア、話の続きを」
「あなた、存在感のない坊やね。まあいいわ、先ほども言ったけれど、この症状は多分喘息と呼ばれるものよ。私の国にも同じ症状の人が大勢いるの」
おお、とフラジールが大きく頷く。
「しかし、確証はないわ。多分そうであろうというだけ。それに私は医者ではないから治療薬などは作れないわ」
こればかりは無理だ。
知識もなければ技術もない。ただ、彼らの症状を落ち着かせることが出来るのはプリーティアとして洗礼を受けたからだ。神殿の、神々の力のおかげでしかない。
「・・・原因はわかるのか」
「これまでこの症状が出なかったということは、最近、もしくはここ数年でこの街に変化が有ったはずよ。例えば、何らかの工場が出て水や大気が汚染されたこと。花は美しく咲いているし、魚も元気なようだから、大気だと思うわ。でもこれを続ければ花は枯れ水も汚染される」
うん、とセスが頷く。
「心当たりが副長殿にはあるようだから、そちらを俺が調べる」
「そうして。それから、治療薬は十日以内に完成させて」
セスの動きが不自然に止まるが、何様俺様女王様の彼女は不遜な態度で微笑んだ。
「でなければ、あなたが来た意味がないでしょう? 原因を突き止めるのに半日、犯人を締め上げるのはフラジール達の仕事よね。だからあなたは残り九日で薬を作りなさい」
えええええ!?
セスの、ただでさえ青白い顔が石膏のように白く塗り固められ、フラジールはそんな無茶な! と思ったが逆らう方が怖いと判断した。
「できるわね?」
それは、やりなさいという命令だ。
セスがぐっと奥歯を噛締める。
「ここに来たぐらいなのだから、あなたの実力は本物なのでしょう?」
力を示しなさい。
底冷えするような黒い瞳に、セスはいつのまにか呑まれてしまった。問答無用で頷いてしまう。ふと隣を見上げると、自分よりも頭二つ分背が高いフラジールが生暖かい瞳でうんうんと頷いているので無言で脛を思い切り蹴ったが、フラジールには全くダメージがないようだった。
「何をしているの坊や。さっさと行きなさい」
自分の足を抱えるセスに冷めた瞳を向けつつ、いつの間にかゼノンが淹れた紅茶をおいしそうに飲んでいる。ちなみにこの紅茶、ゼノンが淹れるのは彼女の分だけだ。
「俺は坊やではない、セスだ」
「坊やがきちんと実績を出せば名前で呼んであげるわ」
さあ、お行きなさいと容赦のない言葉にショックを受けて診療所を出た。
「なんなんだ、あの迷い人は・・・どうして神殿の制服を着ているのにああも威圧的なんだ」
「しかし、彼女には実力があります。だから我々もついていく」
男たちはぼそぼそ話しながらも件の工場へと足を向けたのだった。
結果から言えば、治療薬はできなかった。
完成したのは症状を抑える薬だけで、十日の間に年寄りが一人亡くなってしまった。




