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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
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とりあえず見なかったことにした


 海賊船「マーレ号」が北に到着したのは十日ほど前の事だった。

 天敵アファナーシー・ニキータが次は北を狙っているという噂を聞きつけてやってきた。北の空は常に重く、風も強い。本来ならばあまり滞在したい場所ではないが、アファナーシーを捕まえることを最優先としている彼らに選択肢はなかった。

 普段通り、街中では旅人を装っていたが今回は様子が違った。

 何故か海賊であることが一目でばれ、「マーレ号」船長のフェルディ・イグナーツと、その部下たちは神殿に連れて行かれた。

 ここで騎士団に連れて行かれたら命の危機であったが、何故か神殿へ連行され、そして現在は監禁されている。

 フェルディは深い海の底のような紺色の瞳をついと天井へ向けた。

 天井から延びる重苦しく分厚い鎖につながれた両の腕は、すでに感覚をなくしている。時折指を広げて確かめるが、そろそろ辛い。

 自由になるのは顔だけだ。今度は足元に視線を落とした。もちろんこちらも鎖につながれている。鎖の先には鉄球がついていた。

 部下たちは無事だろうか。

 武器は全て奪われ、身につけているのは神殿の年老いたプリーストが用意したボロだけだ。

 さぞ拷問でも受けるかと思いきや、部屋の中はとても綺麗だった。明らかに拷問用の部屋ではない。壁は木材の木目がハッキリ見え、全く汚れていないうえに、二重サッシとはいえ、立てつけの悪そうな大きな窓もある。逃げてくれと言わんばかりだ。

もちろん拷問はまだなされていないし、このままなされないかもしれない。

 フェルディは捕まってしばらくの間考えていた。

 海賊を捕まえてどうするのだろうか。余所の国ならば処刑が普通だ。だがこの国ではなかなかそこまでしない。そこまでしない代わりに、拷問ぐらいはある。

 しかし、彼は捕まって一度も殴られてすらいない。

 そして極めつけは、年老いたプリーストが定期的に運んでくる食事だった。

 相手は常に無言だが食事はうまい。質素だが素朴な味わいが胃に染みる。プリーストに手ずから食べさせてもらうことはある意味で拷問だが、毒も入っていないし、ここでの生活に特に不満はなかった。

 そう、彼女が現れるまでは。

「・・・こんにちは、プリーティア」

 その姿を見た瞬間息が止まる心地だったが、何とか言葉を吐き出した。頭を鈍器で殴られたような気分だ。

「こんにちは、海賊さん」

 鈴を転がすような愛らしい声が返って来た。

 白く滑らかな陶器のような肌。黒曜石の瞳に、絹のような黒髪。桜色の唇と指先。

 異世界からやってきた、麗しい女。

「・・・どうしてこちらへ?」

「お食事を、お持ちしたわ」

 彼女は意味ありげに微笑むと、そっとフェルディの傍に膝をついた。白いスカートが汚れることを気にしない様子に、むしろ彼が慌てる。

「あの、汚れますよ」

「この鎖を取ってくださいませ」

 百合は彼の言葉を無視して、扉の外へ声をかけた。

「足の鎖だけで十分ですわ」

 そう言えば、扉の先から年老いたプリーストが静かに入室し、彼の腕を解放した。

 驚いて目を瞠るフェルディには顔を向けることもなく、プリーストは百合に深々と頭を下げて出て行った。

「外に監視がいるの、大きな声では話せないわ」

「ゆ・・・・・いえ、プリーティア。ありがとうございます、腕が楽になりました」

「・・・セスが浚われたの、どうやらこのあたりにいるみたいなのよ」

 耳元で囁きながら、百合はそっと赤黒くなった彼の腕を撫でた。

 囁かれたフェルディは、まるで全神経が耳にあるのではないかという錯覚に陥りながら、必死に会話にのみ集中する。

「お口をあけてください、海賊さん」

「え」

「この腕では食べられませんわ」

「いえ・・・え・・・え・・・え?」

 毎食プリーストに食べさせられていた食事を、どうやら百合が食べさせてくれるらしいが。

「はい。あーん」

 形の良い唇が「あーん」と動いた瞬間、フェルディは条件反射的に口を開けた。もぐもぐ、ごくんと飲み込んだ。いつも通り素朴な旨さだ。

 だのに何故だろう、いつも以上に美味しい気がする。

「・・・あの、プリーティア」

「はい。まだありますわ。ちゃんと全部食べて下さいませ」

 にこにこと愛らしい笑みを浮かべる彼女に困惑して、つい言う事を聞いてしまう。フェルディは食べながら事の次第を聞きだした。

 百合はゼノンとともにやってきた。しかし到着早々、地下牢に放り込まれた。そこでフェルディの部下であるガルテリオ・ダリに出会った。彼らがアファナーシー・ニキータを追って来たのを聞いて、百合もセス・ウィングが浚われたことを教えた。ゼノンは現在別行動を取っている。百合も、はじめは牢屋に入れられていたが、虫を怖がり半狂乱になったガルテリオが泣いて縋っているのをプリーストたちに見られ、彼女だけは牢屋から出された。

 北の神殿は人手不足が深刻で、土地柄若いプリーストやプリーティアはやってこない。捕えた海賊に手を焼いていると聞いた百合は自ら手伝いを志願した。

 部下たちの無事を知れたことは嬉しかった。だが、フェルディは怒ったような顔をして彼女に言う。

「無茶をしますね。もし僕ではなくてアファナーシー・ニキータだったらどうするんですか」

「大丈夫よ、その場合はまず間違いなく海賊には会わせないでしょう。この神殿もどこまでニキータとつながっているかはわからないけれど、部外者である私に、つながっていることを知られたくはないはずだもの」

「百合、約束してください」

 真剣な表情で名前を呼ばれ、彼女はぱちぱちと目を瞬かせた。

「絶対に、危ない真似はしないでください。奴は本当に危険なんです」

 感情を押し殺すような低く重い声で言う彼をしばらく見つめ、彼女はふっと大輪の花を思わせる笑顔を見せた。

「ありがとう」

 弱っている体に反し健康な心の彼が間近で見るには、破壊力のある笑顔だった。

「ところで随分と発音が上手なのね、ゼノンでも覚えるのに時間がかかったわ」

「毎日練習しましたから」

 言ってから失言に気付く。ハッと顔を上げた先には、嬉しそうに笑う、ただ普通の女がそこにいた。


 しばらくして。食事と、簡単に腕の手当てを終えた百合はしずしずと退室していった。一応確認のためにプリーストが中をのぞくと、茹で上がったタコのように赤く染まった顔を両手で覆って蹲っている男がいた。

「こんな拷問方法があるなんて知らなかった! なんて恐ろしい場所だ・・・!」

 指先まで真っ赤である。

 プリーストは首を傾げながら、とりあえず見なかったことにした。



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