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最強の引退勇者、合理性を極めすぎて自分を重力で縛り上げてしまう〜隠居先を探す旅なのに、歩くだけで魔王軍が平伏する件〜  作者: 寝不足魔王


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第19話:凍りついた葬列、あるいは静寂の侵食

 断絶の門を背にし、凍てついた岩山を越えるほどに、世界からは色彩だけでなく「音」そのものが剥ぎ取られていった。

 かつての街道であったはずの場所には、砕け散った石礫いしつぶてが不自然なほど静止して転がり、吹き抜ける風さえも、何かに怯えるようにその鳴き声を潜めている。

 宿敵バルドが残した警告は、今や肌を刺す冷気よりも生々しい実感を伴って、三人の行く手に立ち塞がっていた。


「……若いの、足を止めるな。耳ではなく、骨の髄で周囲を探れ。……ここには、生き物の吐息一つ、羽虫の羽ばたき一つ残っていない。……不自然極まりない『絶対の静寂』だ」


 ガウェインは三倍の枷を維持したまま、一歩一歩、大地の底に自重を叩きつけるようにして歩を進めていた。

 彼の鋭い感覚は、この地に漂う空気の「密度」が異常であることを捉えていた。それは高濃度の魔力が滞留しているというよりも、周囲のあらゆるエネルギーが、前方にある巨大な質量へと一方的に「収穫」されているかのような、一方通行の空虚。


「……あ。……あ、あが……っ。……おじさん、これ、おかしいよ。……空気が、僕たちの体温を吸おうとしてるみたいだ。……『構造』が、一方向に流れてる。……北の、あの山の向こう側に……全部……」


 連結された重力鎖の端で、リュカが眼鏡の奥の瞳を血走らせ、絶望的な声を漏らした。

 彼の『構造視』が捉えているのは、もはや物質の継ぎ目ではない。地脈を流れるはずの魔力、大気を震わせるはずの熱量、それら世界の基盤となるはずの力が、まるで巨大な漏斗に吸い込まれる水のように、北の城塞へと向かって一点に収束している様だった。


「リュカ君、しっかりして……! ……固定ホールド!」


 セレスは、リュカがよろめく瞬間に、彼の足元の空間を『固定』して強引に支え、自身の魔力を薄い膜のようにして三人の周囲に張り巡らせた。

 だが、その『固定』の魔力でさえ、放出したそばから目に見えない吸引力に引かれ、形を保つのが困難なほどに引き伸ばされていく。


「……ふん。……魔を喰らい、熱を奪い、静寂を以て生命を削る。……二十年前、俺がここに叩き落とした不条理が、さらに醜悪な性質を孕んで目覚めようとしているらしいな」


 ガウェインは、自身の重圧を僅かに外側へと放射した。

 それは攻撃のためではなく、周囲の異常な「吸い込み」に対抗するための、一種の重力的な防壁だった。彼の放つ漆黒の圧力が、三人の存在をこの世界に強引に繋ぎ止め、霧の中に溶けて消え去るのを拒絶している。


 前方の霧が、一瞬だけ風に揺れた。

 そこに見えたのは、かつてガウェインが全盛期の膂力を以て薙ぎ払った、魔王軍の軍用車両の成れの果てだった。

 しかし、その光景を目にした瞬間、セレスは小さく悲鳴を上げ、リュカは喉の奥で嗚咽を漏らした。


 打ち棄てられた鉄の残骸には、錆に混じって不気味な「赤黒い脈動」が纏わりついていた。

 それは、死した無機物であるはずの鋼鉄が、生きた肉のように波打ち、周囲の熱を貪り食っている異形の姿。

 

「……葬列は、既に始まっているようだな。……行くぞ。……止まれば、お前たちのその温かな血も、あの鉄屑と同じように城塞の糧にされるぞ」


 ガウェインの低い声が、音の死に絶えた荒野に重々しく響く。

 引退勇者の旅路。

 その行く手に待つのは、もはや言葉を交わす余地のない、世界の理そのものを書き換えようとする「飢餓」との対峙であった。


 一歩、また一歩と進むごとに、大地の「拒絶」は深刻さを増していった。

 かつては強固な岩盤であったはずの地面は、今や熱を奪われ、触れれば砂のように脆く崩れ去る。その足音さえも周囲の濃密な静寂に即座に飲み込まれ、三人はまるでもともと存在しなかった虚無の中を歩いているような錯覚に陥っていた。


「……おじさん、見て。地面の底……。これ、ただの岩じゃない……っ」


 リュカが眼鏡を何度も押し上げ、充血した瞳で足元を凝視する。彼の『構造視』が捉えたのは、地表を覆う薄い岩肌の下、血管のように張り巡らされた膨大な魔力の脈動だった。

 それは本来、大地を潤すはずの自然な地脈ではない。北の城塞から伸びる巨大な根のように、周囲数キロメートルに及ぶ領域の全生命力を、一点へと吸い集めるための「捕食回路」へと、強制的に書き換えられている。


「……あ。……あぁ、僕たちの魔力が、足の裏から吸われてる……! これ、大地そのものが、巨大な胃袋みたいになってるんだ……!」


「……慌てるな。……リュカ、その脈動の周期を読め。……吸い込みが強まる瞬間に、お前の意識を石のように硬くしろ。……セレス、一歩踏み出すごとに、その接点を世界から切り離して『固定』しろ。……城塞に食わせるのは、お前たちの命ではなく、俺の放つ重圧だけで十分だ」


 ガウェインは自身の三倍の枷を、さらに「内側」へと向けて強く発動させた。

 彼は自身の存在確率を、一トンの鉄塊よりも重い密度で大地に叩き込んでいる。城塞が求める魔力の餌として、あえて自分の重圧を地底へと流し込み、その代償として背後の弟子たちの魔力が奪われるのを防いでいるのだ。


「……了解、です! ……固定ホールドッ!」


 セレスは、ガウェインが踏みしめた直後の地面を、一歩ごとに事象ごと繋ぎ止めていった。

 汚染された大地と自分たちの接触面に、魔力の皮膜による「絶縁体」を瞬時に作り出す。それは、先ほどよりも遥かに高い集中力を要する作業だった。一瞬でも固定が揺らげば、その隙間から城塞の貪欲な触手が、彼女の魂を根こそぎ吸い取ってしまうだろう。


「……次、一呼吸あけて、左。……そこ、今だけ地脈の吸い込みが止まってる。……そこなら、魔力の漏出を最小限に抑えられる……!」


 リュカが、大地の悲鳴を聞き取るようにして最適解を導き出す。

 ガウェインはその指示に従い、重厚な一歩を刻み込んだ。

 

 かつてのガウェインなら、大地そのものを重力で圧砕し、捕食回路ごと踏み潰していただろう。だが今、彼はそれをしない。

 自分の力を温存するためではない。

 こうして、目に見えない巨大な「飢餓」に対し、知略と意志を重ねて一歩ずつ抗うことが、弟子たちがこの極北の地で生き残るための、唯一無二の防衛術になると知っているからだ。


「……不機嫌なほどに、静かな戦場だな。……だが若いの、これこそが魔王が遺した真の毒だ。……英雄を殺すのは牙ではない。……この、自分たちが立っている地面さえ信じられなくなる、底なしの絶望だ」


 ガウェインの低い声が、霧の中に溶けていく。

 三人の連なりは、巨大な捕食者の胃袋の中を這う小さな異物のように、しかし決して消化されることのない硬い意志を持って、さらなる深淵へと進んでいった。


 城塞に近づくにつれ、大気中の魔力密度は物理的な質量を伴って三人の肌を撫でた。

 それは、獲物の位置を探る捕食者の粘ついた舌のようであり、一瞬でも「異物」としての気配を漏らせば、即座に地底から無数の触手が噴き出してくるような、逃げ場のない圧迫感だ。


「……若いの。ここからは呼吸の熱さえも、この静寂の中に溶かし込め。……俺が周囲の魔力を俺の重圧で強引に引き寄せ、この場の淀みと同調させる。……お前たちは、その『偽りの景色』から一寸も外へ出るな」


 ガウェインは自身の加圧を、極めて繊細に外側へと放射した。

 それは空間を圧砕するための力ではなく、周囲に漂う不浄な魔力の粒子を、自身の重力によって三人の周囲へ均一に整列させるための、緻密な操作。ガウェインという巨大な質量の塊を、この死に絶えた荒野の風景の中に、「ただの岩石」として溶け込ませるための、存在の希釈。


「……あ。……すごい。……おじさんの魔力が、周りの淀みと同じ波形に書き換えられていく。……これなら、城塞のセンサーも、僕たちのことを『ただのゴミ』としてしか認識しないはずだ」


 リュカが眼鏡の奥で、明滅する世界の情報を捉えて囁く。

 彼に見えているのは、ガウェインが作り出した、光さえも歪めるほどの高密度な迷彩。だが、この術式には致命的な欠点があった。移動するたびに、その歪みが周囲の静的な風景と摩擦を起こし、どうしても「空間の揺らぎ」が生じてしまうのだ。


「了解……! その揺らぎ、私がすべて繋ぎ止めます……。固定ホールド!」


 セレスは指先を震わせ、ガウェインが歩を進めるたびに生じる、空間の微かな綻びを一点ずつ『固定』していった。

 ガウェインが重圧で作った偽りの景色を、セレスが空中に釘打ちし、リュカがその座標の正確さを監視する。

 三人の意識は今、一本の細い糸のように重なり合っていた。

 

 誰か一人の集中が途切れた瞬間、彼らはこの捕食者の腹の中で、眩いばかりの「極上の餌」として暴かれることになる。

 

 目前には、かつての戦いでガウェインが両断したはずの、巨大な監視塔の残骸があった。

 しかし、その鉄の骨組みは、今や脈打つ肉のような膜に覆われ、巨大な「目」のような器官が、盲目的に周囲を睥睨している。

 三人はその真下を、音も立てず、影さえも風景に溶かし込みながら、静かに、一歩ずつ通り過ぎていく。


「……いいぞ。……この静寂を、お前たちの血肉に変えろ。……英雄とは、派手な光の下で戦う者だけを指すのではない。……この暗澹たる絶望の中で、己の気配を消し、理不尽の隙間を縫って歩き続けられる者こそが、最後にその首を獲る権利を得る」


 ガウェインの意識が、重力鎖を通じて二人に伝わる。

 かつて全盛期の彼は、ここを閃光と共に駆け抜け、すべてを焼き払った。

 だが今、彼は弟子たちの震える鼓動を感じながら、この不自由で、あまりにも精密な隠密の行軍を、かつての無双よりも誇らしく感じていた。

 三つの軸が紡ぎ出す、世界を欺くための静かな轍。

 それは、捕食者の胎内を往く、最も合理的で、最も重厚な「反逆」の形だった。


 隠密の行軍を続ける三人の眼前に、かつての戦場の凄惨な記憶が、異形の姿を借りて横たわっていた。

 そこは二十年前、ガウェインが全盛期の重圧を以て、魔王軍の重装甲部隊を一掃した決戦場の一つであった。

 本来なら、そこには鉄屑となった魔導兵器の残骸が、歳月と共に風化し、砂に還っているはずだった。だが、そこに広がっていたのは、死を拒絶し、醜悪な再生を遂げた「肉と鋼鉄の混じり物」の群れだった。


「……ひっ。……な、なに、あれ。……壊れた戦車の残骸から、血管が……。……呼吸、してる……?」


 リュカが眼鏡を抑えたまま、嘔吐感を堪えるようにして呟いた。

 彼が見つめる先、半分に引き裂かれたはずの巨大な魔導戦車の砲塔からは、ドロりとした暗赤色の筋肉組織が溢れ出し、周囲の岩盤を食い破るようにして根を張っている。鉄の装甲は脈打つ皮膚へと変質し、折れたはずの駆動部からは、膿のような魔力液が絶え間なく滴り落ちていた。


「……私が、あの日ここで叩き潰したはずの鉄屑だ。……それが、魔王の残滓を苗床にして、不気味な『生命』として再定義されているようだな。……合理的ではない。……死者は、ただ土に還るのが最も美しい終わり方だというのに」


 ガウェインは三倍の枷を維持したまま、その異形の残骸を見据えた。

 彼の瞳には、かつて自分が成し遂げた「勝利」という名の結末が、何者かの手によって冒涜され、書き換えられていることへの、静かな、しかし深い憤りが宿っていた。


「師匠……! あ、あそこ! 動いています……っ。……死んでるはずなのに、私たちの気配を……探しているみたいに!」


 セレスが指差した先、ひしゃげた魔導兵の鎧が、内側から膨れ上がる肉塊によって「ガチ、ガチ」と不自然な音を立てて身震いした。

 それはかつての操縦者の亡霊ではない。城塞から伸びる巨大な意思が、打ち捨てられた残骸を「部品」として再利用し、侵入者を排除するための自動人形へと作り変えた、戦場の成れの果てだ。


「……若いの、動揺するな。……景色が変わったところで、構造の弱点は変わらん。……リュカ、その肉に侵食された接合部を見ろ。……鉄と肉が混ざり合う境界こそが、この不合理な生命の最大の脆弱な一点だ。……セレス、その一点を逃さず『固定』の楔を打ち込め」


 ガウェインは自身の重圧を、周囲の気配を殺すためではなく、前方の残骸を「押し留める」ために僅かに前方へと向けた。

 かつての自分の功績が、最悪の形で再起動し、牙を剥いてくる。

 それは、英雄を辞めたはずのガウェインに対し、世界が突きつけた残酷な再試験のようでもあった。


「……行くぞ。……過去の遺物に、今の俺たちの歩みを止めさせるわけにはいかん。……一グラムの無駄もなく、この歪な連鎖を断ち切るぞ」


 ガウェインの低い号令。

 三人は、肉づいた鋼鉄が奏でる不気味な心音を聴きながら、さらに深く、すべての元凶である北の城塞へと、音もなく踏み込んでいった。


 城塞を飲み込む霧が一段と濃くなり、世界が深い闇に沈み込む頃。三人は、捕食の回路が届かぬわずかな岩の裂け目に身を潜めた。

 火を熾すことさえ、城塞の飢えたセンサーを刺激する合図になりかねない。一行を包むのは、骨まで凍てつかせるような極寒と、隣にいる者の吐息さえも吸い込まれてしまいそうな、死の静寂だけだった。


「……あ。……あ、あ……っ。……指が、動かない。……感覚が、ないんだ……」


 リュカが、自分の膝の上で震える両手を、怯えたように見つめていた。

 一日中、極限の集中力で世界の綻びを解析し続けた代償は、十四歳の少年の精神を限界まで摩耗させていた。眼鏡の奥の瞳は充血し、絶え間ない恐怖によって思考は断片化され、もはや「正解」を導き出す余力すら残っていない。


 その隣では、セレスが青白い顔で肩を震わせていた。

 彼女もまた、目に見えぬ捕食の力から三人の存在を切り離し続けるために、魔力を絞り尽くしていた。祈りの言葉さえも寒さに凍りつき、ただ己の存在がこの虚無の中に溶けていくのを、必死に食い止めている。


「……若いの。……眠れぬなら、俺の背中にでも縋り付いていろ。……お前たちのその冷え切った意識を、一晩中繋ぎ止めておいてやるほど、俺の魔力は安くないからな」


 ガウェインは三倍の枷を維持したまま、岩壁を背にして静かに座した。

 彼は不器用な慰めの言葉をかける代わりに、自身の重圧の圏内を、極めて密度の高い、温かなまゆのような空間へと書き換えた。

 ガウェインの放つ安定した重力が、周囲の不気味な吸い込みを物理的に撥ね退け、三人の間にだけ、外界の絶望から隔絶された「確かな居場所」を作り出していく。


「……し、師匠……。……温かい。……重いのに、すごく、温かいです……」


 セレスが、誘われるようにガウェインの分厚い肩に頭を預けた。

 リュカもまた、ガウェインの膝の傍らに丸まり、その巨大な質量がもたらす安心感に、ようやく固く閉ざしていた瞳を緩めた。

 ガウェインの呼吸は、大地の鼓動よりも深く、一定だった。

 

 三倍の重力を背負い、一分、一秒たりとも気を緩めることなく周囲を警戒し続ける老兵。

 その背中は、かつての閃光のような輝きはないが、今はどんな城壁よりも厚く、弟子たちの震える命を守り抜くための、絶対的な「重石アンカー」となっていた。


「……寝ろ。……明日、門が開いたときにその目が曇っていれば、俺はお前たちを連れて行くのを止める。……お前たちが背負いきれない分は、すべて俺が、この枷の中に押し込めておいてやる」


 ガウェインの低い声が、闇の中で静かに響く。

 リュカの震えが、次第に穏やかな寝息へと変わっていった。

 不気味な心音を響かせる城塞を目前に、三人の師弟は、言葉にならない「重み」を分け合いながら、静かな、しかし決死の休息に身を浸していた。

 それは、明日の地獄を生き抜くための、最も不合理で、最も誠実な一夜だった。


 夜明けの光さえも吸い込む、どす黒い霧の壁がゆっくりと割れた。

 三人の眼前に現れたのは、かつての英雄たちが築き、勇者ガウェインがその全盛期の終焉とともに封印したはずの『北の城塞』の、あまりにも無惨で、そして冒涜的な変貌であった。


「……あ。……あぁ……っ。これ、は……。城塞じゃない。……生きている、巨大な……まゆだ……!」


 リュカが眼鏡を抑えたまま、絶叫に近い声を上げた。

 彼の『構造視』が捉えたのは、もはや石造りの建築物などではなかった。かつての堅牢な城壁は、膨れ上がった血管のような魔導回路と、不気味に脈動する灰色の肉壁によって完全に飲み込まれている。城塞全体が、周囲から奪い取った膨大な熱量を糧にして、内部で「何か」を産み落とそうとする、一つの巨大な生命体と化していた。


「ひゃぅっ!? し、師匠、門が……! 中から、すごい魔圧が……来ます!」


 セレスが叫び、聖印を構えて重心を落とした。

 城塞の正面に位置する巨大な正門。かつてガウェインが自身の重力によって押し潰し、永遠に閉ざしたはずのその鋼鉄の扉が、ドロりとした魔力液を撒き散らしながら、内側から押し広げられていく。

 排気される空気は、二十年前の戦場に漂っていた、あの鉄と血の混じり合った、不快極まりない匂いを帯びていた。


「……ふん。……二十年もかけて、俺の記憶をこれほど醜悪に煮詰めてくれたのか。……いいだろう。目覚めの挨拶としては、最高に不合理で、俺向きだ」


 ガウェインは三倍の枷を維持したまま、一歩、前に踏み出した。

 門の奥、光さえ届かぬ暗黒の深淵から、一際大きな、大地の骨を鳴らすような足音が響き渡る。

 

 姿を現したのは、かつてガウェインがその命と引き換えに消滅させたはずの、魔将軍バロール――その残影であった。

 だが、それはかつての騎士としての威容はない。

 全身を城塞と同じ肉壁と鉄屑で再構成され、千切れた魔鎌を腕の一部として同化させた、怨念の成れの果て。城塞という巨大な胃袋が、ガウェインの過去を捕食し、彼を殺すための「正解」として吐き出した、最悪の再定義。


「……若いの、目を逸らすな。……あれは、俺が過去に置き去りにしてきた『計算間違い』の塊だ。……お前たちのその、研ぎ澄まされた目と、固定された意志が、どこまで通用するか。……この地獄の入り口で、きっちり試させてもらうぞ」


 ガウェインの低い声が、城塞の脈動を真っ向から圧し潰すように響く。

 異形のバロールが咆哮し、周囲の静寂を暴力的なまでの魔圧で引き裂いた。

 

 凍りついた葬列は、今、目覚めの産声と共に、再び血塗られた戦場へと姿を変えた。

 引退勇者の旅路。

 その行く手を阻むのは、他ならぬ彼自身の「過去」という名の、あまりにも重く、醜悪な不条理であった。


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