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最強の引退勇者、合理性を極めすぎて自分を重力で縛り上げてしまう〜隠居先を探す旅なのに、歩くだけで魔王軍が平伏する件〜  作者: 寝不足魔王


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第18話:老兵の再会、あるいは研ぎ澄まされた静寂

 断絶の門が地響きを立てて閉ざされた瞬間、三人を包み込んだのは、南部とは根本から質の異なる「死の静寂」だった。

 そこは二十年前にガウェインたちが全盛期のすべてを捧げて封鎖した、北部空域。

 大気には、浄化されることのない魔王軍の残滓が重く澱み、陽光さえも不透明な灰色の雲に遮られている。吹き抜ける風は刃のように鋭く、剥き出しの肌を容赦なく削り取ろうとしていた。


「……あ。……あぁ、っ。……空気が、痛い……。……呼吸をするたびに、肺が凍りつくみたいだ……」


 リュカが眼鏡の奥の瞳を細め、激しく咳き込んだ。

 彼の『構造視』には、この地の不吉な様相がより鮮明に映っていた。大気に混じり合う魔力の粒子が、まるで無数の小さな棘のように空間を漂い、生命ある者の活力をじわじわと侵食している。

 セレスもまた、聖印を握りしめ、自身の周囲を『固定』の魔力で薄く覆うことで、ようやくその場に踏み止まっていた。


「……若いの。ここからが本番だ。……これまでは、お前たちの実力を測るための、生温かい遊歩道に過ぎん。……ここから先は、一瞬の魔力の揺らぎが、そのまま死という名の結末に直結すると思え」


 ガウェインは、自身の枷を三倍の定常出力に保ったまま、重力鎖を短く、力強く引き寄せた。

 不可視の鎖が二人をガウェインの背中へと強引に引き寄せる。それはもはや、移動のための補助ではない。この過酷な環境下で、彼の発する圧倒的な重圧の圏内から、一歩も外へ逃さないための「保護」であった。


「……セレス、外部の汚染を空間ごと押し固めて、俺たちの通り道から排除しろ。……リュカ、お前のその目で、最も魔力の澱みが薄い『風の通り道』を探せ。……俺の重力でお前たちの負担を半分は引き受けてやるが、残りの半分を背負いきれん奴は、ここで凍土の飾りになってもらうぞ」


 ガウェインの足音が、凍てついた大地に深く、重く刻まれる。

 彼は前方の、灰色の霧が渦巻く岩山を見据えた。

 かつての戦場。

 彼が若き日の熱情を使い果たし、多くの仲間を失った因縁の地。

 二十年という歳月が経っても、この地の呪いは解けることなく、ただ訪れる者を拒絶し続けている。


「……し、師匠。……あそこ、岩陰に……何か、いませんか?」


 セレスが震える指で前方の断崖を指し示した。

 霧の向こう、不自然なほど静止した空気の中に、陽炎のような揺らぎがある。

 ガウェインは足を止めず、ただ自身の加圧を僅かに、そして鋭利に周囲へと放出した。


「……ふん。……魔物の類なら、とっくに俺の重圧で平伏しているはずだ。……隠れようともせず、これほど堂々と立ち塞がるとはな。……若いの、目を開けていろ。……これから会うのは、魔王軍よりもよほど話が通じぬ、執念の塊だ」


 灰色の霧を裂くように、一筋の鋭い剣気が三人の足元へと走った。

 それは物理的な破壊を目的としたものではなく、ただ「ここに最強がいる」ということを、言葉を使わずに証明するための、あまりにも研ぎ澄まされた挨拶だった。

 ガウェインは一歩も引かず、ただ自身の重圧でその剣気を真っ向から押し潰すと、霧の深淵へと不機嫌な視線を向けた。


 灰色の霧が、刃で切り裂かれたかのように左右へと分かたれた。

 現れたのは、岩肌と同化したような煤けた外套を纏い、一本の古びた長剣を杖代わりに突いて立つ老人だった。

 白髪は乱れ、顔には無数の深い傷跡が刻まれているが、その双眸だけは、極寒の地にあっても凍りつくことのない、飢えた獣のような光を宿している。


「……やはり来たか、ガウェイン。お前のその、山をも平伏させる不快な重圧。この北の地で感じぬ日はなかったぞ」


 老人の声は、枯れ木が擦れ合うような不気味な響きを帯びていた。

 老剣客バルド。

 かつてガウェインと最強の座を幾度となく争い、勇者の称号に最も近いと言われながら、ただ一人の男を斬ることだけに執着し続けた「宿敵」である。


「……バルドか。相変わらず、雪の中に潜んで獲物を待つような、陰気な真似をしているのだな。……どけ。俺は引退の地を探しに来ただけだ。お前のその、錆びた野心に付き合う時間は一秒も残っていない」


 ガウェインは三倍の枷を維持したまま、眉一つ動かさずに告げた。

 だが、バルドはガウェインの腰にある剣と、その周囲に展開されている重力の歪みを見て、不敵な笑みを浮かべた。


「引退、だと? 笑わせるな。……お前のその、自らを縛り上げる呪いのような魔力。それは牙を抜いた犬のすることではない。……さらなる重みを研ぐための、狂人の振る舞いだ。……お前はまだ、完成しようとしている」


 バルドが、杖代わりにしていた長剣を静かに抜き放った。

 その瞬間、大気に漂っていた魔力の残滓が、バルドの剣先を中心に渦を巻き、鋭利な真空の刃となってガウェインたちを包囲した。

 セレスは息を呑み、反射的に『固定』の魔力を展開しようとしたが、バルドが放つ圧倒的な「剣気」の鋭さに、魔力の構築さえも阻害される感覚に陥った。


「リュカ君、後ろに……! この人、今までの誰とも違う……! 戦う前から、首を跳ねられているみたい……っ」


「……だめだ。……このおじいさんの剣、構造が……読めない。……一振り一振りが、光よりも速く、影よりも深く……計算の外側から飛んでくる……ッ!」


 弟子の二人が戦慄する中、バルドは一歩、音もなく踏み出した。

 

 一閃。

 

 それは目視することさえ叶わぬ、極致の抜刀。

 ガウェインの喉元を正確に狙い撃ち、空間そのものを断ち割るような鋭い斬撃が、死を運んでくる。

 ガウェインは抜刀しなかった。

 彼はただ、自分にかけ続けている重圧を、自身の喉元の数ミリ手前に一点集中させた。


 キィィィン……ッ!!


 鋼鉄と鋼鉄が激突する音ではない。

 あまりにも高密度に圧縮された空気の壁に、バルドの剣先が弾かれ、凄まじい火花が散った。

 衝撃波が霧を完全に吹き飛ばし、周囲の岩が粉々に砕け散る。


「……重くないと言ったはずだ、バルド。……お前の剣は、まだ自分の渇望という名の羽毛よりも軽い。……俺の足を止めたいなら、まずはその自意識という名のゴミを捨ててから来い」


 引退勇者の不機嫌な独白。

 凍土の静寂を破り、かつての最強を争った二人の老兵による、理屈なき再会いさかいが幕を開けた。


 衝突の余波が岩壁を削り、剥がれ落ちた石片がガウェインの重圧に捕らわれて、空中でひしゃげながら粉砕されていく。

 バルドは弾かれた剣先を滑らかに引き戻し、再び正眼に構えた。その動作には一分の無駄もなく、凍てつく空気を切り取るような冷徹な美しさがあった。


「……ふん。抜刀すらさせぬか、ガウェイン。貴様が己に課したその重石、単なる老いへの恐怖かと思っていたが、どうやら見当違いだったようだな」


 バルドの瞳に宿る飢えた光が、さらに鋭さを増す。彼はガウェインの周囲で蠢く、光さえも歪めるほどの高密度な重力圏を、狂おしいほどの羨望を込めて見据えていた。


「二十年前、お前は閃光だった。触れるものすべてを消滅させる、無軌道な破壊の塊だ。……だがあの戦いの後、お前は死んだと聞かされた。……牙を折り、爪を剥ぎ、合理という名の殻に閉じこもった腰抜けに成り下がったとな。……だが、今の貴様は何だ?」


 バルドが一歩、踏み出す。その一歩は音もなく、大気の揺らぎさえ伴わない。極致に達した剣客だけが辿り着ける、虚空を往く歩法。


「……重い。あまりにも重すぎる。貴様はただの隠居などしていない。……その枷で己を縛り上げ、煮詰め、かつての閃光を、この世の誰にも動かせぬ絶対的な質量へと変造し続けている……。……ガウェイン! 貴様はまだ、極みを目指しているのかッ!」


 バルドが叫び、全霊を込めた剣気を放った。

 それは殺意ではなく、かつてのライバルに対する、魂を剥き出しにした問いかけだった。

 対するガウェインは、三倍の加圧を維持したまま、岩のように動じることはなかった。彼は、震える弟子たちの視線を背中に感じながら、低く、地の底から響くような声で応えた。


「……極み、だと? 寝言は寝て言え、バルド。……俺が求めているのは、安らぎだ。……お前のように、いつまでも錆びた名誉や最強という名の虚飾に縋っている暇はない。……お前の剣がこれほどまでに速く、鋭いのは、そこに何も乗っていないからだ。……軽すぎるんだよ、お前の人生は」


「何だと……ッ!」


「……守るべきものを持たず、ただ己の技を研ぐことだけに執着した男の剣など、俺の重力の前では羽毛に等しい。……一グラムの責任も、一ミリの後悔も背負わぬ剣に、俺の『枷』を動かす力はないと言ったはずだ」


 ガウェインは初めて、腰の剣の柄に手をかけた。

 抜くためではない。ただ、その鞘の重みを、世界への楔として定着させるために。

 ガウェインから放たれた静かな重圧が、バルドの放つ鋭利な剣気を、物理的に、そして精神的に圧倒していく。


「……お前の剣には、今日を生き延びねばならぬ理由がない。……俺には、この未熟な二人を目的地まで運び、あの村へ無事に『ただいま』と言いに行くという、極めて合理的で重い納期がある。……その差が分からんお前ではないはずだ、バルド」


 バルドは、唇を噛み締め、剣を握る拳を白くなるまで強く震わせた。

 最強という名の孤独。

 それを捨て、不合理な「重荷」を自ら背負うことを選んだガウェインの強さは、かつての閃光時代よりも遥かに深く、残酷なまでにバルドを拒絶していた。


 バルドの瞳から迷いが消え、代わりに極致へと至った修羅の静寂が宿った。

 彼は深く沈み込むように腰を落とし、折れた古木のような痩躯から、空間そのものを震わせるほどの鋭利な剣圧を立ち昇らせる。


「……理屈はもういい。……ガウェイン、貴様が背負うものが何であろうと、我が剣はただ、眼前の不倒を断ち切るのみ!」


 爆発。

 バルドが踏み込んだ瞬間、彼が立っていた岩盤は粉々に砕け、その姿は一筋の銀光へと書き換えられた。

 一瞬の瞬き。その間に放たれた剣閃は、数え上げることも困難なほどの連撃となってガウェインを包囲した。喉笛を、心臓を、関節の隙間を、神速の刃が八方から同時に抉り取ろうとする。


 ガウェインは、一歩も動かなかった。

 彼は剣を抜くことさえせず、ただ自身の中心にある重力の芯を、一厘の狂いもなく固定し続けた。


「……セレス、リュカ。目を逸らすな。……これが、重力を『練る』ということだ」


 ガウェインの声が、激しい剣鳴の合間を縫って、平穏に響く。

 バルドの放つ神速の刃が、ガウェインの肉体に触れる寸前、あたかも水面に投げ込まれた石が軌道を曲げるように、不自然に逸れていく。

 重力魔法『不動の枷』――偏位事象へんいじしょう

 ガウェインは自身の周囲の空気の密度を、一拍ごとに、そして一撃ごとに、極限まで不均一に書き換えていた。

 

 右から迫る刃は、圧縮された空気の壁に弾かれ。

 左から迫る刃は、希薄になった空間へと吸い込まれるように流れ。

 全ての連撃は、ガウェインの肌を僅かにかすめることさえ許されず、虚空へと逃がされていく。


「……な、何が起きてるの……。あのおじいさん、あんなに速く動いているのに、師匠は……ただ立っているだけなのに、一回も当たってない……っ」


「……だめだ、僕の目でも追いきれない。……おじさんは、自分の周りの『世界の重さ』を、一撃ごとに変えてるんだ。……刃が届く直前で、重力の向きを、ほんの僅かだけ……一毛の幅だけ逸らしてる。……あんなの、精密な計算なんてレベルじゃない、神業だ……!」


 リュカが叫び、眼鏡の奥の瞳を限界まで見開く。

 バルドの剣は、もはや銀の繭となってガウェインを閉じ込めていた。一秒の間に数十回、数百回と繰り返される殺意の旋風。だが、ガウェインはその中心で、嵐の中の巨岩のように泰然と立ち続けている。


 三倍の枷を維持したまま、自身の重圧を毛穴一つ分単位で制御し、迫り来る「速さ」を「重み」でいなす。

 それは、若き日のガウェインが決して選ぶことのなかった、武の到達点。

 バルドの放つ渾身の神速は、ガウェインが作り出した「静寂の檻」に囚われ、その輝きを虚無へと変えられていった。


「……バルド。……まだ、届かんぞ。……お前の剣には、俺の足を止めるだけのことわりが宿っていない」


 冷徹な宣告。

 ガウェインは一度も視線を逸らすことなく、止まらぬ銀光の渦を、退屈な風景であるかのように見据えていた。


 バルドの連撃が、一瞬の静寂と共に止まった。

 彼が放っていた銀の繭が霧散し、その中心で老剣客は、己の全存在を一本の剣へと注ぎ込むような、深く、狂気すら孕んだ構えを取る。

 周囲の冷気が一箇所へと収束し、バルドの剣身が、極限まで圧縮された剣気によって白銀の白光を放ち始めた。


「……ガウェイン、これが最後だ。我が命、我が魂、そのすべてをこの一筋に捧ぐ。……絶技、氷天断界ひょうてんだんかいッ!」


 爆発。

 バルドの姿が消失した。

 それは速さという概念を超え、因果すら飛び越えて「斬った」という結果を先に生み出すような、神域の抜刀。大気が断絶され、ガウェインの眼前にある空間そのものが、一筋の光の線となって真っ二つに裂けようとしていた。


 その瞬間。

 これまで石像のように動かなかったガウェインが、初めて、一歩だけ前へ踏み出した。


 三倍の重力を維持したまま、彼は自身の全体重を右手の指先へと、一滴の雫のように凝縮させる。

 

 重力魔法『不動の枷』――一点絶定いってんぜってい


 パキィィィィンッ!!

 

 儀式場に、世界の骨が折れるような、あまりにも硬質な音が響き渡った。

 バルドが命を懸けて放った奥義。その刃の先端を、ガウェインは抜き放った剣ではなく、ただの「指先」だけで、真っ向から押し止めていた。


「……な、な……っ。……指先一つ、だと……ッ!?」


 バルドの絶叫。

 剣客の命である白銀の刃は、ガウェインの指先に触れた瞬間から、一毛ほどの前進も許されず、空間に釘打たれたかのように固定されていた。

 ガウェインの指から放たれる重圧は、バルドの剣気を喰らい、その質量で刃をじわじわと押し潰していく。

 セレスとリュカは、目の前で起きた「不条理」に、呼吸をすることさえ忘れて立ち尽くしていた。


「……バルド。言ったはずだ。……重くない、と」


 ガウェインの声は、地底から響く葬送曲のように低く、冷たかった。

 彼は指先に込めた重圧を、さらに一段階、深く沈めさせた。


「……お前の剣は、ただ鋭いだけだ。……自分以外の誰も背負わず、ただ最強という名の殻を研ぎ続けた、虚ろな刃だ。……俺が背負っているのは、かつて俺の重圧で死んでいった仲間の悔恨であり、今この背後にいる未熟な者たちの明日であり、あの村で待つ女の安らぎだ」


 ガウェインが指先に力を込めると、バルドの長剣が、耐えきれぬように「ミシリ」と歪んだ。


「……お前の剣客としての執念など、俺が背負うこの『枷』の、一グラム分にも満たん。……消えろ、バルド。お前の刃は、俺の人生の邪魔をするにはあまりにも軽すぎる」


 ガウェインが指を僅かに弾いた。

 それだけで、バルドの肉体は不可視の巨大な質量に打ち据えられたかのように、数十メートル後方へと吹き飛ばされ、極寒の岩壁に叩きつけられた。

 剣を握るバルドの腕は力なく垂れ下がり、その誇り高き長剣は、根元から無残に折れ曲がっていた。


 圧倒的な、拒絶。

 ガウェインは一度も剣を抜かぬまま、己の歩んできた道の「重み」だけで、かつての宿敵の心を、その刃ごと完膚なきまでに叩き折った。


 岩壁に背を預けたまま、バルドは折れた剣の柄を力なく手放した。

 極寒の風が、砕け散った剣気の残滓をさらっていき、再び凍土に死のような静寂が戻る。ガウェインは三倍の枷を維持したまま、指先の重圧を静かに解き、ゆっくりと自身の背嚢を背負い直した。


「……は、はは。……完敗だ。……指先一つに、これほどの地獄を詰め込んでいたとはな。……ガウェイン、貴様はもはや、剣客のことわりで計れる存在ではないらしい」


 バルドは口端から溢れる血を無造作に拭い、自嘲気味に笑った。

 最強を目指し、己の牙を研ぐことだけに執着してきた自分。一方で、牙を捨て、自らを枷で縛り上げ、それでもなお「誰かのために」歩み続けることを選んだ男。その精神の質量差は、埋めようのない絶壁となって、バルドの目の前に立ち塞がっていた。


「……勝負はついた。……バルド、お前の命を刈る手間も、今は惜しい。……道を開けろ。俺には先を急ぐ理由がある」


 ガウェインは視線を逸らしたまま、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 だが、立ち去ろうとする彼の背中に向かって、バルドはかつての宿敵としての、最後にして唯一の忠告を投げかけた。


「……待て。……ただの敗走兵として道を譲るつもりはない。……手土産だ、受け取っておけ。……この先、お前たちが向かう北の最果て……かつて我らが封印した『北の城塞』が、妙な音を立てているぞ」


「……城塞だと? あそこは戦友たちが二重に封鎖を施したはずだ。……まさか、封印が揺らいでいるというのか」


「揺らぐどころではない。……城塞の周囲から、魔物の気配が完全に消えた。……まるで、内側に潜む『何か』が、周囲のすべての命を喰らい尽くして、目覚めの準備を整えているかのようにな。……ガウェイン、お前のその重力でさえ、飲み込まれかねん不吉な予感がするぞ」


 ガウェインの瞳が、一瞬だけ鋭く細められた。

 魔王の残滓。二十年前の戦場の終着点。

 そこにあるのは、彼が「引退」するために、どうしても片付けなければならない最後の不条理の種だ。


「……ほう。ならば丁度いい。……どのみち、そこを通らねば俺の目的地には辿り着けん。……バルド、お前はここで己の不甲斐なさを噛み締めながら、俺の引退の報せでも待っていろ」


 ガウェインは重力鎖を短く引き込み、震えるセレスとリュカを促して、再び歩き出した。

 バルドは一度も振り返らぬその背中を、折れた剣を抱えたまま、静かに見送っていた。


「……おじさん。……あのおじいさん、少しだけ……寂しそうだったね」


「……ふん。……自分以外の重さを知らぬ奴は、いつか必ずその軽さに耐えきれなくなる。……行くぞ、若いの。……城塞へ至る前に、もう一度、お前たちのその『不自由な連携』を締め直しておく必要があるようだからな」


 三人の影が、灰色の霧が渦巻く凍土の奥深くへと、重厚な足音を響かせながら消えていく。

 引退勇者の旅路。

 次なる目的地は、すべての悲劇が始まった場所、そして英雄ガウェインが死に、今の「枷」を纏うことになった因縁の城塞であった。


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