0047 【断章】2025年9月8日(月) 邪神群、受肉
遡ること2025年 9月8日
皆既月食
世界各地。
同じ時刻ではない。
同じ場所でもない。
だが、同じ“違和感”が、8つ生まれた。
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東欧・郊外の病院
【グラーキ】
夜勤の看護師が、点滴の交換をしていた。
患者は、事故で意識不明の男。
心電図は、規則正しく波打っている。
——その波形が、一瞬だけ、意味のない記号になる。
看護師は目をこすった。
もう一度見ると、普通の心電図だ。
男の喉が、かすかに鳴る。
「……あ……」
声ではない。
空気が、声の“形”を取っただけ。
男の眼球が、左右で別々の速度で動く。
焦点が合わない。
だが、何かを“数えている”。
数秒後。
男は、静かに瞬きをした。
「……すみません。
ここは、どこですか?」
医者が駆け寄る。
——言葉は、人間だった。
中身だけが、違っていた。
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中東・砂漠の検問所
【エイホート】
若い兵士が、書類を確認していた。
風が強い。
砂が、ゴーグルの隙間に入る。
頭が、割れるように痛む。
「……暑すぎるな……」
そう言った瞬間、
影が、本人より一瞬遅れて動いた。
誰も気づかない。
本人も、気づかない。
兵士は膝をつき、砂に手をつく。
手のひらに、
見たことのない“指紋”が浮かぶ。
次の瞬間、消える。
立ち上がった彼は、仲間を見る。
「……君たちは、
“ここに来る前”、どこにいた?」
誰も答えられない質問を、
自然な声で、自然に投げた。
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南米・港町の市場
【ツァトゥグァ】
魚売りの少女が、値段を叫んでいた。
声が、途中で裏返る。
「3匹で——」
言葉が、液体みたいに溶ける。
少女は喉を押さえる。
周囲の音が、遠くなる。
世界が、“水の中”みたいになる。
誰かが肩を揺らす。
だが、感触がない。
次の瞬間、少女は笑った。
「……あら、ごめんなさい」
声は、いつも通り。
だが、瞬きの間隔だけが、異様に長い。
その日から、
彼女の魚屋には、
必ず“誰も覚えていない客”が来るようになった。
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東南アジア・高層ビル清掃員
【ボクラグ】
命綱1本で、窓を拭いていた男。
下を見て、目眩がする。
ビルが、“内側に傾いている”ように見える。
現実が、折れ曲がる。
「……なんだ、これ……」
ガラスに映る自分の顔が、
半拍遅れて笑う。
男は悲鳴を上げる。
だが、数秒後。
「……はは、
疲れてるだけか」
その日から、
彼は“高さ”を測らなくなった。
どこでも、地面と同じだと思っている。
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アフリカ・診療所
【シャウルス】
医師が、子どもの熱を測っていた。
体温計が、数字じゃない記号を表示する。
医師は、目を閉じる。
次に開いたとき、
子どもが“遠く”にいる。
距離の感覚が、壊れる。
医師は微笑む。
「……心配いらない。
この子は、ちゃんと“続いている”」
周囲は、その言葉の意味を、
誰も理解できなかった。
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東アジア・深夜のコンビニ
【アトラック=ナチャ】
アルバイトの青年が、レジに立っていた。
客が、いない。
時計が、進まない。
「……あれ?」
瞬きすると、
カウンターの向こうに、“自分”が立っている。
青年は、後ずさる。
次の瞬間、
世界が“入れ替わる”。
彼は、カウンターの中にいた。
「……いらっしゃいませ」
声が出た。
勝手に。
その夜から、
この店には、
レシートに“存在しない商品名”が印字されるようになった。
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共通しているのは、ただ1つ。
誰も、
叫び続けなかった。
苦しんだ。
混乱した。
世界が壊れた。
——でも、最後は、
“納得した顔”をした。
神々は、雷とともに降りてこない。
血の雨も、空の裂け目もない。
ただ、
人間が1人、少しだけ“違うもの”になるだけだ。
そして世界は、
それを、見逃す。
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そして日本。
深夜の居酒屋。
煙と油と、安い焼酎の匂いが混ざるカウンター。
でっぷりした中年の上司が、部下に絡みながら、グラスを叩いていた。
「お前さぁ、最近なぁ……」
言葉が、途中で止まる。
一瞬。
ほんの、瞬き1回分。
眼球が、くるりと裏返るように回る。
顔の筋肉が、別人の配列を取る。
——成田。
口角だけが、ありえない角度で持ち上がる。
「フヒ……」
誰も気づかない。
部下はスマホを見ている。
テレビはバラエティ番組の笑い声を流している。
次の瞬間、
上司はまた、ただの“嫌な中年”に戻った。
「……聞いてんのか?」
グラスの氷が、からん、と鳴る。
だが、
そのテーブルの下。
床に落ちた水滴が、一瞬だけ、黒く光った。
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