043 2026年4月25日(土)_01 県首脳会談強襲
山形市、某ホテル。
日曜日のためか、
日本語以外の家族の会話がフロントにはあふれていた。
そのとある階。
かつて百人規模の披露宴が開かれていた、今は使われていないフロア。
天井は低く、壁は厚い。
今日はその明かりが煌々と着いていた。
会議用に並べられた長机と折り畳み椅子。
この階は、もともと要人動線用のバックヤードと直結している。
地下駐車場直通の搬送用エレベーター、非常階段。
どれも外部から見えない。
盗聴対策用のホワイトノイズ発生器が、低く、絶え間なく唸っていた。
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室内。
山形県 総務部付属資料管理室
(文化財・特殊記録担当)
室長の児島。
顧問の石原、青山、山倉。
その正面に、県知事。
周囲に各市町村の長。
後方には秘書と随行職員。
壁際には、警察の警備班。
私服だが、立ち方で分かる。
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児島が、資料をめくる。
「昨晩の“会議室”で決定された内容です」
淡々とした声。
「ザ・ナインの海外渡航。
日本側の顧問権限の範囲。
奈良トオル――成田仁の扱いは、引き続き“観測対象”。
直接拘束は不可。間接的抑止のみ」
首長の一人が、眉をひそめる。
「国は?」
石原が答える。
「渡部議員が、非公式に全権を持っています。
表のルートには、まだ落ちていません」
空気が、わずかに重くなる。
知事は、ゆっくりと頷いた。
「つまり、
ここにいる我々が“最前線”だということですね」
誰も否定しなかった。
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そのとき。
――ゴン。
遠くで、鈍い音。
地下駐車場直通の搬送用エレベーターの方向。
警備の一人が、無線に手を伸ばす。
次の瞬間。
――ガン、ガン、ガン。
内側から、扉が叩かれる音。
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「下がってください!」
秘書たちが、反射的に首長たちの前に出る。
警備が展開する。
扉が、歪む。
そして――
金属が引き裂かれる音とともに、
エレベーターの扉が、内側からこじ開けられた。
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現れたのは、覆面の集団。
黒布に、白い図形。
邪な意味の文字。
読んだだけで気分が悪くなる形。
手には、刃物、鉄パイプ、異様な形の刃物。
そして、その後ろ。
人間サイズの、鼠の怪物。
ラット・シング。
直立し、前脚が“腕”の形をしている。
口の奥で、歯が鳴る。
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警備私服警官が発砲――
だが、最初の一人が、
狂信者に体当たりされ、壁に叩きつけられる。
「伏せろ!」
悲鳴。
その瞬間。
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テーブルが、跳ねた。
山倉だった。
六十を過ぎた身体とは思えない動きで、
長机を踏み台にして、前に出る。
一人目。
掴む。
投げる。
二人目。
肘。
崩す。
床に叩きつける。
流れるように、三人、四人。
動きに、一切の無駄がない。
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背後。
山倉の死角から、異様な形の刃が伸びる。
――だが。
横から、
ホテルの副支配人が飛び込んだ。
組み付く。
体重を預ける。
そのまま、床に叩き落とす。
「……山倉先輩」
荒い息。
「貸し一つです」
山倉は、壁に符を貼り、後輩にウィンクをし、前を向いた。
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怪物と山倉が対峙。
山倉はじわじわと立ち位置を変える。
ラット・シングが、動く。
床を蹴り、突進。
山倉は、腰を深く落とす。
構えが変わる。
さっきまでの“人間の喧嘩”じゃない。
一歩、踏み出す。
――吹き飛ぶ。
鼠の怪物が、壁に叩きつけられる。
その壁には符。
そしてもう一枚。
拳が当たった場所に、符が貼られていた。
ルーン。
陰陽道の符。
混ざり合った、読めない文字。
次の瞬間。
符が、光る。
――前後からの魔術の破裂。
ネズミは悲鳴をあげる。
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山倉の足運びが変わる。
禹歩。
床に、円を描くように、符を打ち込んでいく。
一周。
次の瞬間。
符から、
鬼の腕が、這い出る。
半透明の、筋張った腕。
ラット・シングを掴み、
符の“内側”に、無理やり押し込む。
怪物の悲鳴が、
紙の中に、吸い込まれていく。
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その直後。
山倉は、振り向きざまに、
何もない空間へ――
ゼロインチパンチ。
空気が、歪む。
次の瞬間、
そこに“いた”魔術師が、姿を現す。
黒衣。
仮面。
驚愕の表情。
床に、崩れ落ちる。
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後方。
石原と児島が、エレベーター前を確保。
青山が、知事と市町村の長を非常階段へ誘導している。
警察が、残った狂信者を制圧。
数分。
いや、
体感では、もっと短い。
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静寂。
ホワイトノイズだけが、再び、部屋を満たす。
山倉は、息を整え、
床に散らばった符を拾い集める。
「……はい」
淡々と。
「汚さず、対応できました」
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知事が、ゆっくりと、立ち上がる。
顔色は、青い。
だが、声は、震えていなかった。
「……これが、
あなた方の言う“現実”ですか」
児島が、静かに答える。
「ええ」
「行政の仕事です」
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夕方のローカルニュース。
画面の左上に、見慣れたテロップ。
「不審者がホテルに侵入」
アナウンサーは、春らしい声色で言う。
「本日未明、山形市内のホテルで刃物を持った人物が侵入する騒ぎがありましたが、警察がすぐに対応し、けが人はいませんでした——」
土曜日。
休日返上で昨日の報告書を書き続ける一葉は、モニターを横目で見ながら、
キーボードを叩く手を止めない。
「……春だからアホが出るのかな」
誰も拾わない。
筋肉痛が、じわじわ来ている。
肩。背中。太もも。
昨日まで「自分の体」だったものが、今日は「他人のもの」みたいに重い。
それでも、
Excelは裏切らない。
セル結合。
条件付き書式。
ピボットテーブル。
一葉の指は、ほぼ反射で動く。
「ねえ、私さ、パワポも得意なんだけど」
観測班の武田が、資料から目を上げずに言う。
何故か口を真一文字に食いしばってる。
「……今はExcelでいいです」
塩。
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画面の隅で、
修理ログと結界運用記録が、並んでいる。
一葉は、ふと、眉をひそめた。
「……ねえ」
若林に向かって言う。
「山形ロボってさ、自己修復するし、結界で被害“なかったこと”にできるんでしょ?」
「うん」
「なのに、なんで整備スタッフこんなにいるの?
あと、毎回、看板とか道路とか、地味に直してるし。
被害の“隠蔽”に、めっちゃ気を使ってるじゃん」
若林は、一瞬だけ、考える顔をしてから言った。
「……相手も、現実を書き換えてくるから」
一葉の手が、止まる。
「え?」
父親、早川が、横から続ける。
「山形ロボの装甲は、壊れにくい。
でも、壊れない“理由”ごと、壊してくる相手がいる」
一葉は、瞬きした。
「……なにそれ、ズルくない?」
若林が、苦笑する。
「ズルいよ」
「因果に関しては、上書き合戦になる」
モニターに、21日のログが表示される。
【市街地被害:軽微】
【構造物損傷:標識×3、信号×1、歩道ブロック×十数枚】
「結界があるから、
“人が当たる未来”は、だいたい消せる」
石原が言う。
「でも、強い相手だと、
“人がケガする未来”を、無理やり通してくる」
一葉は、画面を見つめたまま、言う。
「……雑魚なら?」
「負けない」
若林が、はっきり言う。
「でも、
本気のやつは、
“勝つか負けるか”じゃなくて、
“どこまで現実を奪えるか”で来る」
一葉は、ゆっくりと、背もたれに寄りかかった。
「……なにそれ」
「そういう連中なの」
石原が言う。
「だから、整備班がいる」
「もし山形ロボを壊しても?」
「そうだ。お前さんは思い切りやるだけでいい。」
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ニュースが、次の話題に移る。
GW商戦。
山形駅西のイベント。
商店街のセール。
一葉は、画面を見て、鼻で笑った。
「……何もなかった顔してるな、世界」
若林が、コーヒーをすすりながら言う。
「それが、勝ったってことだよ」
一葉は、少しだけ、肩をすくめた。
筋肉痛が、痛い。
でも。
セルの中の数字が、きれいに揃っていくのを見て、
なぜか、少しだけ、気分がよくなった。
「……まあ」
「信号機直すより、Excelの方が、まだ、優しいかも」
誰も、否定しなかった。
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地下ドック。
照明は落とされ、戦闘ログだけが卓上の端末に表示される。
新庄市戦のデータ。
1999年、最終決戦時の山形ロボのログ。
二つの波形が、並べられていた。
明らかに、違う。
児島は腕を組んだまま、画面を睨んでいた。
「……おかしいわね」
若林が、指でグラフをなぞる。
「出力ピーク。応答速度。位相干渉耐性。
全部、1999年より上です」
鎌田が、端末を叩く。
「しかも、浮雲の霊体認証はブロック状態。
奈良対策で、外部霊的ブーストは完全遮断してます」
早川が、ぼそっと言う。
「……つまり」
「純正スペックだけで、グレート相当のパンチ出してるってことですよね」
沈黙。
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紙を広げる、山形市の俯瞰図。
市の東側。
県立中央病院の裏手。
国道13号線から少し入った、青柳の一角。
かつて、
“箱大仏”と呼ばれていた場所。
児島が、ぽつりと言った。
「……27年よ」
若林が、視線を向ける。
「山形ロボ、ずっと、あそこに立ってた」
「市境のすぐ内側。
病院の裏で、住宅地と幹線道路の間に挟まれて」
鎌田が続ける。
「通学路。救急車の動線。
朝夕の渋滞。雪かき。祭りの列。
……人の生活の、ど真ん中ですね」
児島は、ゆっくりと頷いた。
「ヒヒイロカネ製の装甲とフレーム」
「精神感応金属」
「……“これ”ここまでの長期運用の記録無いのよね」
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早川が、別のログを呼び出す。
1999年、最終決戦。
グレート山形ロボ。
三動力炉、直列統合モード。
霊子炉《如来》
光子炉《観音》
次元炉《菩薩》
最終形態——
《蔵王権現》
画面に、当時の内部記録が表示される。
「……これ、臨界対応モードですよね」
鎌田が言う。
「理論上は、“機体形状を維持できない”って言われてたやつ」
若林が、眉をひそめる。
「でも、山形ロボは、そこにある」
児島が、静かに言った。
「ロボだけが帰ってきた」
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誰も、すぐには言葉を出さなかった。
代わりに、モニターに映るのは、
青柳の交差点。
県立中央病院の裏道。
子どもが自転車で通る歩道。
冬になると、雪の壁ができる生活道路。
そのすぐ横に、
27年間、
立ち続けていた“箱”。
早川が、半分冗談みたいに言う。
「……ランドマークって、
観光用の言葉じゃなかったんですね」
鎌田が、苦笑する。
「“そこに戻ってくるための目印”って意味だよな」
若林は、モニターから目を離さなかった。
「毎日、見上げられて」
「毎日、無事を願われて」
「毎日、
“そこにいてくれ”って、思われて」
児島が、小さく息を吐く。
「……ロボットじゃないわね、もう」
沈黙のあと、
誰かが、言った。
「……守護神、か」
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ログの最後に、新庄市戦の波形が表示される。
攻撃出力。
結界耐性。
因果干渉抵抗値。
どれも、
“カタログ上の山形ロボの数値”を超えている。
児島は、静かに端末を閉じた。
「……情報、足りないわね」
若林が頷く。
「でも、一つだけ、確かなことがある」
「あれは、もう、“道具”じゃない」
児島が、蛍光灯のチラつく天井を見上げた。
「……山形市、
もしかしたら、とんでもないもの、育てちゃったわね」
地下五十メートル。
ドックの奥で、
山形ロボは、何も言わずに、待機していた。




