039 2026年4月24日(金)_03 知らないようで知ってた天井
新庄市郊外。
華麗——と言うには、あまりに静かな決着だった。
結界は収束し、
夕方の風だけが、草地をなでていく。
その瞬間。
耳元のヘッドセットが、爆音になった。
「——なんで勝手に戦ってるの!」
片桐は、思わず肩をすくめた。
画面の隅で、浮雲が
「?」
からの
「やべぇ」
という、教科書みたいな百面相をしている。
——あ、この人、絶対天然だ。
残念イケメンだ。間違いない。
「戦闘開始前に、
敵性既知か未確認かのアナライズ、
行動予測、別動隊の可能性、
結界規模の測定、
攻撃手段の選定、
<因果負荷の見積もり、位相安定率の評価、神性反応のスペクトル解析、以下省略!>
——片桐さん、復唱!」
「は、はい!」
「結界が失敗したらどうなる!」
あ、えっと……
「……あなたが解除しないと、
あなたに全部、返ってきます!」
ぐさっと、刺さった。
「お昼休み前にマニュアル見せたよね!?
最大範囲で張って!
半径五キロ!
あと一分遅かったら、因果焼却ライン超えてたからね!?」
そこまで言わなくても……!
そう思った瞬間。
世界が、ふらっと傾いた。
「あれ……」
足元が、抜ける。
「……目、回る……これ、貧血……?」
浮雲の顔が、視界いっぱいに近づく。
「おい、片桐——」
そこで、意識が切れた。
---
……。
………。
「——起きた?」
白い天井。
消毒液の匂い。
「あ、」
声が、かすれる。
「……ここ、どこ……?」
横にいたのは、母だった。
その向こうに、父。
ああ、
この二人、なんだかんだで、ちゃんと“両親”なんだな。
視線を動かす。
ここは、
文翔館地下、
山形ロボ・ドック内医務室。
——まじで?
ベッドの周囲では、
児島と若林が、
両親に頭を下げている。
「申し訳ありません……」
「こちらの管理不行き届きで……」
いや、そこ、私の上司ムーブなの?
「……つか、どうやって帰ってきたの?」
鎌田が、腕を組んで言う。
「自立モードだよ。
単純動作なら、遠隔で帰投できる。
お前さん、倒れたままでも、
あの箱、ちゃんと帰ってきた」
「……なにそれ、こわ」
天井を見つめる。
知らない病室。
知らない地下。
知らない世界。
「……シンジくんの気持ち、
マジでちょっと分かるわ……」
鎌田が鼻で笑う。
「お前さんも、
ちょいちょい深いオタクだな」
「うっさい!」
ふと、気づく。
体が、やたら重い。
視線を落とすと、
胸、腕、足、
あちこちに、お札。
「……なにこれ」
「山倉だな」
鎌田が即答する。
「ルーンと、陰陽符と、修験系の結界札。
あとそれ、たぶんチベット系。
貼れるもん全部貼ったな、あの人」
「クマ殺しのお札マニア……」
医務室の隅。
正座している人影があった。
黒い服。
姿勢が、やたら良い。
——浮雲。
1999年に、
世界を救った男。
正座で、
児島に、
説教されている。
「……あなたね」
「現場判断で飛び出す癖、
27年前から、一ミリも直ってないのよ」」
「……すまん」
「すまん、じゃない!」
片桐は、ベッドの上で、吹き出した。
「……なにこの光景……」
英雄。
伝説。
人類の切り札。
それが今、
地下の医務室で、
正座。
——マジで、ウケる。
でも。
その背中は、
少しだけ、
小さく見えた。
片桐は、ゆっくり息を吐く。
——ああ。
これが、
“守った側”の世界なんだ。
自分は、
もう、
そっちに、足を突っ込んでしまったらしい。
ベッドの横で、
母が、そっと言った。
「……生きてて、よかったね」
片桐は、天井を見たまま、答える。
「……まだ、実感ないけど」
隅で、浮雲が、ぼそっと呟く。
「……慣れないほうが、いい」
児島と若林が、同時に、ハモった。
「それは、ほんとに、そう」
医務室に、
変な沈黙と、
少しの笑いが、落ちた。
---




