037 2026年4月24日(金)_02 新庄市北東部交戦
山形市から新庄市まで3分強。
人が乗っているから、これ以上は無理らしい。
それでも十分おかしい。
山形ロボの飛行形態は——
正直、ダサい。
航空機との衝突を避けるため、いったん成層圏近くまで急上昇し、そこから目標地点へほぼ垂直降下。
箱型の胴体が、短い腕を万歳みたいに上げ、
脚は飛行用モードとして、ピンっと足を延ばしていた。
顔——というかカメラ部分は、無理やり上向き。
ステータス表示用のCRTに表示される機体シルエットを見て、
一葉は思わず呟いた。
「……これ、誰が設計したの。センスって言葉、知ってます?」
CRTには、黒字に白文字の日本語表示。
《高度:21,300m》
《対空監視:有効》
《民間航空機航路:クリア》
《降下フェーズ移行まで 00:42》
それよりも。
一葉はヘッドセット越しに聞いた。
「ねえ、浮雲さん。21日に出た怪物って、結局なんだったんです?」
一瞬、ノイズ。
> 「ティンダロスの猟犬だ。
> 角を使って、いわゆる“量子跳躍”をする」
「日本語でお願い。
それ、ヤバいやつ?」
> 「……最終決戦では、
> もっと小型の個体に、仲間が何人もやられた」
一拍、間。
> 「君はよく、街を守った」
一葉は返事に詰まる。
その間に、表示が切り替わる。
《新庄市上空到達》
《降下開始》
《重力制御:安定》
視界が、雲を突き抜けて開けた。
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新庄市北東部郊外、
田園が広がる。
地上に立っていたのは、
30メートル級の、太ったおじさんみたいな何かだった。
腹はだらんと垂れ、首は埋もれ、
顔だけがやけに小さい。
そして、そいつが叫ぶ。
「テケリ・リ……テケリ・リ……!」
一葉は思わず口に出す。
「なにそれ。奇行種?」
情報表示用のブラウン管に、注釈が表示される。
《音声解析》
《発話:テケリ·リ》
《分類:異界信号/威嚇・位置固定用の鳴き声》
《意味:不明(人類言語非対応)》
《備考:高次存在への“呼び声”の可能性》
「……可能性とか、やめてください」
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通信が入る。
> 「苦戦するようなら、手伝う」
浮雲の声。
一葉は即答する。
「サイズ的に無理です。
アラフィフのオジサンは無理しないでください」
> 「……何語だ?」
山形ロボには、銃がない。
ミサイルもない。
ビームもない。
拳だけ。
「なんで武装ゼロなんですか、これ!」
《主兵装:左右多目的アーム》
《都道府県ロボ設計思想:都市防衛用/誤爆・流弾リスク最小化》
「現場の声、聞いてないでしょ、これ!」
新庄市、某所。
着地と同時に、マニュアル通りの手順が走る。
ブラウン管に、淡々と文字が浮かぶ。
《局所位相固定フィールド 起動》
《観測遮断層:展開》
《位相干渉層:同期》
《因果運動制御層:機体優先モード》
《結界半径:指定待ち》
当初、これは
ロボットを敵性存在から守るための世界共通規格として設計されたものだった。
だが、日本の都道府県配属機は、それを別の用途へと“歪めた”。
戦場を守るためではない。
街を守るための檻。
神すら閉じ込めるための、局地宇宙。
ヒヒイロカネ。
オリハルコンを含むあらゆる既知合金と比較され、なお“同格以上”と評された複合装甲。
その物理的な強度に、
位相制御と因果干渉を重ねることで、
日本のロボットは“守備をごり押しする”という設計思想に到達した。
攻撃を防ぐのではない。
被害が起きなかった世界線を、無理やり成立させる。
その代償として、
このフィールドは長くは維持できない。
他国の機体が数十分、あるいはそれ以上の展開を可能とする中、
日本のロボットは、最大でも10分。
膨大な出力。
過剰な因果干渉。
都市規模の現実改変。
それらすべてが、
最後に“操縦者”へと返ってくる。
山形ロボも、例外ではない。
熱が、神経を焼く。
重さが、意識を引き裂く。
因果が、魂の輪郭を削る。
観測班の古い記録には、
こんな一文が残っている。
> 結界とは、装置ではない。
> 人間を、世界の外側に立たせる行為そのものだ。
一葉は、知らない。
だが、指が半径入力欄の上で、わずかに止まる。
——10分。
その数字が、なぜか、やけに重く見えた。
上等!初手で倒す。
《結界半径:自動計測。最大範囲》
一葉はレバーを引いた。
突き
右腕が、下からえぐるように上がる。
「公務員を、なめるな!」
敵の腹部に、ボディブロー。
衝撃が、山形ロボのフレームを通して返ってくる。
《衝撃吸収:臨界》
《フレーム健全性:92%》
そのまま、掬い上げる。
30メートルの“おじさん”が、
箱の右手に、持ち上げられる。
一葉は歯を食いしばる。
「ロボ!下半身、重さに耐えて……!
重力制御全開!」
エンジン出力を、引き上げる。
《月山おろし:チャージ》
《冷却系統:起動》
《位相固定:ON》
「よし……」
杭打ち機みたいな衝撃。
同時に、腕部装甲展開、前腕高速回転。
低い、山が鳴るような振動。
冷気がペンチのような拳にあつまり
拳が輝く。
ゼロ距離。
冷気が、爆発する。
敵の体内から、凍結が走り、
次の瞬間、砕け散った。
破片は、地面に落ちる前に、霧みたいに消える。
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静寂。
モニターが更新される。
《敵対存在:消滅》
《周辺被害:軽微》
《市街地影響:なし》
《周辺警戒:継続》
一葉は、深く息を吐いた。
「……よし。
今日の業務、終了でいいですか」
しばしの沈黙の後、
ヘッドセット越しに、
浮雲が、少しだけ笑った気配がした。
> 「……本当に、君は思い切りがいいな」
一葉は、地面に映る“万歳ポーズの箱シルエット”を見て、
安堵したのか、
少し眠く
なった。




