029 2026年4月22日(水)_08 同盟締結
夜。
山形市の住宅街は、街灯の間隔が妙に広い。
光と影の境目が、はっきりしすぎている。
浮雲は、その境界を選ぶように歩いていた。
背後に気配。
距離は一定。足音は消そうとして、逆に目立っている。
——石原だな。
護衛のつもりで寄越したのだろう。
不器用で、面倒見がよくて、相変わらず食えない男だ。
浮雲は、街灯の光が切れる一瞬を待つ。
視界が“暗”に沈んだ、その刹那。
奈良の右腕の能力が起動する。
背中から、影のような羽がひらく。
物理的な質量を持たない、黒い輪郭だけの飛翔。
人の視覚が「見た」と認識するよりも、早く。
浮雲の姿は、夜空から消えた。
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数百メートル先。
コンビニの白い光が、やけに明るい。
駐車場の端に、見覚えのある一団がいた。
八人。
ロシア、アメリカ、フランス、ブラジル、イギリス、ドイツ、南アフリカ、中国。
出身も言語も、文化も、ばらばら。
だが、同じ“時間”を生き延びた戦友たちだ。
——200万年分の戦場を、同じ地獄で。
浮雲が近づくと、彼らはまるで高校生のように騒いでいた。
「日本のコンビニ飯、なんでこんなにうまいんだ!」
「私の国にフランチャイズ出してほしい!」
「これ、インスタントなのに花椒きいてるぞ!」
唐揚げ。
カップラーメン。
おでんの紙カップ。
むさぼるように食べるその姿は、どう見ても“外国人観光客の集団”だ。
——いや、その金、どこから出てるんだ。
ふと足元を見る。
ユニクロ。
しまむら。
ロゴ入りの紙袋が、無造作に置かれている。
全員、服装が変わっていた。
戦場の残骸みたいだった格好は消え、やけにこぎれいだ。
「……おまえら、買い物までしてきたのか?」
「だって、目立つだろ?」
「“幽世帰り”の服なんて、この国じゃ通報案件だ」
誰かが笑う。
その笑い方だけは、200万年間年変わらない。
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そのとき。
コンビニの光の外。
駐車場の端に、目立たないレンタカーが停まっているのが見えた。
運転席の横に立つ男。
浮雲が、かつて“兄弟子”と呼んでいた山倉。
その少し後ろに、私服姿のSP。
そして、車の陰から姿を現す男。
——渡部さん。
スーツではない。
だが、立ち姿だけで“議員”だと分かる。
山倉が、肩をすくめる。
「俺らが立て替えておいたよ。飯代も、服代もな」
「それと、浮雲」
鋭い目が、夜気を切る。
「おまえ、昔より気配の消し方が雑になったな」
浮雲は、気まずそうに苦笑。
「久しぶりだったんです、尾行されるの」
渡部が、一歩前に出る。
「静かな場所を手配している」
「友人たちと一緒に来てほしい」
一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、続けた。
「——1999年の“結末”も、聞かせてもらいたい」
戦友たちの手が、食べ物を持ったまま止まる。
夜のコンビニの光が、やけに白く、冷たく見えた。
浮雲は、空を見上げる。
あの戦場では、
空という概念すら、存在しなかった。
「……結末、か」
小さく息を吐く。
「それを“話”で済ませていい世界なら、
俺たちは、ここにいない」
戦友たちが、無言で立ち上がる。
唐揚げの匂いと、夜風と、
27年分の沈黙を連れて。
浮雲は、渡部の方を見た。
「案内してください、渡部“議員”」
「心配ない——今晩はオフだ」
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山形市郊外。
住宅地の外れにある、古いコミュニティセンター。
畳張りの一室。
壁には「地域防災会議」「子ども会役員会」といった紙が、セロテープで何枚も重ね貼りされている。
拍子抜けするほど、日常的な場所だった。
だが、逆に——こういう場所のほうが、安全なこともある。
駐車場に、複数の車両が静かに滑り込む。
ドアが開くたび、
コンビニ袋の山が、次々と地面に降ろされる。
唐揚げ。
おにぎり。
カップ麺。
ペットボトルのコーヒーとスポーツドリンク。
——まるで夜の部活合宿だ。
畳の部屋で待っていたのは、
石原、青山、大沼、三浦。
全員、すでに一線を退いた顔ぶれだ。
石原が、浮雲を見て、にやりと笑う。
「ほらな。浮雲なら、ダミーの尾行のトラップ、絶対引っかかると思った」
「素直すぎるんだよ、おまえは」
青山が腕を組む。
「では、今度は私が石原さんに蕎麦を奢る番、というわけですか」
「おいおい、俺たちも誘えよ」
大沼と三浦が、すぐに乗っかる。
畳の上に、笑いが転がる。
27年前の戦場では、考えられなかった光景だ。
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全員が揃うと、空気が変わった。
浮雲の口から語られたのは、
幽世における、二百万年の死闘。
時間の意味が壊れた戦場。
終わらない戦線。
死んでも、死ねない場所。
やがて、結界が緩んだ。
気がついたとき、あの、いつもニヤついていた奈良達の姿が消えていた。
九人は、奈良達を追うように、人の世界へ戻ってきた。
そして、それぞれが、超常の力を使い、母国へ帰った。
だが。
迎え入れられた者は、ほとんどいなかった。
「邪神の使い」
「向こう側に触れた存在」
そう呼ばれ、
隔離され、
監視され、
記録から消された。
だから異能の力で、
姿を眩ませた。
浮雲だけが、例外だった。
——迎えられた、唯一の人間。
「……俺たちは、帰る場所を間違えたのかもしれないな」
誰かが、ぽつりと言う。
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浮雲は、畳に座ったまま、天井を見上げた。
これから、どうするか。
九人が本気を出せば、
この場から消えるのに、一秒もいらない。
外には、スナイパーがいる。
おそらく麻酔弾。
——効かないことは、向こうも分かっている。
それでも配置しているのは、
“作法”のようなものだ。
人類側も、警戒はしている。
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浮雲は、ゆっくりと状況を整理する。
日本の現役戦力。
稼働可能なのは、山形ロボ。
それと、首都防衛用の万能人型が一機。
政治が絡んで、公式には存在しないことになっている。
——たぶん、みんな知っているが。
「東北六機」と呼ばれたギガマサムネ。
その僚機たち。
それらは、修復される間もなく、すべて海へ。
日本海溝の底で、眠っている。
他の自治体の機体も、ほぼ同じだ。
「……日本は、海溝には困らない国だからな」
誰かが、苦笑する。
アメリカは、最強クラスの機体を保存していた。
すでに、衛星軌道から地上へ降ろしている。
他の国々も、
“廃棄したはずの戦力”を、次々と再起動している。
「馬鹿正直にほとんど捨てたの、たぶん日本だけだな」
空気が、少し重くなる。
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浮雲は、渡部のほうを見た。
そして、静かに言った。
「……俺たちと、人類で」
「“同盟”を結べませんか」
一瞬、間が空く。
渡部は、何も言わず、ただ頷いた。
「本日付で」
「非公式だが、私は“大臣待遇”だ」
淡々と、そう告げる。
「全権をもらってきた」
畳の部屋に、ざわめきが走る。
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石原が、低い声で言う。
「じゃあ、議題だな」
青山が、指を折る。
「情報開示の範囲」
「奈良の扱い」
「各国への説明責任」
大沼が、ため息をつく。
「……戦争より、面倒なやつばっかりだ」
浮雲は、小さく笑った。
「だからこそ、あんたたちが必要なんだ」
畳の上で、九人と、人類側の代表が向かい合う。
非公式。
非公開。
記録にも残らない会合。
だが。
その夜。
人類と、元人類の共同戦線が、ここに生まれた。




