001 【過去編】1999年4月20日(火) 出撃前の静けさ
1999年4月20日。
初陣の後。
まだ、
街のどこにも“箱”はなかった。
旧県庁舎、通称「文翔館」の地下五十メートル。
観光パンフレットにも載らない区画。
エレベーターの操作パネルを、一定の手順で開くと、
地下への降下ボタンが現れる。
金属製の扉の向こう。
世界を守る盾が、静かに立っていた。
---
全高二十メートルの箱。
業務用の大型冷蔵庫みたいな外見。
巨大で、角張って、感情がない。
そこから、
まるで間に合わせのように、
円柱の手足が無造作に生えている。
拳の代わりにペンチのようなマニュピレーター。
関節も美しくない。
武器を持つために最適化された形でもない。
「とりあえず、必要だったから付けた」
そんな設計思想が、
そのまま立体になったような姿だった。
---
地下深くの秘密ドック
コンクリートの床に、
白い線が引かれている。
そこが、
山形ロボの立ち位置だった。
整備員たちは、
声を出さずに動く。
工具の音だけが、
やけに大きく響く。
誰も、
冗談を言わない。
---
指令室。
壁一面のCRTモニターに、
様々な数値が、
意味ありげに並ぶ。
重力。
磁場。
ノイズ。
霊子。
課長の石原は、
湯呑を持ったまま、
その“空白”を見ている。
「……続けて来るな」
誰にともなく、
そう言った。
---
浮雲 平輔は、
ヘルメットを脇に抱え、
ハンガーの前に立っている。
二十八歳。
表向きは、
県の外郭団体の職員。
今は、
パイロットだ。
---
整備長の鎌田が、
最後の確認を終える。
「炉、三系統。
並列、正常。
……リミッターは、
三十パーセント固定」
「ご要望のグレートフレームだが、
まだコンデンサー同士のバランスが怪しい。
しばらくコアロボだけ対応頼む」
相棒の、
ひんやりとしたヒヒイロカネの感触を確かめながら、
浮雲は頷く。
---
通信が入る。
「警察と消防より。
置賜地方、米沢市。
異常気象観測。
飛行型、
数、3」
室内の空気が、
一段、冷える。
「山形ロボ、出動準備、 目的地までの弾道距離算出」
---
そのとき、
ドアが開いた。
茶菓子の袋を提げた男が、
いつもの顔で入ってくる。
「お疲れさまです。
夜勤、大変ですね」
奈良 透。
中央からのお目付け役。
愛想のいい、
どこにでもいそうな人物。
---
地上では、
山形市の夜が、
いつも通りに流れている。
コンビニの明かり。
終電の音。
遠くの救急車。
誰も知らない。
この街の真下で、
1999年7月に向かって、
世界が、静かに歪み始めていることを。
---
そして、
その歪みに向かって、
板金の箱が立っていた。
名前は、
山形ロボ。
これは、世界を救う物語ではない。
神話の時を超えた、
明日を信じる小さな祈り、
正しき願いの継承の物語。




