099 2026年5月10日(日)_03 同盟締結
ジュネーブ。某所。
小型機に乗せられ、
雲を抜けた先にあったのは――
巨大な飛行船。
4名は上品な書棚に囲まれた応接室に通された。
分厚い絨毯。
古典的な家具。
だが、エンジン音は一切しない。
飛行船であるはずなのに、
空気が揺れていない。
窓の外、
陽光に照らされた森。
鳥が羽ばたく。
――完璧だ。
だが、視線を凝らせば、
影の落ち方が僅かに均一すぎる。
16K相当の半立体投影。
渡部信也は、一瞬だけ口元を歪めた。
交渉用の笑顔が、剥がれかける。
貼り直す。
「……もうすぐ八十なんだがな」
椅子に腰を下ろし、ため息を飲み込む。
「孫に電話する暇すらねぇ。
“ジィジ嫌い”って言われちまう」
マイケルが肩を竦める。
「シンヤ、疲労レベルが高いな」
シャオユンは腕を組む。
「無理もない。
渡部も私達のように暴れられれば、多少は発散できる。
だが、剣ではなく秤を握る立場だ。難儀だな」
渡部は笑う。
「暴れる前に、膝と腰が壊れますよ。
一応トレーニングはしてますが……年寄りですからね」
そこで、視線が横に流れる。
タカナシ。
ゴシックロリータドレス。
レース、編み上げ、重心は低い。
渡部が穏やかに言う。
「そういえばタカナシさん。
普段は咎めませんが、今日はフォーマルな場だ」
一拍。
「その……衣装。
君の肉体的性別は男性と認識しているが、
性自認は女性だったかな?
それとも報告書の不備かね」
タカナシは、薄化粧の口元を上品にほころばせた。
「ゴシックロリータです」
発音が妙に丁寧だ。
「半分は趣味。
半分は戦術です」
シャオユンがわずかに眉を上げる。
「戦術?」
タカナシはスカートの裾を摘まむ。
「相手に侮らせる。
足運びを隠す。
重心移動を読ませない。
そして――」
袖口から、ほんの一瞬だけ
符の端が覗く。
「武装の隠匿」
小さく肩をすくめる。
「……でしたが」
軽く舌を出す。
「“会議室”の受付で、全部見抜かれました」
沈黙。
マイケルが低く笑う。
「さすが世界の裏側だな」
シャオユンが静かに言う。
「この飛行船そのものが結界だ。
符を隠す程度では通用すまい」
渡部は窓の外の“森”を見る。
鳥が、完璧な軌道で旋回している。
「歓迎されてるのか、
監視されてるのか」
その時。
部屋の中央、空間がわずかに歪む。
音もなく。
声がする。
「どちらでもありません」
老若男女が重なったような中性的な声。
「あなた方は、“観察対象”です」
応接室の温度が、ほんのわずか下がった。
渡部は、笑顔を保ったまま。
「それは光栄ですね」
指先が、わずかに震えている。
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重い扉が、音もなく開く。
もう二組、入室。
目隠しをされたまま、無言で案内される。
足音。
軍靴。
呼吸のリズム。
渡部は一瞬で読む。
(米軍、司令官とパイロット。
中国も同じ構成だな。歩幅が違う)
しばしの沈黙。
目隠しが外される。
その瞬間。
マイケルが椅子から半分立ち上がった。
「ジェームズ!!ジム!!」
オーバーアクションで両手を広げる。
「老けたなぁ!久しぶり、になるのか?ヨコスカ以来だな!」
室内の空気が一段冷える。
咳払い。
米軍司令官――ジェームス・ミラー。
「ウォーカー。ここは訓練場ではない」
その横の若い男が、わずかに敵意を向ける。
イライジャ・ヴォーン。
視線は鋭い。
マイケルに向けられている。
同時に。
人民解放軍側。
リン・シャオユンに向く視線。
司令官、リン・イェンショウ。
パイロット、ジョウ・ミン。
シャオユンが小さく呟く。
「兄さん……」
イェンショウは無表情。
「久しいな、シャオユン」
だが声にわずかな棘。
渡部が立ち上がる。
「皆様、本日はお忙しい中ありがとうございます」
穏やかな声。
「まずは自己紹介を、形式に則って進めさせていただきましょう」
視線が一巡する。
米軍。
司令官:ジェームス・ミラー
パイロット:イライジャ・ヴォーン
人民解放軍。
司令官:リン・イェンショウ
パイロット:ジョウ・ミン
日本。
特命大臣:渡部信也
外務省・特殊外交官:小鳥遊湊
同盟存在。
ザ・ナイン
マイケル・A・ウォーカー
リン・シャオユン
渡部は軽く頭を下げる。
「改めまして、渡部信也です。
本日は“過去の確執”よりも“未来の損益”を優先できればと考えております」
ジェームスが低く笑う。
「外交官らしいな」
渡部、微笑。
「孫に“かっこいいじいじ”と思われたい年頃でして」
一瞬の間。
イライジャが、ほんのわずかだけ口角を上げる。
リン・イェンショウが鼻で笑う。
「その歳で“年頃”とは」
渡部、肩を竦める。
「孫は理不尽です。
世界を守っても、通話を逃せば嫌われます」
ほんの1ミリ。
空気が柔らぐ。
その時。
進行役。
喉に包帯を巻いた白髪の男。
彫像のような存在感。
渡部が目礼。
「その節は。お怪我の加減は?」
包帯の奥から低い声。
「お気遣い、痛み入ります。進行に支障はございません」
横に立つブロンドの女性。
パンツスーツ。
視線は冷たい。
「では。“会議室”本日の議題です」
静寂。
「現在、地球上で“対邪神兵器”を“封印ではなくアップデート完了”している国家――」
視線が日本、米国、中国へ。
「日本、アメリカ、中国」
微かな圧。
「現在アップデート中の国家――
フランス、イギリス、オーストラリア、インド、ロシア、南アフリカ、ドイツ、ブラジル、」
「新型機建造でUAE、イスラエル」
「旧世代機のまま微調整での運用はN国、エジプトをはじめ多数」
空気が張り詰める。
「1999年に締結された同盟の更新。
及び、対深宇宙勢力に関する情報共有の再構築」
ジェームスが腕を組む。
「率直に言おう。
“兵器の主権”はどう扱う?」
リン・イェンショウ。
「中国は共有に反対はしない。
だが、制御コードまでは開示しない」
小鳥遊が小さくメモを取る。
マイケルが鼻で笑う。
「まだその話をするのか。
あれは“兵器”じゃない。“門”だ」
リン・シャオユン。
「門は、単独では立たぬ」
渡部、両手を軽く広げる。
「皆様。まず確認を」
穏やかに。
「1999年。我々は“勝った”わけではありません。
“凌いだ”だけです」
沈黙。
「アップデートとは、武装強化ではなく、
“再発を前提にする覚悟”の表明です」
ジョウ・ミンが初めて口を開く。
「つまり、次は来る、と?」
渡部、静かに。
「来ないと信じたい。
だが、次の世代に“想定外でした”とは言いたくない」
ジェームスが深く息を吐く。
「……それは同意する」
リン・イェンショウ。
「情報共有の範囲を段階的に定義するべきだ」
進行役女性が淡々と。
「本会議は“信頼の再設計”が目的です」
包帯の男が一言。
「そして、裏切りのコストの明確化」
その瞬間。
全員の視線が交差する。
軍人、外交官、超常存在。
誰も完全には信じていない。
だが。
誰も単独では戦えない。
渡部が椅子に深く座る。
(孫に電話する時間は、まだ遠いな)
しかし口元は、崩れない。
「では始めましょう。」
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応接室。
重い沈黙。
マイケルが椅子の背に体を預け、
わざとらしく両手を広げる。
「さて。疑いから始めるのはアメリカの伝統かい?」
ジェームス・ミラーは目を細める。
視線はマイケルから外さない。
「伝統ではない。任務だ。
君は二十七年、いやそれ以上の時間、戦場にいた。
その間に“すり替わっていない”保証は?」
空気が張る。
イライジャがわずかに前へ出る。
リン・シャオユンも静かに視線を上げる。
渡部が小さく咳払い。
「保証、という言葉は便利ですな。
政治家はよく使う。
しかし――」
わずかに笑う。
「邪神が“保証書付き”で現れるなら、
私はとっくに引退しておりますよ。」
小さな笑いが起きる。
緊張が、僅かに緩む。
マイケルが肩をすくめる。
「ジム。俺が邪神なら、
とっくにワシントンは焦土だ。
それでも疑うなら――」
立ち上がる。
「撃て。
心臓でも頭でも。
だがその後、君は説明できるか?
“本物”だった場合を。」
沈黙。
ジェームスは動かない。
数秒。
やがて視線を外す。
「……君は変わらないな。」
「日本で少し太ったくらいさ。」
小さな笑い。
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今度は中国側。
リン・イェンショウが低く言う。
「シャオユン。
国家はお前を育てた。
それを忘れたか。」
リン・シャオユンはまっすぐ兄を見る。
「忘れていない。
だから、ここにいる。」
「持ち逃げではないと?」
「持ち逃げなら、戻らない。
私は“外側”を見に行った。
敵の顔を見て、
まだ戦えると証明しに行った。」
ジョウ・ミンが拳を握る。
「人民の資産だぞ。」
渡部が穏やかに口を挟む。
「資産、ですか。
では確認ですが――
リン少佐は“物”ですかな?」
イェンショウがわずかに眉を動かす。
「……違う。」
「ならば、
人は契約を更新する存在です。
所有ではなく。」
渡部は続ける。
「本日ここにいる三国は、
対邪神兵器を“封印せず”更新した国家。
つまり、疑いながらも、
戦う覚悟を選んだ国家です。」
リン兄妹が目を合わせる。
長い間。
イェンショウが小さく息を吐く。
「……戻る気はあるか。」
「国が呼ぶなら、私は応える。
だが今は、ここで戦う。」
数秒。
「……ならば、記録上は“共同運用”とする。」
ジョウが目を見開く。
譲歩だ。
リン・シャオユンが、ゆっくり頭を下げる。
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彼はふと、スマホの待受を思い出す。
孫の笑顔。
(この子に説明できる未来でなければな)
進行役の女性が場をまとめる。
「では、更新条項の第一項。
“対邪神兵器の共同監査”を三国共同で実施。
異議は?」
ジェームス。
「条件付きで賛成。」
イェンショウ。
「同じく。」
渡部。
「日本、賛成。
――孫に胸を張れますから。」
一瞬の沈黙。
そしてマイケルが吹き出す。
「やれやれ。
世界の未来は、ジィジの見栄で守られるらしい。」
渡部は微笑む。
「ずっと帰国できてませんから。」
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