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003 林間学校 1

 とうとうやってきてしまった。陰キャが嫌いな学校行事、林間学校。


 気分重めで朝早くに登校すれば、こういう行事が大好きな陽キャ達がきゃっきゃうふふとお喋りに興じている。


 そんな集団から外れたところで、柊は眠たげに座り込む。


 シンプルに眠い。バスに乗ったら寝てしまいそうな程に眠い。原因は分かっている。調子に乗って夜遅くまでゲームをしていたせいだ。いつもより早いと分かっていたのに止め時を見失ってしまった。


「眠そうだね、若麻績」


 そんな柊の前に麗がしゃがみ込む。


 にこにこと、何が楽しいのか麗しい笑みを浮かべている。


 半分くらい閉じた目蓋。ほげーっと、半分くらい飛んでそうな意識の中、こくりと頷く。


「べらんめぇに眠い……」


「もうすぐでバスが来るからそれまで我慢しな。バスに乗ったら寝られるから」


「おう……」


 頷きながら、考える。


 いや、眠れるだろうか? はしゃぎまくった奴らの声で眠れない気がする。


 耳栓でも持って来れば良かったと少し後悔する。


 どうでもいい事を考える柊を余所に、麗は周囲を確認した後で声を潜めて柊に訊ねる。


「ねぇ、その後大丈夫かい?」


「……ぁにが?」


「久々利さんの事だよ」


「あー……うん……」


 あの日から、連日のアプローチ? が嘘のように静かになった。


 以前と変わらない付き合い方に戻り、柊もとても拍子抜けしたけれど、クラスメイト達も拍子抜けしたような反応を示していた。


 一応、麗の方からふざけてからかい過ぎたという説明という名の誤魔化しはしてくれたらしいけれど、そこは噂好きの年頃の少年少女達。いくら王子の言葉と言えども、少しは疑っていた。


 けれども、あれだけマウント合戦を繰り広げた両者はぴたりとそのアプローチじみたマウントを止めた。


 本当に、からかっただけと判断したクラスメイト達はそれ以上にこの件に首を突っ込むことは無かった。


 璃音もいつも通りの態度に戻った。いつも通り、静かで、あまり話に入ってこない璃音に。


 ただ、時折意味深な笑みを柊に向けてくるため、また何かしら良からぬ事でも企んでいるのかと勘ぐってしまう。


 実際はまだアプローチの方法を模索しているだけであり、意味深に微笑んでおく事で柊の思考を自分に向けているだけである。どんなことでも、柊が自分に思考を割いているというその事実が、璃音にはたまらなく嬉しいのだ。


 因みに、やましい事は考えている。ビンタ一発なら許してくれるだろうか、女装させて太腿に低温蠟燭(ろうそく)を垂らしても許してくれるだろうか、殴らないからちょっと刺激を与えたいと思っている。本当にまったく懲りていない。


「やだなぁ、王子。ウチの事疑うなんてぇ」


 どこから聞いていたのか、柊の隣に座り込む璃音。懲りない女の登場である。


 当然のように柊の隣に座り璃音に、麗はむっと眉を寄せる。


「そりゃあ、あんな酷い事してた相手を疑わない訳無いよね?」


「もー、ウチは若ちゃんの嫌がる事はしないよー? やだなー」


「白々しい事この上ない」


 ジトっと疑いの眼差しを向ける麗に、しかし、璃音は飄々とした態度を崩さない。


 柊は眠くて二人の話を聞いていないし、周囲の視線も気にならない。なんならもう八割以上意識が落ちかけている。


 二人がなんか話してるなー、くらいの覚醒率である。


「おーい、バスが来たぞー。集合ー」


 担任の宍倉が生徒を集める。


「バスくるって、若麻績」


「若ちゃーん、バスくるよー」


「ぉぅ……」


 小さい声で返事をしながらも動かない若麻績。もう夢の世界まで秒読みである。


「若麻績、ほら起きて。バス来るから」


「ほらー、起きろー若ちゃん」


 二人が呼びかけるも、まったく起きる様子が無い。


「どうした? 具合でも悪いのか?」


 心配して宍倉が三人の元へとやってくる。


 が、そんな宍倉に麗と璃音は呆れたように笑って応える。


「若麻績、寝ちゃってます」


「爆睡ですねー」


「あ、あぁ、そうか……」


 宍倉も微妙そうな顔をする。


 具合が悪いのかと思って心配して来てみれば、ただ睡魔に襲われているだけとあれば、それは呆れもするだろう。


「ほら、起きろ若麻績。寝るならバスで寝ろ。点呼とるまでは我慢しろ」


「ぁぃ……」


 半分眠りながら応え、柊は立ち上がる。


 声は小さく、覇気も無い。声はともかく、覇気はいつも無いけれど。


 眠たいのを我慢しながら、柊は並ぶ。


 クラスごとに点呼が始まり、教師達の林間学校に行く事の心構えなどなどを聞かされる。


 眠たげにしていると、隣の女子が心配そうに声をかけてくる。


「若麻績くん、大丈夫?」


 こしょこしょと、教師達にバレないように小さな声で訊ねてくるのは、クラスメイトの少女。


「うん、大丈夫……」


 半目になりながら、小さな声で答える。


「具合悪いの? わたし、薬持ってるよ」


「眠いだけだから、大丈夫」


「そお? 薬、欲しくなったら言ってね。酔い止めと、頭痛薬とか持ってるから」


「うん」


 顔も上げず、下を見ている柊。立ったまま寝られそうだなと思っていると、ようやっとバスに乗り込む。


 バスの荷台に荷物を詰め込んでから、バスに乗り込む。


 席順に特に指定は無い。適当に座る。


 さっさと眠りたいけれど、先に乗って反感を買いたくない。バスの一番後ろは陽キャ達の人気スポットなのだ。


 全員が乗るのを待ってから、柊は空いたところに座る算段だ。誰の隣になっても柊にとっては同じ事。


 そうして乗り込んで空いた席に座る、のだけれど……。


「すまないな、若麻績。お前は私の隣だ」


「はぁ……まぁ、なんでも……」


 空いているのは宍倉の隣だけだった。


 柊は荷物を上に置いて、宍倉の隣に座る。


 宍倉の気遣いか、窓側を空けてくれていた様子。


 柊は座ると、直ぐに目を閉じる。


 宍倉が何か言っているけれど、頭に入ってこない。


 今まで我慢をしていた分、夢の世界に旅立つのは早かった。





 高速道路に乗り、途中のサービスエリアに小休憩のために寄る。


 バスについているマイクで宍倉は生徒達にトイレに行きたい者、飲み物を買っておきたい者は行っておくようにと言う。


「若麻績、起きろ。トイレ休憩だ」


 宍倉は寝ている柊を起こそうとするけれど、柊はまったく目を覚ます気配が無い。


「先生、若麻績起きないんで…………」


 麗が覗き込みながら訊ね、途中で言葉を無くす。


 そして、羨ましそうな、怒っているような、そんな目をする。


 理由は単純で、問題は柊にある事も明白だった。


 爆睡している柊は、宍倉の肩を枕代わりにして眠っていたのだ。枕代わりと言っても、わざとそうしている訳では無い。車の揺れでそうなってしまっただけなのだ。決して、故意ではない。


 宍倉もお手洗いに行きたいのだけれど、柊が起きないと行こうにも行けない。


 頭をどかせば良いと思うのだけれど、どうにもそれが出来ない。例えるのであれば、膝の上で猫が寝ている時のような感覚だ。膝の上で猫が寝ていると、尿意をもよおしても行くに行けないのだ。


「わー、かっわいいー」


 麗の背後から覗いていた璃音は、麗の前に回り込んでからパシャリと写真を撮ってそのままバスを降りる。


「あ、こら久々利さん。勝手に写真撮らない! 消しなさい!」


 写真を撮った璃音を、麗は追いかける。前例があるだけに、柊の写真を撮らせるわけにはいかないのだ。


 助けてくれそうで助けてくれなかった麗に、宍倉は少しだけ残念そうにする。


「あら、若麻績くん、寝ちゃってるんですね」


 そんな時、飲み物を持ってバスに戻って来た女子生徒が宍倉に声をかける。


「ああ。肩を使われてしまっていてな……どうにも、起こすのも申し訳なくてな……」


 困ったように笑う宍倉。


「じゃあ、わたしが変わりますよ。先生は、わたしの席に座ってください。特にこの後に休憩とかも無いですよね?」


「あ、ああ……そう、だな? 代次(よつぎ)が良いならお願いしよう」


「はい、大丈夫ですよ」


 宍倉の言葉に代次(よつぎ)舞花(まいか)は笑顔で頷く。


 柊を起こさないように気を付けながら二人は席を変わる。


 本当であれば、柊の頭を反対側に寄りかからせれば良いのだけれど、それで起こしてしまってはかわいそうだと思ってしまう。


 舞花は柊の頭を自分の肩に乗せる。


 特に気にした様子も無く、舞花はスマホをいじる。


「あれ、ママ(・・)先生と席変わったの?」


 そんな舞花にクラスメイトの女子が声をかける。


「うん。若麻績くんが先生の肩借りて寝てたから、起こすのかわいそうだったから」


「へー。さすがママ、やっさしー!」


 にやっと笑いながら、女子は自分の席へと戻る。


 ママとは舞花の事であり、彼女の渾名でもある。


 その由来は、後々分かる事なのでここでは割愛する。


 因みに、舞花の肩を借りて寝ている柊を見て、戻って来た麗と璃音は心底微妙そうな表情をしてみせた。


 宍倉は年上であり、きっと恋愛対象から外れるから良いのだけれど、同級生の女子の肩を借りて寝ているとなるとそれは二人とも面白くない。


 ちょっぷでもして起こしてやろうかと思ったけれど、かわいそうという気持ちが勝ってしまって出来なかった。


 代わりに、舞花に許可を取って二人を写真に収めた。起きたらその写真を使ってからかってやろうと二人は決めた。もう、腹の底から決めた。なんたって、ムカつくから。


 そんな二人を見て、咲綾は笑い朱里は苦笑していた。


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