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002 鬼灯天真

 どぎつい金髪。両耳合わせて七個付いているピアス。一見すると恐ろしいけれど、整った顔立ちをしているので男女共に人気がある。少なくとも、中学三年のあの頃まではそうだった。


ラフな格好をした少年は、ぺったんぺったんと底の薄いサンダルを鳴らしながら柊の元へとやってくる。


 にこにこと嬉しそうに笑う幼馴染に、柊は戸惑いを隠せない。


「え、天ちゃんこそ、ここで何してるの?」


「俺はあっこのモールに用があってさ。買い物終わったとこ」


 ポケットに突っ込まれた腕にはビニール袋が下がっている。ビニール袋には本屋の店名が書かれている。


「で、柊は何やってんの? あ、もしかしてデートか?」


 からかうように天真は意地の悪い笑みを浮かべる。


「違うよ。クラスメイト。たまたま会ったんだ」


「へぇ、クラスメイト、ね」


 そこで、ようやく天真は朱里に視線を向ける。


 警戒するような、品定めするような、そんな視線。


 が、それも一瞬。人懐っこい笑みを浮かべて気安く言葉をかける。


「初めまして。俺は鬼灯天真。柊とは幼馴染なんだ」


「あ、初めまして。倉持朱里です」


 少しだけ照れたように頬を赤らめる朱里。クラスにはいないタイプのイケメンに照れているのだろう。


「どお、最近学校は」


 柊に視線を戻し、天真は柊の隣に座ると、まるで父親のような事を聞いてくる。


「別に、普通だよ、普通。可もなく不可もない」


「そーか? お前、結構巻き込まれ体質だからなー。また、なんか面倒ごとに巻き込まれてんじゃねぇの?」


 柔らかな言い方。けれど、その切り口は鋭い。


 柊はぎくりと心臓が脈打ち、巻き込んでしまった自覚のある朱里もまた、申し訳なさそうに苦笑を浮かべていた。


 ただ、柊は苦笑すら浮かべられない。


「なんかあれば言えよ? 俺の出来る範囲なら、どーにかすっからさ」


「あ、うん……でも、大丈夫。自分だけでも、なんとかなってるから」


 柊としては、出来れば天真に頼りたくはない。頼ってはいけない。


 緊張しながらそう答えれば、天真の笑みから少し力が抜ける。


「なら良かったよ。ま、お前ももう高校生だもんな! いやー、あんなにちっこかった柊がなぁ、もう高校生かー」


「いや親戚の小父さんか! 同い年だろうがよ」


「俺の方が誕生日早いから俺の方がお兄さんですー! ま、身長は相変わらずちっこいけどな」


「はぁ!? 伸びましたけど!」


「何センチよ?」


「……五ミリ……」


「誤差の範囲じゃねぇか」


「誤差じゃない! ちゃんと伸びてる証だから! そーいう天ちゃんは背ぇ伸びたの?!」


「三センチ伸びてたな。もう百七十五センチだ」


「…………」


 ぐうの音の出ない程の完敗である。柊は百六十センチなので、十五センチも天真の方が大きいという事になる。


「はっはっはっ! 大勝利ってやつだなー!」


 悔しそうにしてる柊を見て、天真は楽しそうに笑う。


「ん、どうしたの、倉持さん?」


 意外そうな顔をしている朱里を見て、天真は話しの水を向ける。


「あ、いや……意外だなって思って」


「意外?」


「うん。若麻績、学校とは全然違うから」


「そーなのか?」


「あー……まぁ……」


 学校とは違うと言われてから、目に見えて気まずそうな顔をする柊。


「……ふーん。ねぇ、倉持さん。学校での柊はどんな感じなの?」


「大人しい、かな? 今みたいにはしゃぐタイプでも無いし、私が話しかけても素っ気ないし」


「別にはしゃいでないし……」


「まぁでも、ちょっと納得した部分もあるかな」


「納得?」


「うん。若麻績、ピアス開けるように見えなかったからさ。鬼灯くんみたいな友達が居れば、開けてみようかなってなると思うしね。あ、悪い意味じゃないよ? 私もピアスしてるしさ。そーいうの、してないときはめっちゃ憧れ――」


「柊、ピアスしてんの?」


 朱里の言葉を遮って、天真は柊を見る。


 柊は天真の視線から逃れるように視線を逸らしながら、気まずそうに頷く。


「うん、まぁ……」


「俺が理由じゃないよな? 柊、なんかあった?」


 探るような視線と声。


 ただ、責め立てるような強さは無い。


「……なんにも無いよ。開けてみたくなっただけだからさ」


 柊は笑って誤魔化す。


 璃音の事は言えない。言ってしまえば、前と同じ事になってしまう可能性があるから。


 それに、この場には朱里も居る。璃音はそんな話を朱里に聞いて欲しくは無いだろう。


 あの件は柊の中でもう終わった事だ。それを蒸し返すつもりは無い。


「天ちゃんのピアスもおしゃれだし、俺も開けようかなって思っただけだよ。ほら、結構似合ってるだろ?」


 言って、耳を隠す髪をかき上げる。


「本当に何にもないって。天ちゃん心配し過ぎ」


「……なら、良いけどな」


 一応は納得したのか、天真はそれ以上追及してくる事は無かった。


「あ、じゃあこれやるよ。さっき買ったんだけど、柊がピアス開けたお祝い」


 言って、ポケットから小さな紙袋を取り出して、柊に渡す。


「おー、ありがとう!」


「じゃ、俺帰るわ。この後予定があっからさ。柊が元気そうで良かったよ。しばらくLIMEしか出来てなかったしな」


 笑いながら、乱暴に柊の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「いや子供扱い!」


「お兄さんだからなー」


 へらっと笑いながら、天真はひらひらと手を振って公園を後にした。


 ぼさぼさになった髪を手櫛で整えていると、少しだけ申し訳なさそうな顔をした朱里が柊を見る。


「ごめん、なんか変な事言った?」


「いや、大丈夫。天ちゃん、心配性なだけだから」


 納得した様子はあった。深く追求するつもりも無いだろう。だから、大丈夫だ。


 以前のような事にはならないはずだ。


 少しだけ思い詰めたような顔をする柊を見て、朱里はそれ以上何を言うでも無かった。


 触れられたくなさそうな雰囲気を出している柊に、朱里はあからさまに別の話題を振る。


「……ていうか、あんたなんでここにいんの?」


「え、今更……林間学校で必要なやつ買いに来たんだよ」


「そんなに荷物必要だっけ?」


「ジャージとか、歯ブラシとか、色々」


「それ、別にこっちのモールじゃなくても良くない?」


「学校に近いと、部活帰りとかの生徒が寄るだろ。知り合いとかそんなにいないけど、最近休日にやたら人に会うからさ。こっちに来たんだけど……」


 言って、柊は朱里の顔を見て溜息を吐く。


「こっちがはずれだった訳か……」


「ちょっと、人をはずれ扱いしないでよ。それに、溜息吐きたいのはこっちよ……ずっと隠してた秘密知られちゃったんだから……」


 はぁ、と二人揃って溜息を吐く。


「別に言わないけどな。そんなの広めても楽しく無いし」


 最近、知りたくも無いのに誰かの秘密ばかり知っているような気がする。本当に嫌だ。面倒臭い。


 麗だって面倒だったのに、璃音と続いて朱里の秘密まで知ってしまった。この様子だと咲綾も何か秘密を抱えていそうで怖い。


 しかし、秘密を抱えていない人間なんていないだろう。問題なのは、秘密とのエンカウント率だ。


 最近、人の秘密に触れ過ぎている。人の秘密なんて、知りたくも無いのに。


「あ、そうだ! あんたの秘密! ちゃんと教えなさいよ! 私だけ不公平でしょ!」


「やだよ」


「なんでよ! 良いじゃない秘密の一つや二つ!」


「人にべらべら喋りたくないから秘密なんだろ!」


 そもそも、朱里の秘密に見合う程度の秘密なんて、柊には一つしかない。けれど、その秘密も最早三人に知られてしまっている状態だ。内一人は首謀者だけれど。


 だが、このままでは朱里は引き下がってはくれないだろう。


 腕は朱里に捕まれ、秘密を話さなければ帰さないという気迫すら感じる。


 少し迷った末に、言い訳のように口を開く。


「……俺的には、天ちゃんと幼馴染だって事が秘密だった」


「は? なんでよ?」


「天ちゃん、地元じゃ有名だからさ」


 懐かしむように天真の帰った方を一度見てから、柊は語る。


「あの顔のだろ? 当然女子にはモテたし、サッカー部でもエースだったし、勉強も凄くできた。昔っから人気者で、俺の自慢の幼馴染。だから、天ちゃんの事を知られたくなかった」


「あー、まぁ、幼馴染が凄いと比べられたりするもんね。後は、(ひが)みとか? なんであんたが鬼灯くんと、とか」


「いや。僻みは無かったよ。だって、天ちゃん人当たり良かったから。比べたりも……全然無かった。天ちゃん、そういうの嫌いだって公言してたから」


「え、じゃあなんで?」


 一瞬、柊の目に影が差す。


 口をぱくぱくと動かす。けれど、声は無い。


「なんて? 口パクじゃ分かんないわよ」


 不満げに言う朱里に、柊は寂し気に笑って言う。


「こっからは有料。ま、大金詰まれても、話す気は無いけど」


 ここから先は、当事者以外には触れてほしくない秘密。


 ただ、鬼灯天真という人物はあまりにも有名で、彼の名前だけでも自分の過去が露呈する可能性が高い。


「この事、誰にも言うなよ?」


「分かったわよ。鬼灯くんの事も黙ってた方が良い?」


「そうしてくれると助かる。天ちゃんには、もう迷惑かけたくないし」


「? そ。じゃ、私の趣味も内緒ね。約束」


「ああ、約束する。話す相手もいないからな」


「だから、最近のあんたは話し相手居るでしょ? 王子だったりさ」


「勝手に話し相手にされてるだけだろ。あいつの前でスマホいじってると没収されるし……」


 未だに、お昼休みに朱里達三人は柊の席へとやってくる。璃音は普通に接してくるけれど、柊からの対応はぎこちない。


 麗はと言えば、璃音を警戒しているのか、女子達の相手をした後に必ず柊の元へとやってくるようになってしまった。


 その際、スマホをいじっていると問答無用で奪われるので、柊は即座にスマホを仕舞う。そんな柊を見て、麗は満足そうに微笑むのだから(たち)が悪い。


 麗からしたら、自分が来たからスマホを仕舞ってくれているように見えているが、柊からしたらただのスマホの防衛だ。そこの食い違いを、二人は分かっていない。


 もう一人で昼休みを過ごせない事に溜息を吐きながら、こんな日常に慣れてしまっている自分が恐ろしい。


「はーあ。林間学校かー。行きたくなーい!」


 柊の腕を離して、朱里はベンチに背中を預ける。その隙を、柊が逃すはずも無かった。


「それじゃあさようならまた学校でさらば」


 早口でまくしたて、逃げるようにベンチから立ち上がる。というか、逃走を計る。


「あ、待てこら! せっかくなんだから一緒に帰れば良いでしょうがー!」


「断る!」


「はぁ!? ちょ、待ちなさい!」


 逃げる柊を、朱里が追いかける。


 そんな二人の姿を、背後から天真が見つめる。


 帰ったように見せかけただけで、天真はずっと隠れて二人の話を聞いてた。


「……まーだ、負い目感じてんのか、あの馬鹿」


 呆れたように溜息を吐く天真。頭をがじがじとかきながら、公園を後にする。


「さて、どうしたもんかなー」


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