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001 秘密と友人

 自分の好きな事を好きと言えない事はあると思う。


 その趣味が、自分の好物が、好きな人が、他の人には否定の対象になる事はある。


 佐倉麗が可愛い物が好きだった事しかり、久々利璃音が柊の痛がる顔が好きだった事しかり、一部の人間には到底受け入れられない物である事は事実。


 麗の場合は、イメージが壊れるから。璃音の場合は、それが暴力だと自分で分かっているから。


 ともあれ、人に言えない趣味趣向がある事は事実。


 柊にはそんな物無いけれど、人によってはそれを人に言う事が嫌な事はあるだろう。


 例えば、そう、彼女のように。


「ぁ――――」


 柊の顔を見て、これでもかと顔を引き攣らせる少女。


 手に持つのは玩具の人形を持ち、肩にはキャラのプリントされたタオルを下げている。


 タオルと同じキャラがプリントされた帽子を被り、服にもでかでかとプリントされている。


「……倉持?」


「――ふぐっ!?」


 ここで、柊は自分の失態を覚る。


 気付かないふりをすれば良かったのだ。けれど、思わず声に出して答えを求めてしまった。


 柊のクラスメイトであり、璃音と咲綾の友人でもある少女――倉持朱里はわなわなと口を震わせた。


 手に持った玩具の人形が苦しそうに形を変えていた。



 〇 〇 〇



 事の発端は、林間学校の準備をしている時だった。


「……無い物が多い」


 林間学校は明後日に迫り、柊は重い腰を上げて準備を始めていた。


 が、問題が発生した。


 林間学校に持っていく歯ブラシやタオルなどが無いのだ。


 必要最低限――ゲームを持ってきては居るけれど、ゲームは必要不可欠――の物しか持ってこなかったので泊り用の物が何一つ無いのだ。


 林間学校では学校指定の体操服か、派手ではないジャージを持って行っていい事になっている。


 体操服を持って行ってもいいけれど、きっと少数だろう。悪目立ちするよりは、普通にジャージを着て行った方が良い。


 バイト代はまだ入っていないけれど、お金には少し余裕がある。必要な物を買い揃えよう。


 そう思い、お昼を過ぎたくらいだったので財布とスマホを持ってショッピングモールへと向かったのだ。


「待てよ?」


 近場のショッピングモールに向かおうとした脚を止める。


 きっと、柊のように二日前くらいに必要な物を買いに行こうと考える者は多いだろう。その中に、麗や璃音がいないとも限らない。それに、クラスメイト達と出会って気まずい思いをするのも嫌だ。


 何やら、最近の柊はエンカウント率が高いように思う。そして、大体面倒臭い方向に転がって行ってしまうのだ。


 少し遠いけれど、別のショッピングモールがある。そちらに行く事にしよう。


 そう決めて、柊は近場ではなく少し離れた位置にあるショッピングモールへと向かった。


 柊の思惑通り、ショッピングモールでは誰に会う訳でも無く、順調に買い物をする事が出来た。


 と言っても、店員に話しかけられたりして大分わたわたしてしまった。


 何を買いに来たのかと聞かれ、正直にジャージと答えてしまったのが良くなかった。


 あれやこれやと勧められ、半笑いになりながら店員が勧めるものを買ってしまった。


 紺色の有名スポーツメーカーのジャージ、と同名スポーツメーカーの別のジャージ。中々機能性が良いらしい。結構高かった。


 本とかも買って帰ろうと思っていたけれど、これ以上使うと給料日までもたなくなってしまうので、我慢する他無い。


 帰ろうと思い、ショッピングモールを後にする。


電車で来たので駅まで向かって歩いていると、ショッピングモールに併設されている広い公園が何やら騒がしい。


 その公園には小さめのステージがあり、そこで何やらショーをやっている様子。


 電車まではまだ時間がある。何がやっているのか興味があったので暇潰しに見に行く事にした。


 遠巻きに見てみると、日曜の朝にやっている特撮ヒーローが戦っていた。


 どうやら、ヒーローショーのようだ。


 ヒーローが敵の怪人と戦っているのを見て、子供が応援をしている。


 ぼーっと電車の時間までそれを遠巻きに眺める。


 子供の頃はこう言うのを見に来た事は無かった。両親と仲が悪かった訳でも無い。ただ、興味が無くて来る事は無かった。


 こういうところで楽しんでいる子供達が居る一方で、別の場所で自分は楽しんでいただけ。


 頑張れーと応援している子供達が微笑ましい。お父さんが恥ずかしそうに応援している姿も見える。


 なんとなくほっこりしたところで、ヒーローショーは幕を閉じた。


 ちょうど、電車の時間十分前。今から駅に歩いても帰りの電車に間に合う。


 座っていたベンチから立ち上がり、柊は駅へと向かおうとする。


「え?」


 そんな時、はっきりとそんな声が聞こえて来た。


 何の気なしに、柊は声の方を見た。これがいけなかった。見なければ良かったと、後で心底後悔する事になる。


 そこに立っていたのは、先程のヒーローショーのキャラクターがプリントされたタオルや帽子、シャツを身に纏った少女だった。


 どこか、見覚えのある顔。


「ぁ――――」


 声を発っし、向こうは柊を若麻績柊だと認識した様子。


 そこで、柊も向こうが誰なのかを理解する。


「……倉持?」


「――ふぐっ!?」


 柊が名前を呼べば倉持朱里は声を上げて身体を跳ねさせる。


 なぜ彼女がこの場に居るのかは分からないし、その理由にもさして興味はない……けれど、彼女の恰好を見れば何が目的なのかは聞かずとも知れた事である。


 あっちこっちに視線を泳がせる朱里に対し、柊はこう言い放つ。


「人違いでした……」


 柊は見なかった事にしてその場を離脱する事に決めた。


「ま、待て! 待て待て待て!」


 が、離脱失敗。柊は腕を掴まれそのまま引きずられる。


「離せ! 大丈夫だ! 見なかった事にするから!」


「信じられない! ちょっとこっち来て話そうか! ね?!」


「嫌だ! 帰らせてくれ!」


「ちょーっと話するだけだから! ね?! 良い!?」


 抵抗するも、なすすべなく柊は連行された。


 連行されたのは多機能トイレ。


「後ろ向いてて。着替えるから」


「じゃあ出ていくわ」


「出て言ったら大きな声出すから」


「ぐっ……」


 何としても抵抗するべきだった。しかし、火事場の馬鹿力とでも言うべきか、朱里の力は強かった。柊が非力とも言えるのだけれど、そんなのは認めない。男の子だもの。


 衣擦れの音が聞こえ、どうにも落ち着かない。


 やがて着替え終わったのか「もういいよ」と声をかけられる。


 振り返れば、オシャレを好む女子らしい格好に着替えた朱里。表情を見やるに、柊の背後で着替えた事は何とも思っていない様子だ。


「ちょっと話せる?」


「安心しろ、誰にも言わない。だから俺を帰してくれ」


「ちょっと信用できないなー」


 言いながら、朱里は柊の手を取って強引に引っ張っていく。


 そして、公園のベンチに座ると神妙な面持ちで柊に言う。


「……見たよね?」


「ずっと後ろ見てたから見てない」


「着替えの事じゃないのは分かってるでしょ? 私がヒーローショー見てたの、見たでしょ?」


「いや、さっき初めて気付いたからヒーローショーを見てたのは知らない。まぁ、服装で予想は出来るけども……」


 柊が正直に言えば、朱里は深く深く溜息を吐く。


「…………皆に内緒にしてたのに……」


 最近そんな話ばっかりだなと思わず嫌になる。


 麗しかり、璃音しかり。


「まぁ、別に言う相手いないし……気にしなければ良いんじゃないか?」


「いや、最近のあんた妙に色んな人と仲良いじゃん? 王子もそうだし、咲綾とか都賀達とかさ」


「仲良いからってなんでもべらべら話すもんか。というか、別に仲良くない。ふつーだよ、ふつー」


 そう言うと麗や璃音には怒られるだろうけれど、普通のクラスメイトの関係だ……と、言い張る。本人も、もはや普通ではない事も分かってる。


「ま、若麻績は全然喋んないしね。はぁー、良かった。見られたのが若麻績で」


 柊の言葉を信用してくれたのか、朱里は安堵の溜息を吐く。


「いや、見られない方が良かったんだけど……不幸中の幸いってとこねー」


 言いながら、朱里はスマホに付けているキャラクターのストラップをいじる。


 丁寧には扱っているのだろうけれど、随分と年季の入ったストラップだった。紐の部分も外側のナイロンが劣化して剥がれ、ワイヤーがむき出しになっている状態だ。


 そうなってまで付けているという事は、余程大切なのだろう。


「きっかけはさ、弟がくれたこのストラップなんだ。これ可愛いからねーちゃんにあげるって言ってさ。そっから弟と見始めて、すっかりはまっちゃってさ」


 笑いながら、朱里は色褪せない思い出を語る。


「このキャラ、その時弟がはまってたシリーズのマスコットキャラクターでさ。見た目も可愛いから、ずーっと付けてるんだ。これなら、なんで付けてんのって言われても、見た目可愛いし弟から貰ったやつだからーって言い訳もできるしね。ま、代わりにブラコンって言われちゃうんだけ――何してんの?」


「え、帰りの電車の時間調べてる」


 もうとっくに帰りの電車には間に合わない。仕方ないので、話を聞きながら次の電車の時間を調べていた。


 恥ずかしそうに笑っていた朱里の顔からすっと表情が抜け落ちる。


 そして、胸倉を掴むと睨みつけるようにして柊の顔を近付ける。


「殴っても文句言われないよね、これ」


「い、いや、言うんじゃないかな……殴られたら、痛いし……」


「だよね。じゃあ、殴られたくなかったらちゃんと聞きなさい。良い?」


「うぃっす……」


 柊が頷くと、朱里は掴んでいた胸倉を離す。


「まったく。人が相談してるのに」


「え、相談だったの?」


「そーよ! こういう話出来る人いないし、ぶっちゃけ、誰かに相談したかったし……」


「じゃあ、別に俺じゃなくても……」


「相談するにはこの趣味話さなくちゃいけないでしょ! 話した時点でドン引かれるに決まってるっての……女の子でヒーロー好きなんて……」


「はあ……」


 別段、おかしい事では無いように思える。


 特撮ヒーローは大人も子供もはまるような作品だ。イケメンが多いし、ストーリーも凝った話の物が多いため、大人も見ていて楽しめる作品なのだ。かくいう柊も、作品だけは見ている物が多い。


 しかし、それはオタクからしたらの話だ。隣に座る少女はオタクだけれど、咲綾と璃音は違う。極一般的とされる少女だ。


 価値観が違って当たり前。それが人間だ。


 隣を歩く誰かが、すれ違う誰かが皆同じではない。


 そりゃあ、相談できないだろう。


「不公平だわ……」


「え、何が?」


「あんただけ私の秘密を知ってる事よ」


「え」


「あんたも、私に秘密教えなさいよ」


 ずずいっと顔を近付けて秘密の開示を強要してくる朱里。


「あるでしょ、人には言えない秘密の一つや二つ!」


「いや、あるけど……」


 それは、もう誰にも言わないと誓った柊の過去(秘密)だ。誰かに言うなんてしたくない。


「んぁー……っとー……」


 どうにか、別の事をと思い色々考えを巡らせる。


 朱里は酷い物言いだし、柊だって知りたくて知った訳では無い。けれど、こうなってしまっては朱里は治まりが付かないのだろう。


 どうにかしようと考えていた時、不意に声をかけらた。


「あ、やっぱり柊だ」


「え?」


「へ?」


 二人して驚きながら声の方を見やる。


 そこには、一人の少年が立っていた。


「よっ、何してんだ、こんなところで?」


 その少年は柊を見て微笑む。


「て、天ちゃん!?」


 少年の名前は鬼灯(ほおずき)天真(てんま)。柊の幼馴染であり、たった一人の友達であり、柊の過去を知る者だ。


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