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005 最悪の告白

 メイド喫茶で働いた翌日。柊はイヤホンを耳にはめ音楽を聴きながら学校へと向かう。


「くしゅっ! ……はぁ……怠い……」


 くしゃみ一つして、ずびっと鼻をすする。


 昨日、あの後毛布も何も掛けずにソファで眠ってしまった。朝起きたら少しだけ寒気がして、喉もいがいがとざらついた痛みがある。


 さっきみたいに頻繁にくしゃみも出れば、頭も少しだけぼーっとする。


 微熱があるのだろうけれど、休む程じゃない。出来るだけ出席日数は稼いでいたいので、微熱で休みたくはないのだ。


 一応厚着はしてきたけれど、それでも身体の芯が冷え込んでいるような寒気が体中を這うように蔓延している。


 学校に着くなり、柊は気だるげに机に突っ伏す。


 机に突っ伏していたからか、今日は誰も話しかけてくる事は無かった。今は誰と応対するのも面倒だったので、正直声をかけてこなかったのはありがたい限りだった。


 気だるげに朝のホームルームを終え、一時間目と二時間目の授業も乗り切った。


 けれど、今日は柊にとっての難関である授業があった。


 そう、体育である。柊はお世辞にもスポーツが出来るという訳では無い。人並みには出来るけれど、人並み以上には出来ない。可もなく不可もなく。嫌いでは無いけれど、出来れば動きたくない。


 具合が悪いのであれば、その思いもひとしおである。


 溜息交じりに柊は体操着に着替えてグラウンドに集まる。


 身体測定は終わり、もう既にちゃんとした授業に入っている。


 この学校は学期ごとに体育の内容が変わり、一学期がサッカーとバスケットボール。二学期が野球とバレーボール。三学期がテニスとバドミントンである。グラウンドと体育館に別れるようになっている。


 本当は体育館が良かったのだけれど、じゃんけんに負けてしまったのでグラウンドでサッカーになってしまったのだ。


 因みに、顔見知りで言えば麗と璃音がサッカーを取っている。璃音はじゃんけんに負けてしまい、麗はバスケットボールは突き指が怖いかららしい。しかし、サッカーは最低限行って、後は鉄棒を使って懸垂をしたり、グラウンドを自主的に走ったりと自由にしている。


 お喋りをしているよりは良いのか、体育教師は何も言わない。むしろ、好きにさせているような気もする。


 ともあれ、体育は結構緩い。怪我さえしなければ良いのか、お喋りをしている生徒には何も言わずに、体育教師はサッカーの審判をして生徒達と楽しそうに笑いあっている。


 柊はサボりだとは思われたくは無いので、一応教師には具合が悪いので座って見ている事を言っておいた。これで、授業中に堂々と休んでいられる。


 具合が悪いのも悪く無いなと思いながら、柊はベンチに背中を預けてぼーっと試合を眺めている。


 サッカーと言っても、コートの大きさはフットサル程度だ。流石に男女一緒にという訳にもいかないので、男女で別れている。そのため、コートが二面必要なので、必然的にコートサイズが限られてしまうのだ。


 男子は白熱しており、女子は適当にボールを蹴っている。


 麗は今日は珍しく試合に出ており、周りの女子と同じように緩くボールを蹴っている。たまに請われてリフティングをして女子達をきゃーきゃー言わせているのを見て、相変わらずだなぁと思う。


「さぼりー?」


 ぼけっと座る柊の横に、璃音が座る。


「それはそっちだろ」


「私は休憩。疲れちったよ」


「まだ十分も経ってないぞ」


「十分も耐えられる訳無いの」


「ああそう」


 別段、璃音がサボっていようがどうだって良い。問題は何故自分のところに来たのかというところだ。


 璃音は友達が少ない訳では無い。ちらりと周囲を見やれば、璃音達が良く話をしている女子達も同じように休んだりしている。


 そっちに行けば良いのにと思いながらも、柊はそれを言う元気も湧かないので黙って試合を見ている。


「……今日、元気無い?」


「風邪気味」


「そうなんだ」


「うん」


 それだけ会話をして、後は無言になる。


 柊も口数が多い方では無いし、今は具合が悪い。また、璃音もそんなに喋る方ではない。いつもの三人でいる時は、基本的には聞き役に徹している。何か気になる事があれば自分から言ったり、琴線に触れるものがあれば自分から話題を振ったりもするけれども。


 二人で、ぼーっと試合を眺める。


「あ、昨日のバイト、どうしたの?」


「あー……止めた」


「どうして?」


「別のところが良いなって」


「そう」


 嘘は吐いていない。別のところが良いなと思ったのは事実なのだから。


「どんな喫茶店だったの?」


「え、なんで?」


「バイト、私もしたいから」


「あー……賑やかなとこだったぞ。でも、人は良さ――ふがっ!?」


「若ちゃん!?」


 柊が喋っている最中、突如としてその顔面に衝撃が走った。


 何も警戒していなかった。そもそもぼーっとしていたしお喋りに気を取られていた。


「ごめーん!!」


 試合をしているコートから謝罪の声が届く。


 それだけで自分に何があったのかを覚る。運悪く、ボールが顔面に当たったのだ。


「ったぁ……!」


 痛みを覚える鼻に手を当てれば、生温かいものが手に付く。


 見やれば手にべっとりと血が付いていた。


「またかよ……!」


 また鼻血が出た事実に思わず苛立つ。


 短期間に二度も鼻血を出すし、二度もボールが顔面に直撃するなんて不幸以外の何ものでもないだろう。


 それに加えて、何処か明るい謝罪の言葉すらも腹立たしい。悪いと言っていてもこれっぽっちも悪いだなんて思っていないのだろう。


「大丈夫?」


「……ちょっと保健室行ってくる」


「一緒に行く」


「良いよ。一人で行けるから」


「良いから」


 璃音は柊の肩を支えながら歩く。


 特に体育教師に言葉もかけずに、二人は保健室に向かう。


「あら、どうしたの? って、また君? またボールでも当たっちゃったの?」


 保健室に着けば養護教諭が心配そうにしながら処置をする。


「サッカー頑張り過ぎちゃった?」


「運悪くボール当たっちゃったんです」


 養護教諭の質問に、柊ではなく璃音が答える。


「そうなの?」


「後、風邪気味みたいなんで少し休ませてあげてください」


「いや、良いって。鼻血止まったらすぐに行くから」


「でも顔赤いよ? 少し休んだ方が良いと思う」


「良いって。ちょっと風邪気味なだけだから。大袈裟なんだよ、お前」


「一応、一回熱測ってみよっか。それで決めましょ」


「大丈夫ですから」


「養護教諭として、風邪気味って聞いて黙ってられないわよ。自覚があるなら、ちゃんと熱は測りなさい。良いわね?」


「…………はい」


 養護教諭の言葉に、柊は不服そうに頷く。


 養護教諭から体温計を受け取り、脇に挟む。少し待ってからピピっと機械音が鳴り、取り出して数値を見やれば『37.2℃』と表示されていた。


「うん、普通に風邪。今日は帰ってお休みしなさい」


「はぁい……」


 不貞腐れたように柊は返事をする。


「ただ、辛いようだったら少し眠ってから帰っても良いからね。もし体調がずっと悪いようだったら、親御さんに迎えに来てもらうのも手だけど」


 紗月は今仕事をしている。両親もこの街から離れている。流石に、仕事中の紗月を呼び出すのは申し訳ない。


「……ちょっと眠ってから帰っても良いですか?」


「うん、分かったわ。それじゃあ、私は宍倉先生に言ってくるから。ベッド、勝手に使っていいからね」


「分かりました」


 養護教諭はそれだけ言うと、宍倉の元へと向かうために保健室を後にする。


 柊は少し頼りない足取りでベッドに向かい、その後ろを璃音が着いて行く。


「……お前はもう戻れよ」


「ううん、まだいる」


「いや戻れって……」


 言いながらも、柊はベッドに入り込む。


 鼻血の付いたティッシュをベッド脇のゴミ箱に捨てる。


 身体が怠く、気分も重い。柊は璃音に背を向けて寝転がる。


「……ねぇ、若ちゃん」


「何」


「こっち向いて」


「なんで……」


「良いから」


「いや、怠いんだけど……」


「良いから」


 静かな、けれど、何処か懇願するような声音。


 溜息を吐きながら、柊は起き上がりながら璃音の方を見る。


 直後、璃音は申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね、若ちゃん」


 璃音が謝った直後、柊の顔面に衝撃が走る。


「――っ!?」


 視界がちかちかと明滅する。


 何が起こったのかが分からずに困惑する。


「ぁ……っ」


 痛みを感じていると、鼻から何やら熱いものが流れ出る。それが鼻血である事に気付けば、自分が何をされたのかを覚る。


 殴られたのだ。璃音に。


 訳が分からない。自分は殴られるようなことをしたのだろうか? いや、璃音はごめんねと言った。つまり、柊は悪く無いはずだ。では、何故殴る? 何の意味があって柊を殴ったのだ?


「はぁ……っ」


 璃音は鼻血を流して、痛みに顔を顰める柊を見て頬を上気させる。


 どこか困惑したような、けれど、興奮したような様子で璃音は柊を見る。


「ごめんね、若ちゃん」


 もう一度、璃音は謝った。


 璃音は柊の服を掴むと困ったように笑う。


 また何かされるのかと思って、びくりと身を震わせる柊だったけれど、璃音が手に持っていたのはティッシュだった。


 璃音は手に持ったティッシュで柊の鼻血を丁寧に拭う。


「……お前は、何がしたいんだ……?」


 困惑しながら柊は璃音に訊ねる。


 普通に殴られた鼻は痛いし、普通に殴ってきた璃音は怖い。


 その心中が明け透けているのか、それとも、単純に殴ってしまった事が申し訳ないのか、璃音は申し訳なさそうな表情をする。


「…………好き、みたい……」


「………………はぁ?」


 聞き間違いだろうか。今確かに、璃音の口から好きと言われた。


 脈絡が無さ過ぎる。聞き間違いか、言い間違いだろう。


 そう決めつけた柊に、璃音はもう一度、今度ははっきりと言った。


「好きみたい。痛そうにしてる、若ちゃんが」


「……………………………………はぁ?」


 予想外の璃音の告白に、頭が真っ白になる。


 鼻血を拭う璃音の手が柊の鼻に伸びる。そして、鼻を摘まむ。


「いっつ……!!」


 殴られた直後の鼻は、少し摘ままれただけで痛みを訴える。


 痛みに顔を歪める柊を見て、璃音は興奮したように笑う。


「痛そうにしてる若ちゃんが、大好きみたいなんだ」


 もう一度、念を押すように、璃音は言った。


 柊の人生で一番聞きたくなかった告白ナンバーワンになった事は、言うまでも無いだろう。


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