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013 終わりは唐突に

 放課後にゲームセンターに寄ってから数日後の土曜日。


 剣道部の活動は午前中に終わり、家に帰ってお昼ご飯を食べてから柊の家へと向かおうと、リュックを背負って意気揚々と帰ろうとしたその時、部長に声をかけられる。


「王子、ちょっと良い?」


「なんでしょう?」


「明日からの合宿の事なんだけどね、合宿最終日に他校との交流試合があるじゃない?」


「はい」


「その交流試合の団体戦の先鋒(せんぽう)を王子に任せたいんだ」


「え、私にですか?」


「おうさ」


 軽く頷くけれど、嘘を言っている様子ではない。それに、こんなくだらない嘘を吐く程、部長は人が悪く無い。


「王子の実力なら申し分ないでしょ? これは顧問にも二、三年にも話は通してあるから、後は王子の心持次第なんだけど……やってくれる?」


 先鋒。団体戦で言えば、その後の試合の勢いを決めかねない役割。


 そんな大切な役割を、入りたての一年である自分に任せて良いのかと疑問に思う。けれど、この話は顧問も二、三年も納得してくれた事。であるならば、麗の返事は一つだ。


「分かりました。誠心誠意、頑張ります」


「うむ。その答えが聞きたかった」


 部長の目を見返して、しっかりと頷けば、部長は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「では、私はこれで」


「はいはーい。気を付けて帰るんだよー」


「はい。お疲れさまでした」


 丁寧にお辞儀をして、麗は部室を後にする。


 部室を後にした麗を見て、部室に残っていた女子生徒達はほうっと溜息をこぼす。


「やっぱ絵になるわぁ、王子……」


「なんか雰囲気が違うわよね……」


「王子の周囲の空間だけ煌めいてるわよね……」


 うっとりとした口調でそれぞれが麗について語る。


 そんな中、部長だけは思案顔を浮かべる。


「部長、どうしたの?」


「うーん……王子、ちょっとだけ変わったなぁって」


「もう一月経つ訳だし、少しは馴染んできてくれたってことじゃないの?」


「それもあると思うけど、ちょいと違う気がするんだよねぇ……」


 (おとがい)に手を当てて、部長はうんうん唸って考える。


「表情が柔らかくなったというか、よく笑うようになったというか……」


「それこそ、慣れてきたって事じゃないの? 部長だって最初はカチコチだったじゃん」


「私のこたぁいいのよ! うーん、けど……やっぱりそうなのかなぁ?」


「まあまあ。そういうのって嬉しい変化ってやつでしょ? なら、気にしなくても良いんじゃない?」


「ふむむ、それもそっか」


 確かに、これで態度があからさまに悪くなったと言うのであれば考え物だったけれど、麗の態度は悪くなる事は無く、むしろ丁寧過ぎるくらいだ。少し柔らかく対応するようになったのであれば、それは部員として歓迎するべきところだろう。


 麗の変化についての話を終えれば、話す事は女子高生特有の話題だ。


 それを盗み聞くのも、野暮というものだろう。



 〇 〇 〇



「へぇ、そりゃ凄い」


 勉強をしている最中、麗が団体戦の先鋒に選ばれたという事を聞き、素直に感心する柊。


「じゃあ、大会もお前が団体戦のレギュラーになるのか?」


「それは分からない。ただ、期待に応えられるようには頑張りたいと思う」


「そうか」


 まぁ、麗ならば大丈夫だろう。何せ、完全無欠の王子様な訳だし。


 意気込む麗を見ても不安に思わない。肩の力を抜けだとか、力み過ぎるなだとか、そんな言葉は一切出てこない。


 やる気は十分。それが活力になっても、空回りする事は無いだろうと、根拠も無く漠然と思う。


「……あ、そうだ」


 麗が柊の部屋に来てから早二時間。


 麗はいつも通り可愛い服を身に纏い、柊の隣で一緒に勉強をしている。


 相変わらずそんな光景に違和感を覚えるけれど、麗がメークをするようになってからはそれに麗の恰好に違和感は覚えなくなった。ただ、麗が自分の部屋にいると言う事実に違和感を覚えるのだ。


 来て早々勉強が始まって、良い頃合いだからと休憩に入ったタイミングで麗の団体戦の先鋒に選ばれたという話を聞いた。


 勉強から一時的に解放されたからか、ゲームセンターで取ったしろうーとくろうーのぬいぐるみの事を思い出した。


 立ち上がりクローゼットを開け、ビニール袋に入ったぬいぐるみを取り出す。


「これ、取っといた」


「え?」


 柊の言葉に、麗はなんのことだろうと頭に疑問符を浮かべる。


 ひとまず柊からビニール袋を受け取って中を確認すれば、麗は驚愕に目を見開く。


「え、こ、これって!」


「しろうーとくろうー、だっけか? お前、これが欲しくて俺を誘ったんだろ?」


「え?」


「え?」


 なんの話? とばかりの反応をする麗に、思わず柊も同じように返してしまう。


「これが欲しかったから俺を呼んだんじゃ無かったのか?」


 自分がクレーンゲームをやっているところを見られる訳にはいかないから、柊を呼んで取ってもらった。まぁ、自分では取れないと思ったからという理由もあるだろうけれど、大きく変わりはないはずだ。


 しかし、柊の予想とは反して、麗はただ驚いたような顔をしているだけだ。


「いや、これはたまたま目に入って……欲しいとは思ったけれど……」


「はぁ? じゃあ俺を呼んだのって本当にあの河童のぬいぐるみ取らせるためだけだったのか?」


「いや……そうだけど……」


 麗の答えを聞いて、柊ははぁと深く溜息を吐く。


 あの場で欲しいとは思ったけれど、そのために柊を呼んだわけでは無く、普通に河童のぬいぐるみが欲しいと思った女子のお願いを叶えるために柊を呼んだ。


 つまり、柊は勘違いをしていたという訳だ。というか、深読みをし過ぎたのだ。


「なんだそれ……完全に早とちりだった訳か……」


 この二体のぬいぐるみを取らなければお金を減らす事も無ければ、女子三人に(たか)られる事も無かったのだ。お陰で柊のお財布はすっからかんだ。


 項垂れる柊を見て、麗は慌てた様子で言う。


「そ、そうかもしれないが、私はとても嬉しい! 欲しいと思っていたし、あの日は楽しかったけど、この子達を取れなかった事がちょっと心残りだったから……」


 二つのぬいぐるみを袋から出して、麗はきゅっと優しく抱きしめる。


 嬉しそうに小さく笑みを浮かべている麗を見て、柊は何故だか顔が熱くなってしまうのを自覚して、直ぐに視線を逸らす。


「なぁ、この子達、持ち帰っても良いか?」


「え、良いけど……お前は大丈夫なのか?」


「一つや二つくらい大丈夫だろう。上手く隠すさ」


「なら、良いけど……」


 そこまで聞いて、麗の言葉に違和感を覚える。


 上手く隠す。


 その言葉が疑問になる。違和感を深く掘り下げようとしたその時、柊の思考を邪魔するように麗が言う。


「そうだ。君は楽しかったか?」


「あ、ああ……まぁ、悪く無かった、かな……」


 久しぶりにゲームセンターに行ったけれど、クレーンゲームは中々に楽しかった。お金は取られたけれど、上手くできた時には達成感があった。まぁ、結果的に得る物は一つも無かった訳だけれど。


 それでも、たまに誘われて行くくらいならば、良いかなとは思った。


「……」


 いや、誘われて行くくらいならってなんだ。次なんて無いだろ。


 今はまだ四月だ。麗の交友関係だってそこまで広い訳じゃない。だから柊を頼っただけで、柊よりも適任が見つかればそっちを頼るに決まってる。


 今回が最初で最後。次なんて、無いだろうに。


 しかし、吐いた言葉は飲み込めない。


 麗は柊の言葉を聞いて、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「そうか」


「――っ」


 その笑みが眩しくて、柊は麗から目を逸らす。


「じゃあ、次は男子も誘おう。何度か行けば、友達だってきっと出来るさ」


「は?」


 思いがけない麗の言葉に、柊は素っ頓狂な声を上げてしまう。


 友達だってきっと出来るさ。


 その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。


 けれど、その言葉の意味を理解してしまえば、何故麗が柊を誘ったのかに合点が行く。


 つまりだ。麗は柊に友達を作ろうとしたのだ。


 それが分かった途端、どうしようもないほどの怒りが柊の中からこみあげてきた。


「じゃあ何か? お前は、俺の友達を作るために、俺を誘ったって、そう言う事か?」


「ああ。高校生活は三年間もあるんだ。君は一人の方が気が楽なのかもしれないけど、友達がいれば楽――」


「何様のつもりだよ」


「え?」


 思いがけず放たれた柊の苛立った声音。


「俺は別に友達なんて欲しくない。俺が一人でいるのは、それが俺の正解だからだ。友達なんていらないし、必要無い。上から目線で勝手にお前の正解を押し付けんなよ」


 今まで否定的な言葉を柊は言ったりはしていた。けれど、ここまで攻撃的な言葉を使ってはこなかった。


 それに、麗に陰口を言ったり、聞こえるか聞こえないかの位置で悪口を言ってくる者もいたけれど、真正面から言われる事は今まで無かった。だから、思わず何も言えずに固まってしまう。


 何も言えない麗に対して、柊は静かに立ち上がる。


「……悪い。今日はもう帰ってくれ」


 言って、柊は部屋を出る。


 着替えてさっさと帰ってくれ。言われなくとも、そんな柊の意思を読み取る事は出来た。


 柊が友達という存在に何かしらの確執を抱いている事は知っていた。


 けれど、こんなに否定的なものだとは思っていなかった。


「踏み込み過ぎたかな……」


 成り行きとはいえ、柊は麗を助けてくれた。だから、その恩返しをしたかったのだ。


 友達が居ないという事は聞いていた。まだ入学して一ヶ月も経っていないので、友達を作るのも難しいのだと思っていた。


 引っ込み思案だからこそ、一人の方が楽だと思っていると、そう思っていた。


『俺が一人でいるのは、それが俺の正解だからだ』


 楽、どころの話では無い。柊にとって、友達を作らない事が正解なのだ。


 なんでもできるとは思っていない。けれど、出来る事は多いと思っていた。だから、自分の出来る範囲で、柊の力になりたかった。


 まだ一月も経っていない。それに、二人が共有する時間はあまりにも少ない。


 放課後の数時間と、休日の数時間。たった、その程度の時間なのだ。


 分かった気になるには、いささか早すぎた。





 二人はしこりを残したままその日を終えた。


 麗は翌日から合宿だ。しばらくは会う事は無いだろう。その間に、少し頭を冷やそうと、柊はそう思っていた。


 けれど、まともに話す事が出来なくなった。


 ゴールデンウィークの最終日、麗は家に来て言った。


「迷惑かけて、ごめん。荷物、全部持ち帰る」


 悲痛な面持ちで麗は言う。その顔に、言葉に、柊は何も言えなかった。


「もう……ここには来ないから」


 それだけ言って、荷物を全部抱えて麗は帰って行った。


 麗から連絡が来る事も、麗が家に来る事も無くなった。


 柊はまた、一人に戻った。


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