閑話「愚者の章・前」
前回予告したように閑話です。前後編にわかれるので注意です。
それと私生活が忙しいので更新の方が19~20時の間になりそうです。なるべく19時にあげるようにしますが、そこの所よろしくお願いします。
かんわ――ぐしゃのしょう・ぜん
誰だって思い描いたのだろう。
だから僕が悪いって訳じゃない。
“特別”な何かになりたい。“特別”を持っていたいと思ったとしても。
それは罪じゃない。咎となり得ない。
神は、僕にそれを許した。
今日もなんてことのない平凡な日だったと日神陽は嘆息した。日神陽は普通の中学生である。年は十四歳。来年には高校受験を考えなければいけないのか、それとも今から?と悩めるお年頃だ。
十四歳である彼は、何か非日常的な事が起きないかと日々期待をしている。例えば、宇宙から宇宙人が来て、とか超能力が使えるようになってとかふわふわと妄想に浸る事も少なくない。
だからこそ、足元に出来たその黒い穴に彼は気づかなかった。気づいた時には真っ逆さま。重力の法則に従い落ちるのみである。
「ぎゃあああああああ!!」
間抜けにも彼が口に出来たのは悲鳴のみであり、それを聞いた者は残念ながらこの近辺にはいなかった。
日神陽の視界が黒に染まる。ああ、これは思い抱いていた非日常が自分に訪れたのだと彼は言いしれない思いを噛みしめた。
黒髪が風にたなびく。落下していく感覚のまま、日神陽は意識を手放した。
次に目を開けた時に見えたのは一転して白一色の世界だった。
「やあやあ。ご機嫌如何かな?少年」
日神陽にかけられた愉悦の含まれた声は鈴のような可憐な少女の声だった。但し、そこには老成された落ち着きがあり可憐さとはちぐはぐな印象を抱かせる。
日神陽は抱いた疑問のまま声の方向を見やる。
そこに居たのは並外れた美貌の少女だった。銀色の髪と銀とも金ともつかない不思議な輝きの瞳。可憐な印象の儚い顔立ち、透き通るような白い肌の華奢な肢体はすらりと伸びやかで美しい。ふわふわと長い銀色の髪が少女の膝まで太ももまでのび、身に纏う白いワンピースも相まって天使のような美貌だった。
日神陽はぼんやりと少女の美貌に見入る。人外染みた圧倒的な美は少年の心を惚けさせるのには十分だった。
「おや、少年。私の顔がそんなにお気に召したかな?」
「いッ!? いえ!! そ、そんな」
「はは、そんなに怯えなくても取って食いやしないさ」
にっと勝気な笑みを浮かべる少女に日神陽は更に慌てる。日神陽にとって儚い美貌と勝気な表情のギャップは恐ろしいものがあった。
「少年、いやヒカミよ。そなたはこれからこの世界より外に出てもらう。そなたは選ばれたのだ。故にこの女神である私がそなたの元に参ったのだ」
「え?! ななんで僕?というか女神!?」
「ん?そうか、名乗っていなかったか。すまんすまん。私はそなたが今から行く事になる世界の管理者、まあその世界の創造神たる者だ。まぁ名前とか細かい事は気にするな。私の事は女神とでも呼べ」
そこで言葉を切り、少女――女神は日神を銀とも金ともつかない不思議な瞳で真っ直ぐ見る。その瞳の美しさに日神陽は固まる。
「そして私が直々にそなたの前に来た訳だが。まぁ大昔の盟約の為だな。懐かしい」
「めいやく?」
「そうさ、ヒカミ。数千年前、どうしようもない状況に陥った愛しく愚かな我が世界の民に懇願されて結んだ盟約さ」
「数千年前……」
女神の口から語られる壮大な話は日神陽の心を飲み込んだ。彼はこれだ、この非日常こそ自分が望んだことなのだと呆然としながら受け入れた。
「勇者を連れてくる約束さ。もっとも今回はそう大義ある理由じゃあなさそうだがな」
「え?」
「まぁこればかりは、な。私は“勇者召喚”がなされた時に連れてくるくらいしか出来ないから」
「どういう事ですか」
「こちらも色々と事情があるのさ。まぁいいじゃあないか。お前は望んでいたのだろう?」
「!?」
驚く日神陽に女神はにやりと嗤う。
「この瞬間を。選ばれたかったのだろう?さぁお前は何を望む」
美しき女神に差し伸ばされた手を日神陽は自然と掴む。
「じゃあ、ください」
少年の口からこぼれた願いに女神は微笑む。慈愛の笑みを浮かべた彼女は美しく、少年の心を甘い期待に溢れさせるには充分だった。
異世界にやってきた日神は目の前のテンプレというべき光景に苦笑した。ずらっと並んだ術師たち、自分の足元にうすぼんやりと光る魔法陣。秘密裏に行われたのか、薄暗い狭い部屋のようだった。まるで地下室のようなそんな印象を受けた。
「おお、勇者様!よくぞ“こちら”へといらっしゃいました。我ら一同、歓迎いたしますぞ」
これまたテンプレ的台詞に日神は笑いそうになりながらも、頷いた。
「ええ。貴方がたの危機の為、女神さまに代わり尽力しましょう」
勇者の言葉にその場に居た者達が湧きたつ。
「流石勇者様。ささ、まずは陛下にご挨拶を」
「その後は我らから説明をさせて頂きます」
代わる代わる術師達が言葉を投げかける。それに日神は頷きながらも愛想よく笑みを浮かべていた。
全ては女神さまの言ったとおりになった、と。
それから二、三週間経ってからの事。日神は自分の“能力”の都合上、研究職の方が貢献できるとこの国の皇帝陛下に進言し、それ相応の立場に収まっていた。
――クレリア魔導研究所。この世界において最先端技術をいくという、屈指の場所だった。日神は現在、そこの研究員として働いている。勇者、の触れ込みのせいかあまり人が寄ってこないのが悩みだ。
それと、そこの所長に未だに会えていないのも少し気がかりだった。働き始めてまだ一週間なのでそんなに気にするほどでもないか、と日神は自分を納得させている。
「やあ、君がヒカミかい?」
飄々とした、男性の声が日神にかけられる。反射的に日神がそちらをみやると、そこには白いコートを羽織った貴族然とした男がいた。身に纏う衣服の上質さは勿論のこと、仕草や足運びまで優雅だ。明るい茶色の髪と新緑の瞳、右目にかかるモノクルが彼の知性を現すように似合っていた。年のころは恐らく二十代後半か、大人の落ち着きが仕草の中に見えた。
日神が値踏みするような視線を向けていたからか、白いコートの男性は肩を竦めた。
「申し訳ないね、少し不躾過ぎましたか。こちらの方から名乗るとしましょう」
男性は優雅に一礼をする。
「私の名前はハーデス。ハーデス・V・バートルトン。このクレリア帝国の公爵家当主にしてクレリア魔導研究所所長。要するにまぁ、偉い人ですねぇ」
男性改め、ハーデスはシニカルな笑みを浮かべ、茶目っ気たっぷりに日神にウインクしてみせた。
「は?はぁああああ?!」
「おや、良い叫び声ですね。流石は勇者さん」
いやいや、それ関係ねぇから。日神の渾身のツッコミは彼自身の悲鳴に飲み込まれた。
日神とハーデスは年の差があったが、意外と意気投合した。最も、それはハーデスの変態的ともいえる研究話に日神が平然とついていけたのが大きいのだが。
日神と知り合って一カ月。ハーデスは日神に構うのが頻繁なのが日常と化した頃。
「ヒカミッ!! 朗報ですよ!」
「ハーデス、落ち着いて」
「落ち着いていられませんよ。ついに貴方の研究に耐えうる“適合者”が見つかったのです!」
「なんだって?」
日神はハーデスの言葉に胸が高鳴るのを感じた。
ついに。
日神とハーデスは同じ研究をする仲である。最もそれは冒涜的であり、本来ならば禁忌と然るべき、おぞましいモノ。だからこそ、成果は絶大なものとなる。日神は確信していた。
何故なら。彼には神の許しがある。日神はそれを妄信していた。
ハーデスに連れられ、日神は研究所地下に来ていた。研究所地下、それは秘密裏に進める研究の為の研究所の闇というべき場所だ。この地下について知っているのはそれこそ所長のハーデスと彼に認められた日神くらいなものである。
地下房、と呼ばれる牢屋が立ち並ぶ一角にハーデスは案内した。ここは研究の為の被験者たちが囚われる場所だ。その一室の前でハーデスが立ち止る。
「ここですよ、ヒカミ。さぁ」
牢屋の扉を開け、入るように促すハーデス。日神はそれに素直に従う。
日神は目の前の光景を食い入るように見つめる。
「ふふ、お気に召しましたか?まるで“天使”のようでしょう?」
ハーデスの得意げな言葉を日神は聞き流す。
年は恐らく五、六歳。そこに居たのは銀色の天使だった。いや、その背に翼がないので違うのは分かる。それ程、容姿が整っていた。銀の癖のない真っ直ぐな髪、銀色の大きな瞳。白いまろい頬に、小さな唇。縋るようにこちらを一心に見つめてくる小動物のような幼子がそこで震えていた。見れば身に纏っている衣服は最上級品で、この子がただ者じゃない事を日神は知る。
「この子は?」
「これは“大天使の系譜”の者ですよ」
「……へぇ」
つまり、誘拐してきたんだね。日神は冷静に受け止める。かつてこの世界に大天使が降り立ち、ただの人間の娘に恋をしたという。その禁断の恋の末、二人の子孫が現代まで受け継がれた。建国までされて。それが、目の前の子供という訳だ。
「それならこの子は一国の皇子と訳ですか」
「その通り。正解です、流石ですね。ヒカミ」
「馬鹿ですか」
この人ぶっ飛んでいるなぁ、と日神は嘆息する。それでも、返そうと思えないのだから自分も大概だ。日神は自嘲するように笑みを浮かべる。
「それでは、つくりましょうか」
日神は自分がどんな顔を浮かべているのか、分からない。それでも目の前の子供が怯えてしまうくらいなのだろうなぁ、と他人事のように思った。
「最強の生物を」
お察しの通り、今回は勇者、日神陽さんにスポットを当てていきます。彼の過ちを、愚かさを見て下さい。




