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王と王妃と側妾  作者: 氷雨
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 当代の彩栄王の宰相である男は、王と王妃がにらみあう、ある種異様な光景を目の当たりにし、望んだわけではないが、立ち会うことになった。

 だがそれも致し方ない。ここは彩栄王の、執務室なのだから。



「では陛下は、あの娘の態度をあらためさせるおつもりはない、ということですね」



 彩栄王の王妃、賢妃と名高い王妃は冷たく夫に吐き捨てる。

 あの娘、とは近頃王の寵愛を受けている、舞姫あがりの側妾のことだろう。

 華はあるが、品や教養の感じられない美貌の舞姫は、王の寵愛をかさに、周囲と絶えずいさかいを起こしており、衣装や装飾品の類いも王にねだっては次々と新しいものをつくらせている。

 平民の、舞姫あがりの女としては得られぬ栄華を享受していた。

 それだけならば、王も何時しか飽き、捨て去られるであろう存在だったが、側妾は懐妊したのだ。

 それまで、王の子は王の異母妹よりしか誕生しておらず、その異母妹も正妃ではなく側妾で、庶子はいるものの、王妃の腹より誕生した嫡子はいない。王の異母妹とはいえ、同じ側妾でしかない。ましてや王妃に子がおらぬのならば、次代の王に、と側妾は意気込み、子を懐妊したことにより更に傲慢になった。

 王妃が幾度も注意したものの、態度を改めず王妃は手をやいていた。

 その王妃の、堪忍袋の緒を切ったのは王の異母妹、朔夜と三人の子らに対する無礼な態度に、だった。

 王は、王妃の問いには答えず、むっつりと黙り混み、王妃はわかりました、とやけにきっぱりと語調をあらげる。

 当事者ではないが、成り行きを固唾を飲んで見守っていた宰相は王妃の発した言葉に椅子から立ち上がりかけた。



「朔夜と満月の体調が優れませぬ。王医の話では気候の暖かい、南の温泉地での療養がよいとのこと。朔夜と満月だけを行かせるのは心配ですので、私と皓夜と百合も同行いたします。よろしいですね、陛下」



「そ、そのような報告は受けておらんぞ。何故揃って療養に出る必要がある」



「ご不審に思われるのでしたら、王医を召されませ。では陛下、ごきげんよう」



 王妃は完璧な礼をし、足早に夫の前から姿を消す。

 王妃ばかりか、異母妹、そして庶子の三人の子らまで、王宮を出て、療養に出掛けるという事実に、彩栄王はしばし呆然と王妃の背を見送った。

 直ぐにでもおいかけたほうがよいのでは、と宰相は相手が王でなければ助言をしていただろう。だが、宰相は王の性格を熟知していた。

 イライラと不機嫌に王は、宰相や文官らの粗を探し怒鳴り付ける。

 その王のもとに、執務中にも関わらず来客があった。

 誰だたと王の問いに従者が王の末の娘の訪れを告げた。

 小さな足を動かし、手を揃え挨拶をした満月はごきげんよう、父王様、と可愛らしく微笑む。

 王は満月を手招き、近寄ってきた満月を膝に抱き上げた。

 王の異母妹に生き写しの満月は、母譲りの艶やかな黒髪を肩で切り揃え、侍女の手によってか、髪の両側の一房を編み込んでいる。淡い黄の飾り紐もよく映えていた。

 満月の身に付けているドレスは、質も品も一級品の代物だ。

 王が、良いものを身に付けていればたとえ庶子だろうと誰も侮りはせぬ、むしろ朔夜に似て容姿が凡庸なのだから、身に付けるものすべては一級品にしろ、と異母妹と子供らにも皆、王妃には劣るが、他の側妾らとは比べ物にならぬ品々であふれている。

 殊に満月のものは、王自らあれこれと選ぶ。

 今、満月の着ているドレスも、その一つだった。



「父王様、私とかかさまと王妃様はりょうように出掛けることになりました。お別れのご挨拶にまいりました」



 お別れ、と満月がはっきりと口に出したことで王の表情が固まる。



「にいさまやねえさまも一緒なので、楽しみです」



「み、満月。そなた、まことに療養に出るのか?王妃に、何か言いくるめられているのではなかろうな?」



 満月は、きょとんと首を傾げる。その仕草もまた、大層愛らしい。王の末の娘は、容姿こそ凡庸だが、父王は目に入れても痛くないほど、末子を溺愛している。

 王自身は認めようとはせぬが、周囲の目には明らかだった。



「ええと、私はだいぶよくなりましたが、かかさまのぐあいが、よろしくないのです。おせきをしていて、とてもおくるしそうです。南のほうはあたたかくて、かかさまのおからだにもよいそうです。かかさまおひとりでは、おさびしいでしょうから、私もまいります」



 幼子ながら、しっかりとした口調で満月は父王に説明する。

 同じ報告を王も受けていたが、愛娘の言葉にぐ、と王は眉間に皺をよせた。



「そなたもいく必要はなかろう。そなたが残るというなら、仕方がない。食事も、湯あみも、同じ床でも寝てやろう」



 父王の言葉に、満月はほ、本当ですか?と声を弾ませ、喜びをあらわにする。

 母の側妾とは、よく休むそうだが、父王とは生活区域が異なるため殆ど一緒に休んだことはないという。

 父王のことも、勿論慕っている満月は、え、とと目を盛んに瞬きさせ、困惑している。

 様子を静観していた宰相は、それは幼子には酷ではないか、と思った。

 父か、母を選べなど、幼子にできるはずないだろう。

 悩む満月を救ったのは、兄と姉だった。



「満月、父王様に、ご挨拶はすんだかい?支度をしなくてはならないから、もう戻ろう」



「満月、いらっしゃい。父王様のお仕事を邪魔してはいけないわ」



 満月は父王の手をかり、その膝から降りると手招きした姉のもとに駆け寄る。



「酷夜、百合。そなたたちも、参るのか?」



「はい。父王様、かかさまや、百合と満月、そして王妃様のことはおまかせください。執務にお忙しい父王様に代わり、私がお守りいたします」



「父王様、しばしのお別れですが、お手紙を書きますね。いってまいります」



「父王様、お仕事を邪魔してしまいもうしわけありません。いってまいります」



 王の庶子三人は、仲良く頭を下げる。百合と満月が手をふり、酷夜が妹二人を促し、下がっていった。

 宰相は内心の溜め息をこらえる。

 呆然と三人を見送っていた王は、宰相、文官らに当たり散らしはじめたのだった。

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