第8話 悪霊とは
大変お待たせしました。
◇SIDE GM
そこを敢えて表現するのならば、幾何学の森だろうか。歩くたびに幾何学的模様がまるで花火のように暗闇の世界の中に現れ、消える、そんな世界。何もかもが均等な図形で描かれ、何もかもが計算され尽くしているそれは常人が見れば発狂する程に美しく、不気味な光景。
そんな世界に三人の人影が歩いていた。
「本当にここにいるのかよリーダー」
「分かっている癖に、この俺に聞くのか?」
「ハッ! 違いねえ」
「…………」
一人は先頭を歩く、リーダーと呼ばれた男。
そのリーダーにまるで長年の親友のように荒々しく接する不良のような言動をする男が一人に、そしてその二人の背後から一定の距離から離れて歩く、まるで人形のような少女の三人がこの暗闇の世界を歩いていた。
三人の足取りはこの暗闇の世界の中でも迷わずに真っ直ぐと先へと進んでいく。事実この三人にとってこの世界は自らが作り出した物であり、誰よりもこの世界について熟知していた。
そして歩くこと数分、三人はとある場所で足を止めた。
周りはいつも通り暗闇の世界に、時折現れる幾何学的模様で光源を得ているだけの世界。
移り変わりしない世界。距離感も時間も感じられない世界だがこの三人にはまるで目的の場所に辿り着いたかのように目の前にある光景を見つめていた。
「さぁ約束の時間だ」
そのリーダーの言葉により、突如この移り変わりしない世界に変化が起きる。暗闇の世界よりも遥かに暗く、まるで心臓のように赤く脈打つラインを迸る物体が目の前に現れたのだ。
『理の創造主……か』
聞く者に恐怖を抱かせる声。だがその声を聞いても尚平気でいられる三人は果てして、正気な人間かそれとも狂人の類か。
「どうだぁ? この世界。お前らのためにオーダーメイドをしたんだぜ?」
『……ここは心地良い……礼を言わせて貰おう』
「ならその礼は言葉ではなく行動で示せ」
「…………」
気付けば三人の周りには目の前の物体と同じ存在が浮いていた。
「さぁ約束の時間だ」
それは先程言った言葉と同じ言葉。
だが力を纏わせたその言葉はこの世界に荒波を引き起こした。
「俺達は無力なお前達のために世界を用意した。今度はお前達の番だ悪霊共」
両腕を広げ周囲を見渡すリーダーの男。
その目に映っているのは悪霊と呼ばれた存在か、それとも自身の未来か。
「俺達と契約しろ。全ては世界を手に入れるために」
◇SIDE キョウ
「……悪霊?」
「そうだ。悪霊ではなく、悪霊だ」
そうしてゴストが話してくれたのは今隣にいる精霊眷属アウルムとの出会いまでの話だった。
「あるー日♪」
『あるー日♪』
「森の中♪」
『森の中♪』
「悪霊に取り憑かれた熊さーんに♪」
『熊さーんに♪』
「であーった♪」
『であーった♪』
「ラララほげぇ!?」
「誰が童謡をアレンジして歌えって言ったよ!?」
それに一部無理矢理アレンジして歌っている時点でこの男の才能の無さを窺い知れるレベルだ。頬の痛みを手で擦り、まるで先程の失態を無かったことにするかのような素知らぬ顔で改めて口を開いた。
ゴストがアウルムと出会ったのは今から一年前。冒険者ランクがAランクに到達し、そろそろ自己流の流派を探し始める頃だったという。
ギルドの方針で、新米冒険者に教えるネタやアイテムをこのカンレーク周辺の森付近で探していたゴストは、とある魔物と出会った。活動拠点が始まりの街であるにも拘らずゴストの実力自体はβテスターの当時の中でもかなりの実力を誇り、βテストが開始され僅か二年でAランクに到達するなど比較的早い部類に入る。
そのゴストが、通常の個体より多少大きい程度のナックルベアー相手に恐怖したというのだ。ナックルベアー自体の強さはBランク程度。その程度の相手にゴストは一歩も動けず、ただ無防備にナックルベアーの接近を許してしまった。振り上げれる太い腕に、ゴストは最早ここまでかと混乱する頭の中で認識した。
「何回もゴストって言ってるけど、ゴストじゃなくてゴッドストレートスマッシュな」
「気になる所で俺のモノローグの腰を折るんじゃねーよ!!」
自分で言っといてモノローグの腰とは一体何なんだろうかと疑問に思ったがそれよりも他人の考えを読むほど自分の名前を訂正させる執念は先程の疑問より遥かに気になった俺である。
閑話休題。
自分の死を覚悟したゴストだがしかし、来ると思っていた攻撃はいつまで経ってもやって来ず、そっと目を開けるとそこには金色に輝く光の球が目の前の攻撃を受け止めていたのだ。
あまりの異常事態に頭の混乱が収まらないゴスト。だが目の前にいる光の球のお陰かは分からないが先程よりも恐怖が和らいでいくことに気付き、そして攻撃を受け止めている光の球が徐々に圧されていくことに気づいた。
味方なのかも知れない。希望的観測でも瞬時にそう判断したゴストは震える足に活を入れ、目の前の光の球を鷲づかみして、瞬時に元いた国に帰還するアイテムを用いて逃げ出したという。
これがゴストとアウルムの初めての邂逅である。
ようやっと戻ったゴストは、アウルムを他人の目から隠しながら自分のギルドホームに帰る。着いた矢先に言葉を話し、その光の球の正体が実は小さい少女だということに吃驚するゴストだが彼女と話していく内に以下の事が分かった。
結論から言うと、あの異常なナックルベアーは実は悪霊に取り憑かれているということだった。
本来、他の生物に取り憑かれる前は自分ら精霊眷属が対処しているのだが、そんな精霊眷属の目を盗んで、他の生物に取り憑いてしまった悪霊は想像を絶するほどの強さを発揮するのだと、アウルムは悔しげにそう言った。
そうなってしまった場合、最早精霊眷属の力だけではどうにもならず最悪、他の生物を害する前に一生付き纏って妨害するしかないと、そう語った。だが攻撃を妨害すると言っても悪霊自身が発する恐怖の波動によって繰り出される精神的な攻撃は妨害することは出来ない。無差別に恐怖を引き出されるためあまり効果は無いというのだ。
あのナックルベアーが出現したのはこの始まりの国周辺の森だ。その悪霊による被害が初心者達にも及ぶかもしれない以上あの魔物を野放しにしてはいけない、そう思ったゴストはアウルムに協力を申し出た結果、ある一つの案が出された。
「それが俺達プレイヤーと精霊眷属による契約だ」
αテストの時代、悪霊が他の生物に取り憑きにより凶暴になるのなら、精霊眷属もプレイヤーと契約してより強化をしようという案が出た。その結果として、その案は悪霊討滅における重要な要素となった。だが契約出来る対象として、特定の条件を満たさなければいけないという。
「一つ、契約する相手は必ず精霊の加護を受けていること。二つ、精霊眷属と精霊の加護を受けている者達の相性が合っていること。三つ、精霊眷属と精霊の加護を受けている者双方の同意が必要という三つだ」
条件一の場合、精霊の加護を受けているというのはこの場合加護持ちであるプレイヤーの事を指し示す。どうやらこのゲームを始める時に見たオープニング映像は、プレイヤーだけ認識できるものらしくこれが精霊の加護を受けた証だという。
次に条件二と三の場合。ゴストはチュートリアルクエストで得た無限財宝というアイテムとゴスト自身の金好きという性格。そしてアウルム自身が司っている概念が金ということから二人の相性は奇跡的に合っているらしく、同意という条件も話の流れからしてクリアしているとのことだった。
「契約したことで得た力は三つ、悪霊が発する恐怖の波動に対する耐性と悪霊を討滅する力」
そして、精霊眷族がもたらすプレイヤーへの特殊スキルだ。
『こうして、主と我が契約したことであの取り憑かれたナックルベアーを倒すことが出来たのだ』
当時の状況を思い出して嬉しそうに語るアウルム。そこに、何やら疑問が湧いたらしい大臣がアウルム、ひいてはその主であるゴストにこう尋ねた。
「先ず自分の過去の行いに対し言い訳をする気持ちはありません。しかし、あの時の私は今思い返してみてもおかしいと思いました。もしやあれは……悪霊が私に取り憑いたことで私がおかしくなったと言う事なんでしょうか」
そうして口に出した内容は大臣がかつて行なった行為に関する質問だった。結果的に大臣に悪霊が取り憑かれていることが分かった今、極端に言えばかつての行いは悪霊の所為にすることが出来る。
だがアウルムが答えた内容は、大臣を落胆させる物だった。
『……確かに悪霊に取り憑かれた生物は凶暴になるのが殆どだろう。だがしかし、悪霊には取り憑いた生物を操るといった力は無いのだ』
「操る力は……無い?」
『左様……あるのは取り憑いた生物が持つ負の感情を増幅するという力だ。……残念だが大臣、酷な事を言うがそなたがおかしくなったということは、元からそういった感情を持っているということ、になる』
「……いえ、薄々ですが……私自身もそのことについて自覚しておりました……ありがとうございます」
空気が重く、沈黙が痛い。
しかしそんな空気を壊すようにナナはアウルムにわざと明るく質問した。
「ねーねーねー! そういえばさーアウルムちゃんって最初出てきた時何か確かめたいことがあるって言ってたよねー! それって何なのー?」
その言葉にアウルムは要領を得ずに首を傾げたが、次の瞬間まるで思い出したかのように声を上げた。どうやらグレース姉のインパクトが強すぎた所為で忘れてたらしい。そういえば、確かにゴストがアウルムを呼び出した直後に言ってたような気がする。
『あーあー、うんそう……じゃなすっかり忘れておったぞ』
そう言ったアウルムは改めて俺の方に向き、こう言った。
『お主の身体から、我らが持つ精霊の力と同じ感覚がするのだ』
「……は?」




