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メイン 10 とーく いず あばうと ゆー

 奥海昴は顎に手を当てて思考する。


 確かに、自分の常識の範囲で考え得る限りでは、今自分が置かれているこの状況は困惑にしか値しない。しかし如何せん、自分がこの二年間所属している行政機関は『特境省』であり、そこでの出来事は常に常識で括る事の出来ない事象で一杯だ。それでも、奥海昴は思考する事を止めない。


「おいおい、なーに考え込んでんだよ? 難しく考える事無ぇって。もっと楽しく行こうぜ? 楽に考えろよ? 柔軟な発想が日本技術の発展には必要らしいぜ? ケヒャカクカハハハハハハハハッ!」


 そう言葉を発して高笑いしたのは、奥海昴ではない。


 奥海昴は尚も思考を続け、それを脳内に巡らせる。自分が今目の前にしている現実。それは常識の範囲内の事象ではなく、また『特境省』の範囲を含めた上でも前例の無い事だった。


「……ったく、何か反応して見せろよ」


 勿論これも、奥海昴が発した言葉ではない。


 思考するだけ無駄なほど明らかな異常。


 奥海昴の目の前にいるアメタマは、流暢に言葉を喋っていた。


 適当な単語ではなく、状況に応じた言葉選び。


 有り得ない事の筈なのだが、このアメタマは、自分で自由に物事を考え、自分で自由に物事を判断し、表情を豊かに扱ってニヤニヤと笑い、会話のキャッチボールを求めて来る。


 無意識ならぬ有意識。


 パラシュート無しの単身降下で無事に地上に降り立った奥海昴が対峙したアメタマは、見た目は何の変哲も無い、極々普通のアメタマだった。六メートル級のサイズに無機質な造形。去年も一昨年も相手にしたし、つい先日相手にしたものと見た目は全く同じだった。異を唱えるとすれば、それはその異様なまでに大きいサイズだけ。それが例え変異種だったとしても、見た目に変化がある種は過去の例を出してもほんの少数。身体の一部を作り変えるか、もしくは少量の『夏』を使用するくらいのものだ。スピードスターから申請が出ている事もあり、奧海昴は油断こそしないものの、この交戦は自分が頭一つ抜けて有利だと感じていた。昨日とは違い、躊躇い無く『夏』を使用する事が出来るからだ。


「おう、そこのデカイの。俺っちとちょっと勝負しねえか?」


 いつも通りの定型句。


 向こうがこちらに気付き、咆哮を上げたところで自ら突っ込もうと、奧海昴はそう考えていた。……しかし、そのアメタマは目線を奧海昴に向け、小首を傾げる様な小気味良い仕草をすると、「……あぁ、『特境省』か」と、いやらしい笑みを浮かべて呟いた。


 奧海昴は自らの耳を疑った。突っ込む気満々でいたところに虚を突かれたので、前傾姿勢のまま可笑しな体勢で固まってしまう。


「いやー、やっぱり来るかぁ。『特境省』。ま、いくらか予想はついちゃいたからそんなに驚きはしなかったけどさぁ。」


 そう言ってアメタマはケラケラと笑うが、奧海昴はアメタマが言葉を発する事に驚きを隠せず、攻撃態勢を解いてその場に立ち尽くしてしまった。本来なら奧海昴は相対者を前にして攻撃態勢を解くなどという愚策は取らないが、対するアメタマも、猛進してくるどころか咆哮も上げず、ただそこに立ってこちらに目を向けてニヤニヤと笑っているだけだった。


 そこから奧海昴は顎に手を当てて思考し続け、アメタマが一方的に喋り掛けるという図式になっている。


 通常、返事が返って来ない事を知りながら『特境省』の『夏』の使用者が延々独り言を喋り続けるというのが常だが、今回の場合は全くの逆位置となっている。

奧海昴は思考した。スピードスターの言っていた他勢力の存在、変異種の確立、その他のイレギュラー。思考するといってもその三つくらいの事だが、それでも奧海昴は少しの時間を掛けて入念に思考する。


「なぁー、俺行っても良いの? それともここでやり合うの? 一応見逃してくれたらそれなりの礼はするけどさぁ。なんつってな。ケキャケキャケキャケキャ」


 どういう風に声帯を振るわせれば『ケキャケキャ』と笑えるのかは疑問だが、その異様な笑い方を区切りとして、奧海昴は顎から手を離して口を開き、アメタマに問う。


『アメタマ』に、『問う』。



「……お前、何だ?」



「……はぁ? ――ケヒャ、ケヒャクカハハカハハハカハハハアァァァァッッッ! お前何言ってんだよ? ちょろっとお脳の作りが良い俺でもそりゃあ意味が分かんねぇぜぇ? お前まさか××××か?」


 確かに自分でも何を言っているのか分からないが、奧海昴とてアメタマにそんな事を言われるのは侵害だった。が、それでも奧海昴はアメタマに言い返す事が出来ない。


 返せる言葉が、無かった。


「……んだよ、何か言えよ」


 今ならまだ先制で優先権を得られる筈なのだが、奧海昴はその先制の一手を打ち出さず、その場に無言で立ち尽くし、思う。この言葉を喋るアメタマ、全く好戦的な態度を取る事無く、挑発的な口調は友人間で戯れ遊んでいるかの様なもので、ニヤニヤと相手を小馬鹿にしたその表情は、まるで――。


「まるで生きてるみたいじゃないか……」


 漏れる様に呟かれた奧海昴の独り言に、言葉を喋るアメタマは「あ? 意味分かんねぇし」と耳聡く反応した。


「……ま、とりあえずさ。お前にその気が無いんなら俺は少しでも早くこの場から立ち去りたいんだが、どうなん? お前が俺を落しに掛かるんなら全力で抵抗するけど?」


 軽い口調でアメタマは言うが、鼻から奧海昴には選択肢など一つしかない。


『夏』の生成と四季の維持。


 それが、奧海昴他『特境省』職員が籍を置く上での最低ラインだ。季節の存在を守る事。そして、潤滑な季節の経過に手を加え、それを悪用する様な輩を迎撃して排除する事。それが、『夏』の使用者が『特境省』を名乗る為の最低限のラインにして、唯一無二の条件。


「……昨日の六メートル級、ありゃあお前か?」


 話が通じるのならば――。


 そう考え、奧海昴は対峙するアメタマに問うた。


 百六十年以上に及ぶ『特境省』の歴史の中で、人語を解すアメタマの出現は初めてだった。そして同時に、奧海昴はアメタマに本気でコンタクトを図ろうとした初めての人間だった。


「あぁ? まずその『六メートル級』ってのの意味がちょっと分かんねぇんだけどさぁ。なに? 何かそういうのあんの?」


 問えば返される。人と人のやり取りなら極々自然な事だが、相手がアメタマだと話は大分と変わってくる。問うても返されないのがアメタマの常。しかし、人とは慣れてしまうものであり、慣れてしまえば容易に受け入れられるもの。奧海昴は更に『特境省』という特殊な事例を扱う、決して表沙汰にならない仕事をしており、それにはまだアルバイトという扱いであっても、柔軟な発想と繊細且つ時には大胆な行動が必要とされている。『特境省』職員がアメタマと対話するという事は一般の普通の人が昆虫と対話をする様なものだが、奧海昴は見事に一般で言うところの昆虫との対話を受け入れた。


「そこまでお前に教えてやる義理はねぇよ。じゃあ質問を変えよう。『お前昨日もこの辺に出たか?』だ。どうだ?」


「ケキャケキャ。お前、それだったら俺だってお前にそんなもん教えてやる義理ゃあねぇよ。そうなってくんだろ?」


「……ま、そうなるわな」


 奧海昴はアメタマからの返事を受けると、軽い跳躍と間接運動で身体を慣らす。その身と腰を低く構え、雨に濡れたアスファルトの足場を十分に確かめた。


「そんなら、お前には全力で抵抗してもらう事にするわ」


 その一言を吐くと、奧海昴はアスファルトを蹴り、一足飛びでアメタマに飛び掛かった。両腕に『夏』を纏って一裂きでこの変異種のアメタマの『中核』を破壊する。人語を解すこの奇異のアメタマがどういった経緯によって生み出されたかは『特境省』の研究員が解明してくれることだろう。俺はただ目の前のアメタマを引き裂き、『中核』を破壊し、撃退して落せば良い。奧海昴は今の状況をそう割り切った。直感でそう判断した。


 性格的に殻梨桃子や森谷紅介などはイレギュラーな事態に長い思考を用いて最善の対処策を生み出そうとするが、奧海昴並びに日夜和日郎や横内然次辺りはイレギュラーな事態に対してあまり深く思考せず、行動と直感で看破しようとする。アメタマの落し方にはマニュアルと言えなくも無いものが一応として存在するが、単独で変異種の相手をする場合や不測の事態の対処法などはマニュアルには無い。自分達でそれぞれ良い様に判断し、その場その場で経験や腕などを活かし、常に最善の策を模索する事になるからだ。そして今回のアメタマ。奧海昴にとって、同時に『特境省』にとってイレギュラー中のイレギュラー。正に『不測の事態』と取って良い程の存在なのだが、奧海昴は自分の直感を信じ、この場は素直に突っ込む事が最善だと、そう判断した。


 先手は取った。割り切りもしたし判断も出来た。


 このアメタマは、言葉を喋って表情が少し豊かな事を除けば、普通のアメタマと何も変わらない。腕に『夏』を纏い、それを奴にぶっ刺して『鴉』を生成すれば、一発で『中核』を破壊出来る。


「あーあー。そんじゃあ、俺も精々抵抗させてもらうわ」


 しかし、奧海昴のその考えは浅はかだった。


 甘かったのでは無く、浅はか。


 飛び掛かった奧海昴の指先があと数十センチでアメタマの身体に喰い込もうというところで、アメタマの身体がグニャリと歪み、すんでのところで奧海昴の腕をかわしたかと思うと、そこから素早い動きで回り込まれ、奧海昴は容易に後ろを取られてしまう。


 奧海昴は焦った。


 自分の行動が軽率だったとは思わないが、如何せん相対者のスペックを読み違えた節がある。まだ変異種と確定された訳ではないが、人語を解すという変異種的要素が含まれている以上、身的能力の向上も考慮すべき点ではあった。昨日相手をした六メートル級のアメタマ。あれの動きが従来のアメタマよりもいくらか機敏だったというスピードスターの情報。奧海昴にはそのアメタマの動きを確実に捉えられていたという確固たる自信があった。……しかし、今は自分の一撃が難無くかわされ、あろう事か簡単に後ろを取られたという事実があるのみ。奧海昴は焦った。それでも、焦りはしたが、奧海昴は一撃を避けられたうえに後ろを取られたというこの状況を把握して咀嚼し、素早く次の行動に打って出る。


 飛び掛かったまま中に浮かぶ状態で後ろを取られたという事は、奧海昴が次に注意すべき点は背後からの攻撃。如何に『特境省』でそれなりの訓練や講習を積んでいるとしても、無防備な所に重い一撃をクリーンヒットされるのは耐える事が出来ない。空中での体重移動で身体を捻り、半身の状態でなるべくアメタマからの一撃を受け流す感じの防御体勢を取る。左腕を立てて右腕を支えとし、背後からの攻撃に備えた。


 ……が、本来なら来る筈であろう背後からの攻撃が、奧海昴に放たれる事は無かった。


 上半身を防御体勢のままでアスファルトに着地するが、勢いが付いていた所為で、奧海昴は着地した体勢のまま、四メートル程雨に濡れたアスファルト上を滑る。


 従来のアメタマならば確実にあの場面では攻撃していた。突きか、平手か、薙ぎ払いか、そのどれかはこの際どうでも良いとして、本来ならば本能のままに自身を行使しているアメタマが、奧海昴の不利な状況下で、自分に有利な状況下で、攻撃に転じないのは、まずあり得ない事。それはアメタマの本能からなる行為だからだ。


「……お前、何で追い打ちをしてこない?」


 奧海昴は諦めたのか、相対するアメタマが人語を喋ってそれを理解すると認めた様で、防御体勢を解くと、アメタマを前にした『特境省』職員として最低限腕に『夏』を纏いながらも、自分からもその奇異なるアメタマへと対話を求めた。


 人語を解すのも良い。ニヤニヤと表情を歪めるのも良い。自分の一撃を避けて後ろを取られたのもまぁまぁ良いとしよう。……だけど、そこで何故に追い打ちを掛けて来なかった?


 奧海昴がアメタマに対話を求めた理由。


 いくら変異種といえども本能には忠実だった筈だ。身体の一部を変化させようとも、『夏』を他物質に生成しようとも、敵対者から自身を守る為の防衛本能はどのアメタマも共通して持っていた筈だ。


「他のアメタマとお前とでは何が違う?」


 奧海昴がそう問うと、アメタマは口の両端をグッと持ち上げていやらしく笑う。


「俺が他の奴等とどう違うかって? アメタマに違いなんざそうそうねぇよ。俺だってお前等の言葉が分かるってだけで、他のアメタマと大差なんて無いんだぜ? 見てみろよ、俺の身体の成り立ちをよぉ。他の奴等と何ら変わったところはねぇだろ?」


「……言葉喋ってるって時点でお前は他のアメタマとは決定的に違う。それに、他のアメタマはお前みたいにニヤニヤ笑ったりしない」


「ケキャクカ。でもよぉでもよぉ、昨日お前が逃がしたアメタマもさぁ、こんな風に笑ってたんじゃねぇのか?」


「……――!」


 言うと、そのアメタマは口の両端を更に持ち上げると、「ケキャケキャ」と声を上げて笑って見せた。


 それを聞いて、奧海昴はぶるりと身体を震わせる。


 ……確かに、昨日のアメタマもこいつみたいに、口の両端を持ち上げて笑っていた……。


 奧海昴は昨日のアメタマの事をそう思い返す。


「……やっぱり、お前昨日のアメタマと何か関係があんだろ?」


「ケキャケキャ。さぁなぁ、関係あるかも知れないし、関係無いかも知れない。お前がそうである様に、俺だって全てを教えてやる義理はねぇんだよ。言ってる意味は分かんだろ?」


「……そりゃあ、力ずくで聞き出せって事か?」


「まぁ、その選択肢もあるかも知んねぇけど、そりゃあ俺としてはお勧めしない」


 アメタマは手の平を大きく開いてヒラヒラと振り、先の言いを続けた。本当に、まるで高校生が放課後に喫茶店か何処かでテーブルを挟みながら談笑でもする様な軽さで以ってして、アメタマは奧海昴へを言いを続けた。


「そもそもさ、力ずくもなにも、お前最初っから力ずくで俺を制する気だっただろ? 当初のお前の目的が俺を殺す事なんだからさぁ、今のお前の問い自体が間違ってんだよ。俺が喋ってんのがお前等『特境省』からしたら珍しいのかも知んねぇけどさぁ、それで動揺しすぎじゃねぇか? 確かに自分が不利な状況での不測の事態は対処に困ったりするけどさ。それによぉ、ここで俺と話をしようってのが、お前の最も間違ってる点じゃねぇの? 『俺』との『対話』を選んだ今の時点で、お前はもう俺の罠に嵌ってるとは思わねぇの? 賢そうな面しちゃってまぁ。ちったぁ物事正しく判断してみろや特境省の犬が」


 それは明らかな挑発に思えた。


 まるで自分に手を掛けてみろと呼び込むかの様なアメタマの喋り口。もう奧海昴はアメタマが喋る喋らないに対する不必要な差異にも気を止め無くないっていた。


『こいつはこいつだ』という割り切り。


 そして、端々に見え隠れするアメタマの言いの矛盾にも気が付く。


「へぇ、カッスカスの脳味噌かと思ったら、結構ちゃんと物事考えられんじゃんか。アメタマに違いなんざねぇっつってるけど、お前はやっぱり他のとは違ぇよ。なかなかに賢過ぎる」


 奧海昴はこのまま対話する事を選んだ。


 安い挑発もそうだが、何にしてもこのアメタマ、不明瞭な点が多すぎる。この一匹を簡単に落したところで、こんな奴が第二第三と現れ始めたら、それこそ『特境省』にとっては大事だ。自分は恐らくこの類の変異種に接触した最初の『特境省』職員だろう。なるべく直に体験した俺が多く探りを入れる必要がある。


 奧海昴は、今の特異な状況をそう判断した。


「ケキャケキャ、御褒めにあずかり光栄だね」


「まぁ、確かに今の段階じゃあ、俺はお前をいち早く落す事が先決とされてっかも知れないけど、最初に対話を求めたのはそっちだぜ? 何が目的で俺との対話を望む? 俺だからか? それとも『特境省』職員なら誰でも良かったのか? それとも、『人』なら誰でも良かったのか? それ如何によっちゃあ、俺もお前と対話を続ける意味があるとそう思う訳よ。どうなんだ?」


『それ如何によっては』


 奧海昴はそう言ったが、この時点ではまだ何も策を講じていない。アメタマの望む相手が誰だったところで、奧海昴は対話を続ける気でいた。


 ……こういう役割はモモコさんとかシヅルさんとか、あとはニコとかが得意な筈なんだけどなぁ……。少しだけ胸中でそう思いながらも、奧海昴はそれを表情に出さなかった。あくまでも平常と余裕を表面上に浮かべ続ける。


「ケキャケキャ。確かに俺は対話を望んじゃいたけどよぉ、ここでお前が俺に付き合う事に何のメリットがある? 俺としては助かるけどよぉ、俺はお前から色々情報が欲しいところだけどよぉ、お前は俺から何が欲しいんだ? ん?」


「くっはは。そんなん言ったら俺だってお前から欲し情報なんていくらでもあるわ。お互いの意見の一致だよ。お前が喋れる理由を知りたいし、お前がさっき追い打ちを掛けて来なかった理由が知りたい。そんなもんだろ? お前はアメタマにしちゃあ奇異の部類だ。本来ならいちゃあいけない存在。だけど、折角会話が成立するっつーなら、俺がお前と話をする意味もあんだよ」


「で、お前は知りたい事が全部知れたら俺を殺すって事だろ?」


「さぁな。落すかも知れないし、落さないかも知れない。お前だって同じだろ? 対話を望んじゃいるけどよ、俺から情報絞れるだけ絞り取ったらあっさり殺す腹積もりだ。違わねぇだろ?」


「ケキャキャキャ。そうだな。そりゃあそうかも知れねぇ。ま、そうじゃねぇかも知れねぇけどな。でもまぁ、お前が俺との対話を望んでるっつーなら、今んのところはその積りはねぇ。純粋なお喋りだ。なんせ生まれて間もねぇからよ、今の事情を色々知りてぇ。『特境省』が何かとか、俺がどういう存在かとかをよぉ」


 饒舌に口を動かすアメタマに、奧海昴は肩を竦める。が、それは奧海昴がアメタマに心情を悟られない為のポーズであり、会話の流れをより自然なものにする為の言わば策略。


 アメタマの発した言葉を、奧海昴は聞き逃さなかった。


「ま、俺も『特境省』に勤めて長い訳じゃねえし、もっと言うと現状として俺はバイト扱いだ。深いところの事情は分かんねぇし、お前等アメタマの事だって、ただ『倒すべき害悪』って事ぐらいしか聞かされてねぇ。それに、お前等の事にしたら詳しく知ってんのだって『特境省』の研究員くらいのもんだ。かなりマッドにならないとお前等みたいなもんの研究なんて出来ねし。なんだ? お前等って生まれた時からそんなに色々知ってるもんなのか? なんせ言葉喋るアメタマに遭遇したのなんざ『特境省』が設立されてから百六十年で俺が初めてかも知んねぇし、お前が知りたいアメタマの事を俺だって知りたい。お前等って生まれて直ぐ色々知識とか持ってるもんなの? 生まれた時どんな感じだったよ?」


 勿論、奧海昴は『特境省』の内情はかなり詳しく知っているし、アメタマの成り立ち等の詳しい知識もそれなりに持っている。表面上を曖昧になぞりながらアメタマの問いに答えた振りをして、その実情、奧海昴はアメタマの零した一言の核心に迫ろうとした。


 アメタマは基本、生まれて直ぐに『夏』を欲し、本能のままに『夏』を喰らい、それを溜め込む。ましてや『特境省』の知識を持っていたり自分の存在に疑問を持つ事なんてそうそう無い。このアメタマが嘘を就いているという可能性も無くは無いが、生まれて直ぐに知識を所有しているこのアメタマ。そこに、このアメタマの変異種たる所以が何かある筈だ。


 そう考え、奧海昴はなるたけ身体をリラックスさせた状態で保つ。力を抜き、緊張を相対者に悟られない為に。


 すると、その問いを受けたアメタマの表情から、ニヤニヤという薄ら笑いが消えた。


「……へぇ。なるほど、馬鹿じゃあ無いらしいな」


「そりゃあお互い様だろ」


 アメタマの一言に、奧海昴は即座に返す。


「悪いが、それにゃあ答えらんねぇな。俺だって自分の身が可愛いぜ? 自ら自分の身を危険に晒すような事はしねぇ。ただまぁ、それに関して言えなくもねぇ事ならある」


 アメタマはそこで一度言葉を切り、巨体の半分ほどを後ずさった。


「俺にはな、欲しい物があんだよ」


 言って、アメタマが口の両端を持ち上げて笑うと同時に、奧海昴のズボンのポケットの中にある『特境省』から配布されていた端末が振動を始めた。


「――――!」



 この振動のしかたは、急速外気冷却!



 そう判断すると、奧海昴は一気にアメタマまでの距離を詰め、勢いに任せて考え無しにアメタマを落そうと腕を伸ばした。


 ありったけの『夏』を使い、腕に『鴉』を生成させ――。

 

 ――が、時既に遅し。


 今の今まで気にする程でも無かった雨の振り方が、急速外気冷却の合図と共に、バケツをひっくり返したような大雨になった。視界は遮られ、一寸先も見えないほどの雨水の壁。伸ばした腕はアメタマに触れる事も出来ずに終わり、次いでアメタマからの反撃に備える。簡易的な防御体勢を取りながら四方と上下を警戒するが、やはりと言うか何と言うか、奧海昴の大方の予想通り、反撃が飛んでくる事は無かった。

 

 二十秒ほど振り続いた極雨は次第に収まり、通常通りの雨量に戻ったその時には、周囲に件の喋るアメタマの姿は無かった。


「……くそっ、また逃げられたか……」


 端末をポケットから出して確認するも、画面にアメタマの反応は表示されていない。


 苦い表情を浮かべて頭をガシガシと掻くと、今度は携帯電話が振動を始めた。


 取り出して確認すると、そこには『黒腕』の表示。


「おう、鴉か? 今そっち行こうとしてたとこなんだけどさ、端末から急速外気冷却の表示が出るわアメタマの反応消えるわで電話してんだけど、お前多分落せてな

いだろ?」


 通話に入ると、日夜和日郎はちゃんと相手を確認しないままに言葉を連ねて結論部分を急いた。


「……あぁ、また逃げられた。今年入って最初の二体を易々と逃がしちまったよ。俺も焼きが回ったかも知んねぇな」


「あー、多分大丈夫だ。お前はまだまだ現役でいけるよ。それより、今回は結構ケースが特殊臭いな。シヅルさんが言ってた以上にヤバげな感じだ。多分だけど、昨日お前が相手してたやつも今回の件に絡んでるっぽいし、取り合えずニコも拾って一回『特境省』に戻ろう。モモコさんとシヅルさんも交えて、話はそれからだな。」


「あぁ、分かった。そんじゃあ俺はサジさんに連絡して藤子総合病院まで来てもらう事にしとくわ。黒腕はニコと先に合流しといてくれ。俺も端末追ってニコんとこに向かうから。そっから三人で病院に行こう」


「おっけ。そんじゃあ一回電話切るかんな」


「うぃ、また後で」


 日夜和日郎との通話を終え、今度は佐治勝之へと連絡を入れる。


「今日の寿司はどうなる事やら……」


 今はあまり取り逃がしたアメタマの事で気に病みたくない。


 奧海昴はそう思いながら、そんなどうでも良い事を一言口にすると、携帯電話を耳に当てながら、厚めの雲を貼り無数の雨粒を落している、そんな淀んだ天候の空を仰いだ。







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