買い物と出会い
買い物と出会い
「珍しいよな、買い物においらを付き合わせるなんてさ」
「ん? そうか?」
「ああ。いつもだったらレリィと二人きりで出かけるじゃんか」
「それは俺が一人で人混みの中を歩けないからだな。付き添ってもらってるんだよ」
「ふーん。おいらてっきり、二人でデートしてんのかと思ってたよ」
「別にウィルが来てくれてもいいんだぜ? 荷物運び手伝ってもらうけど」
「うげえ、お断りだぁ、そんなの。……ん? いつもレリィも荷物運んでんの?」
「いや、レリィには手を握ってもらってる。後はたまに軽いものとか持ってもらったりするけど、ほとんどは俺が持ってるな」
「なんだよ、手ぇ繋いで歩くなんてますますただのデートだろ」
「八つも年が離れた女の子と、手を繋いで歩いたらデートになるのか?」
「……まあ、デートって言うよりも犯罪の匂いがするだろうね」
そんな会話を冗談交じりに交わしながら俺とウィリアムは街を歩く。今日はレリィはお留守番だ。と言うのも、ギルドの運営にあたって彼女とアニスには受付等をやってもらおうと思っているから、それらの打合せをしてもらってる。
「なあ兄ちゃん、おいら強くなったかな?」
「ん? なんだ急に」
「いや、なんとなく。どうなのかなって」
「……強くなってるよ。それは間違いない」
「ホントか?」
「ああ。そんで多分……もっと強くなるだろうな」
「お、おお!」
「今朝の手合わせでも感じたけど、抜剣術に磨きがかかってる。無駄な動きを感じないし、予備動作も見切り難い。剣速なんか前とは比較にならないくらい速くなったし、攻撃も重い。しっかり体重を乗せられてる証拠だ。あとはもう少し体が育って体重が増せば、まだまだ強くなる。……まあ、いつもの剣を使わないでそれだけの動きができるんだから、準備万端ならもっと強えんだろうなって思ってた」
「お、おおう……結局もっと食わなきゃダメなのか……」
「そうだな。体を作るのは食事だ。そこがおろそかだと、立派な大人にはなれないぞ」
「まーた子供扱い……ではないか。うん、もっと頑張るよ、おいら」
「その調子だ」
最近のウィリアムの成長はすさまじいものがある。筋は悪くなかったというのもあるのだが、それでも恐るべき成長だ。
元々は父と狩りをしながら暮らしていた彼だが、対人戦というものはほとんどしてこなかったらしい。弱肉強食の世界で、常に獲物を仕留めるための戦い方だったそれが、少しずつ戦闘技術として完成してきている、というのがこの成長の正体だろう。
喜ばしい、というのはもちろんある。彼は強くなりたいと俺に教えを乞うて来ている。それに応えることができているのは嬉しい。
でも、強くなった後。
彼はそれを復讐に使う。
復讐のために強くなっている。そのことを、時々忘れそうになる。
竜教団という得体のしれない連中に村を壊滅させられたウィルは、奴らを根絶やしにしようとしている。しかし、ジャンが少し調べただけでも一筋縄ではいかないことは明白だった。
数百の構成員。その誰もが腕の立つ者だという話だ。魔法、武術問わず、力を持っている連中が集まっているらしい。
その中に、俺たちが飛び込んだところで勝ちの目はない。いくらウィリアムが強くなったと言っても、まだ十五歳の子供だ。経験が圧倒的に足りない。それは俺も同じことだ。
なんだかんだと強くなれるように言っていながらも、内心ウィリアムには出て行ってほしくない。できることなら、竜教団と関わってほしくない。
もし奴らを攻めなければならないとしても。今はまだその時じゃない。
「そういや兄ちゃん。今日はどこ行くんだ?」
「ああ。武器屋だよ」
「え?」
「ウィル、この前の戦いの時に剣が折れちゃったんだろ? だから、代替品を買いに行くんだ」
「……おいら……」
「……大事な剣だったんだろ? でもいつかそれも治そう。腕のいい鍛冶屋が見つかったら、一緒に行こう」
「……帝都には、いないのかい?」
「すぐれた武器とかは流通してるけど……職人はいないな。いたとしても、あまりいい品じゃなかったりする。俺も色々試行錯誤してるからな、武器に関しては。結局いいのが無くて、自分で作っちゃったけど」
「作ったって……あの投げナイフのこと? あれ手作りだったのか?」
「ああ」
「器用だなあ、兄ちゃん。おいらは真似できねえや」
「まあ、『刺さればいい』だけの武器だしな。作るのはさほど難しくなかったよ。……っと、ここだな」
目の前には、二階建ての大きな建物。石煉瓦で作られた外壁と、綺麗に掃除された店周り。客への心遣いを感じながら、俺とウィリアムは木製のドアを開ける。
中に入ると、少し薄暗くはあったものの、見やすいように商品を陳列しているのが見て取れる。奥のカウンターには、顔に傷のある厳つい男性が新聞を読んでいる姿が見える。煙草をくわえながら難しそうな顔をしている男性はこちらに気付くと煙草を灰皿に押し付け、新聞を畳む。
「……いらっしゃい」
「片手剣を見たいんだけど」
俺がそう言うと、店主は親指を立てて階段を指さす。
「二階の一番奥だよ」
「ありがとう」
促されるまま俺たちは階段を上がり、一番奥を目指す。
「……あのおっさん、態度悪くねえ?」
「まあな。でも意外とおちゃめな所もあるんだぜ?」
「えー? 例えば?」
「あの顔の傷あるだろ? アレ、奥さんとの夫婦喧嘩が白熱しちゃって、包丁で切られたんだってさ」
「それおちゃめとかじゃなくねえ? 普通に事件だよな?」
「それ以来奥さんには頭が上がらないらしい」
「あの顔で尻に敷かれてんのかよ……」
「でも夜は逆転するって言ってたぞ」
「聞きたくなかったよそんな話!!!」
ウィルがなぜかげんなりしながら俯いたのを横目に、俺はお目当ての棚にたどり着く。
様々な片手剣がきれいに陳列されており、そのどれもが刀身から光を反射させて輝いていた。外からのわずかな光に反射するように陳列しているらしく、全く商売がうまいなと本気で感心する。
多少の暗がりで全貌が見え難く、その中でわずかな光で良い部分だけを映し出す演出だな、と感じた。
「おお、なんかどれもすごそうだな……」
そしてウィリアムはまんまとその手法に騙されているらしい。
「まあ決める前に、ちゃんと明るいところで確認しような」
そう言って、俺はランプに火を灯す。
「あー。……明るいとそうでもないのな。微妙に刃こぼれしてるやつもあるや」
「まあ、そんなもんだ。ジャン曰く、暗いところで女に惚れるな、ってことだ」
「……なんだそれ」
「さあ。暗いとよく見えないから、勝手に美人だと思い込んじまうとかなんとか言ってたけど……武器も同じだ。明るいところでちゃんと確認した方がいい」
「武器も女も一緒ってことかい?」
「ん? ……まあ、そうなんじゃないか? 金と手間をかければかけた分だけ、得るものがあるって言ってたし。武器もまあ……一緒だろ」
適当なことを言ってしまった。
正直ジャンのように女遊びなどしたことないから一緒かどうかは全く知らないが。というか物と人間を一緒にするのはどうかとも思う。
が、経験のない俺がどうこう意見を述べてもそれは全く意味のないことなのでそういうことにしておく。
「ウィルが使ってたのは直剣だったよな」
「うん。ただ、正直抜剣術使うなら曲刀系の方がいいんだよな」
「あー。それは俺も思ってた。直剣だとどうしても無理のかかる動きになるからな」
「それが武器にとって負荷になってたのかもなあ……」
「じゃあ、今回は曲刀買うのか?」
「うーん……どうすっかな……」
悩みながら次々といろんな剣を物色するウィル。何度か手に取ったり、軽く振ったりしながら武器を選んでいく。
「さてと、俺は……ん?」
ウィルと離れ、俺はダガーが陳列してある棚を見ていたのだが、その中で一つだけ気になる物を見つけた。
短剣に分類するには随分と幅が広い。指三~四本分くらいはあるんじゃないだろうか。前腕くらいの長さで、剣身には溝が彫られている。剣先に行くにつれて細くなっていき、綺麗な二等辺三角形をした、両刃の刀身だ。
手に取ってみると、結構重い。ずっしりとした感覚が、頼りになるとさえ感じる。
(……これくらいの重量なら、今持ってるダガーよりも威力は高そうだな。少し重いけど、片手で取り回すには十分だ……)
在庫はさほど多くない。
「兄ちゃん、いいのあったかい?」
「ああ、気になる物が。そっちは?」
「おいらは結局サーベルにしたよ。軍の正式採用の物ではないけど、見たところそこまで劣ってるわけでもないみたいだし」
「そうか。こっちはなんだか見慣れない武器なんだよ」
「どれどれ? あー、チンクエディアか。いいんじゃない?」
「そういう名前なのか」
「ああ。っていうか、それこの前『ヘンリーの冒険』に出てたぜ。五巻だったかな」
「マジか」
「丈夫だし、受け流しにも使えるってさ。ヘンリーが死んだ兵士からもぎ取って使ってたよ」
話を聞く限りあまりいいイメージを持てないんだが……。
しかし丈夫であることには違いないだろう。受け流しに使えるというのも頷ける。
「うーん、ガルドが使ってるような両手斧が相手だと、今までのダガーじゃ折れる心配があったけど……これなら大丈夫かな?」
「まあ、受け流すくらいなら耐えられるんじゃない? さすがに正面から受け止めるのはきつそうだけど」
「十分だ。そっちのサーベルは……お、これ見たことあるぞ。たしか数年前に軍で正式採用するかしないかで色々揉めてた奴だ」
「あ、そうなんだ?」
「今軍で使ってるものと遜色ない性能だよ。ただ、大量生産するのに向いてなかったってだけだ」
「そうなの?」
「なんでもウィリアムが今持ってるやつはワッツって職人が鍛えた物なんだけど……刀身の反りとか長さとか、かなり綿密に計算されてるものらしくて、その人しか作れなかったんだと」
「……あれ、割と名剣なんじゃないのそれ?」
「まあ、ワッツは変人だったらしくてな。依頼されて剣を作って、その休憩でも趣味で剣を作ってるような人だから」
「なるほど。その暇つぶしの産物ってわけだ」
「そんなとこ。でも下手したら軍用サーベルよりもいいものだぞ、それ」
そんなことをお互いに話し合っていた時、ふいに階段から足音が聞こえてくる。
一段、また一段と床板の軋む音が鳴り、俺はそちらを振り向く。
階段から上ってきたのは、一人の青年だった。青を基調として白や金で装飾された鎧を身にまとった青年。顔立ちは優しそうな、しかしその体つきを見れば鍛え抜かれているのは容易に見て取れた。
そして何より、俺はその青年に見覚えがあった。
レリィがトラウマを再発させたきっかけを作った、あの冒険者風の男だった。
「……? おや、あなたは……」
「……こんにちは」
「奇遇ですね、ソルさん。まさかこんなところでお会いできるとは」
随分と親しげに話しかけてくる彼に、俺は少し眉根を寄せる。そんなフランクに話しかけるような間柄ではないと思うのだが。そもそも、俺はこの青年には名前を告げていない。
「……? ああ、これは失礼しました。こちらはジャンさんからあなたのことを聞いていましたが……実質まともにお話するのはこれが初めてでしたね」
そういうと彼は俺に右手を差し出す。
驚いて半歩下がってしまったが、彼は気にせず話し出す。
「改めまして自己紹介を。本日付で、太陽のギルド専属の傭兵団に入ることになりました、ハイネ・ライトロードです。以後、お見知りおきを」
「あ……え?」
ギルドの、専属の傭兵団だって?
そんな話は俺は聞いていない。俺はつい視線をウィルに向けるが、彼も首を振る。どうやらウィルも知らないらしい。
「えっと……初耳なんだけど」
「? そうなんですか? おかしいな、ジャンさんはガルドさんを傭兵団のリーダーに、と言っていたのですが」
「……ガルドがリーダーなんだ?」
「ええ。単純に戦闘に関して一番信頼がおけるから、と。ジャンさんが」
なるほど。確かにガルドなら誰にも引けは取らないだろう。それこそ、不意打ちや暗殺等でなければ不覚はとらないに違いない。
戦闘能力を見るなら、俺よりも確かに彼の方が適任だ。そしてそれを知っているってことは、多分ジャンから聞いてないと知らないはずだし。一応、信用はできるのかもしれない。
俺は警戒を解いて、ハイネに同じように右手を差し出す。
「……ソルだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「ただその……なんだ、傭兵云々の話は、帰ってからちょっと確認しないとわからないから、まあ……あれだ。後日、よろしく」
「兄ちゃん何どもってんだよ……?」
ウィリアムに突っ込まれながら、冷や汗を少し流して話す俺だったが、やはり知らない人間と話すのは慣れない。隣にはレリィもいないし、イマイチ落ち着かない。
「君のことも聞いているよ、ウィリアム・テイラー。ガルドさんが、傭兵団で一番期待していると言っていたよ」
「……へ?」
突然そんなことを言われて少し面食らうウィル。
「今はまだ小さいけど……もっと大きくなれば、ソルさんよりも。それから、ガルドさんでさえ追い越すんじゃないかって。そう言っていたよ」
「が、ガルドのおっちゃんが?」
急にだらしなく笑いながら頭を掻くウィル。
確かに、ウィルの成長の早さは目を見張るものがある。しかし、ガルドはその先を見据えているみたいだった。多分、ウィルの中に何かを見出したんだろう。
この調子なら、近いうちに。
彼が探っていた。彼の敵である、『竜教団』について、教えることになるかもしれないな。
「お二人は武器の購入ですか?」
「あ、ああ。まあな」
「ほう……短剣ですか。そっちはサーベル……」
「……ハイネは?」
「む? 僕ですか? 僕は片手剣と盾ですね」
なかなかスタンダードだな、なんて感想を抱く。片手剣は一般的には盾と併用するものだ。ウィルみたいに片手剣だけ、という戦闘スタイルはむしろ珍しい。まあ彼の場合は盾があると抜剣の邪魔になる、という理由だろうが。
「俺たちはこれ買ったら帰るよ。ハイネはどうするんだ?」
「僕も色々と準備がありますので。同じく、適当に切り上げて帰りますよ。ギルドの方には、また後で顔を出すことになると思います」
「そうか。じゃあ、またあとで。楽しみにしてるよ」
「ええ、こちらこそ」
「傭兵団か……驚いたな。というか、ジャンの奴も言ってくれればいいのに」
「ぐふふ、兄ちゃん聞いたか? おいらもっと強くなれるってさ! 兄ちゃんより、ガルドのおっちゃんより!」
「……それはこれから頑張り続けたら、の話だろ? 今はまだ俺に勝てないんだから、あんまり調子に乗らないように」
「なんだよ、いいじゃんか。たまにはさ」
「……まあ、お前が強くなるって言うのには、俺も同じ意見だけどな」
「んふ、んふふふふ……」
それぞれの武器を購入して、俺たちは家路につく。
傭兵団、か。
確かに、困ってる人を助けるギルドという名目なら、いずれ荒事も任されることも増えるだろう。ガルド、俺、ウィル、おまけにセシールも戦闘要員に加えたとして、まともに戦えそうなのはこれだけしかいない。そう考えると、傭兵団を結成して荒事を任せる、と言うのも頷ける判断だった。
「一言くらい、声をかけて欲しかったけどな」
ぼそりとそうつぶやいて、俺たちは来た時と同じようにおしゃべりしながら帰った。




