酒場にて
酒場にて
俺は子供たちが寝静まった後、ガルド、セシール、ジャンと共にジョルジュの酒場を訪れていた。夕方に言っていた、死神からの依頼について、落ち着いて話を聞かなければならなかったからだ。
「ッぷはあぁ~ッ! たまんねえなあ!」
「……相変わらず気持ち悪いもん飲んでるのな、お前」
「ホント、何がおいしいのよそれ」
うまそうに蜂蜜酒(ほぼ蜂蜜だが)を飲み干し、盛大に息を吐き出すジャンを見ながら、俺とセシールは冷ややかな視線を送る。と言うのも、ジャンに勧められて先日これを飲んだセシールが大暴れするといった一件があった。それに俺も昔この粘液じみた酒が気管に入って死ぬ思いをしたことがある。
そもそも、ジョルジュが言うにはコレは別の酒や果実ジュースなどと割って飲むものらしいのだが、このバンダナ男は味覚がおかしくなったようにこいつを原液で飲んでいる。
いつか体を壊すんじゃないかな、こいつ。
「しかし、記憶喪失ねえ。無茶し過ぎなんじゃないのか、お前ら?」
「ソルの無茶はいつものことでしょ。あ、ジョルジュ。今日はピーチの奴でお願い」
「いつもじゃ困るんですがねえ……」
ジョルジュの言葉にセシールとガルドが呆れ気味に返答し、俺は少し口を曲げる。
「……悪かったよ、迷惑ばっかり掛けてさ。で? あいつからの依頼って何なんだよ」
「ああ。その前によ、ソル。魔導書って何かわかるか?」
「ああ? なんだよジャン、バカにしてるのか?」
「いやいや、そういうわけじゃねえが、一応確認だよ」
俺は面倒くさいと思いながらため息を吐き、魔導書についての一通りの知識を話す。
「魔導書って言うのは、その名の通り『魔を導く書物』。厳密に言うと、特定の魔法に関してのみ突き詰めて記述されている書物の総称だ。……最近になって作られている魔法の基礎を記した物……まあ『指南書』なんて呼ぶ奴もいるみたいだけど、そういうのとは別物で、そのほとんどが高位の魔法について記載されている……こんな感じだっけ?」
「まあ、概ねそんな感じだ」
ジャンはニヤついた表情を戻すと、目を閉じる。
「……二日前だ。帝都の禁書庫から、一つの魔導書が盗まれた」
「……禁書庫って言うと、城の中にあるっていう奴か?」
「そう。んで、その盗られた禁書ってのが依頼主曰く激ヤバらしい」
「……どうヤバいんだ?」
「なんでも、発動に大量の人間の魂を消費するらしい。それこそ、帝都の人間が根こそぎ死ぬくらいの代償なんだと」
そう言って、ジャンは二杯目の蜂蜜を飲み干す。
「帝都の人間が……!?」
「いや、俺も耳を疑ったよ。そんなことができるのかってね」
「……禁呪、ね。それ、かなり高位のものね。というより、それほどの代償が必要な魔法なんて……大分限られてくるわよ?」
セシールがジョルジュから受け取った桃色の酒を受け取ると、ちびりと飲みながらそんなことを言う。
「ん? おい、セシール。お前心当たりあんのか?」
「心当たりって言うか……帝都の人口がおよそ……何人?」
「正確じゃねえが……おそらく千万人はいるだろうな」
ジャンがこめかみを指で叩きながらセシールに応答すると、彼女は得心がいったという風に頷く。
「そ。それほどの代償が必要な禁呪なら……良くて地殻変動や天災絡み。最悪、神格の召喚……とかもあり得るわね」
そう言い放つセシールに俺は目を剥く。
神格の召喚だって? それって、つまり。
「……神様を呼び出すってことか?」
「可能性の話よ、あくまで。それに千万人程度なら、低級の神格しか呼べないわよ、多分」
こともなげにそう告げる彼女に、ジャンが突っかかる。
「……ちょっと待てセシール。お前、なんでそんなに禁呪について詳しい?」
「別に。故郷の爺様がやたらと詳しかっただけよ。ここ数百年みたいに、禁呪だの魔女だの騒がれてない時代を生きてた人だから、それくらい知っててもおかしくないんじゃないの?」
「……マジかよ。やっぱエルフは違えわ」
そんなことを若干おどけたように言って見せたジャンだったけど、内心相当びっくりしてるらしい。
それもそうだ。禁呪という名称は俺たちが生まれてくるころにはすでに存在していて、言ってみれば当たり前の存在。書物によれば、およそ千年近く前に制定されたものだ。
強力すぎる魔法を、自然の摂理に反する魔法を、道徳に反する魔法を。それらを禁呪認定することで魔法による世界滅亡を回避した、なんていう伝承がある。
俺やジャンが持ってるのは、そんな逸話が残っていたな、程度の知識だ。
その時代のナマの話をお爺ちゃんにしてもらうって、すごいことだなと思いつつ、俺は苦笑いする。
「ところで、神様って実在してるのか?」
「……はい?」
「いや、俺は見たことないからさ。てっきりいないもんだと思ってたけど……その口ぶりだと、実在するってことでいいのか?」
セシールは口をパクパクさせながら俺のことを目を見開きながら見ている。
「あんた……神様信じてなかったの?」
「ごめん、全く」
「……旦那、よくそれで教会に顔を出せたもんですね」
「あ、やっぱまずかったかな?」
俺としては、魔法でも奇跡の力でも神様の力でもなんでもいいから、とりあえず治療してくれる『教会』という施設を利用していた。が、本来あそこは神様に祈りをささげる場所だ。神様を信じてない人間はやっぱり利用しない方がいいのだろうか。
「いや、私だって神様は見たことないけど……それでも神様の存在は信じてたわよ?」
「へえ。まあ、いてもいなくてもいいや。とりあえず、今の問題としては、その禁呪がとんでもないもんだってことだよな? ジャン、どこか心当たりとかないのか?」
「んー。ねえな」
悩む素振りすら見せずにジャンは断言する。そんな様子に俺はただただ肩を落とす。
「おいおい、少しは考えてくれよ」
「バカ野郎。情報が少なすぎる上に、帝都近辺で身を隠せそうな場所なんて腐るほどあるぞ。帝都からそう離れていないとはいえ、それがどの程度の距離なのかまでは分からないから、どこから探していいのかわからん」
「ん、それもそうか……」
「旧監視塔や、無人になった廃村、魔物がいる洞窟、墓地に下水と怪しそうなところは盛りだくさんだ。その中からそれだけの情報でどうこう判断するってのは正直危険だ。それに情報収集で片っ端からあたったとして、万が一アタリを引いちまったら対応できない。返り討ちに遭う。こればっかりは、手あたり次第ってわけにはいかねえよ」
ジャンはジョルジュにグラスを差し出すと、そこに蜂蜜酒が注がれる。満足そうに目を細めると、今度はそれを舐めるようにちびちびと味わっている。
「……仮にその魔導書を見つけたとして、だ」
ガルドが前置きをしてから口を開く。
「依頼主としてはその魔導書をどうしてほしいんだ? 取り返してほしいのか、盗んだ奴を始末してほしいのか。もしくは、その魔導書を処分してほしいのか。そのあたりが見えてこないんだが?」
「おー。そういや言ってなかったな。目的は奪還だ。逃亡者の生死は問わない、だってさ。ま、殺さなくてもいいらしい」
「そうか」
それだけ確認すると、ガルドもグラスに口をつける。よく見ると、今まで一口も飲んでいなかったらしく、全然減っていなかった。
「こうやって集まって飲むのは……三ヵ月ぶりくらいか?」
俺はふっと思ったままに口を動かす。セシールはそれを聞いて、少し考えてから、
「そうね。まああの時もウィリアムがこの酒場に殴り込んできたところだったから、あんまりゆっくりできなかったけど」
「あー。そんなこともあったな。ソル、今アイツは家ではどんな感じなんだ?」
「今ではすっかりいい子だよ。なんだかんだで子供たちの中では年長の部類だし。アニスは……まだみんなになじめてないみたいだけど、あの子もきっと年下の子達の面倒見はいいと思う」
「アニス……あの子か。結構かわいい子だよなあ。年もお前と一番近いんじゃねえ?」
「ウィリアムから聞いた話だと、十七歳らしいぞ」
「ほほう……なるほど道理で……」
ニヤッと嫌らしい笑顔を浮かべるジャンに、俺は少し顔をしかめる。
「何が道理で、なんだ?」
「いい体してると思ったよ。しかも見たところまだまだ成長途上だな、ありゃ。もう二~三年すれば、すげえいい女になるぜ?」
「……エロオヤジ」
「へへへ、同い年のソルさんには言われたくねえなあ?」
ニヤついたジャンがそのまま蜂蜜酒に口をつけた時、その脇腹にセシールの拳が叩きこまれる。ジャンはむせ返り、鼻から蜂蜜を流しながら咳き込む。
「がほっ、がはっ、ヒュー、ヒュー、せ、セシールてめえ……ゴッホ、ゲッホ!」
「言っとくけどあの子たちはソルの家族よ。もっと言えば私たちみんなの家族なの。……妙な真似したらぶっ殺すわよ」
氷のように凍てついた瞳でジャンを睨み付けるセシールに、俺まで震えあがる。
ジャンはと言うとそれどころじゃないらしく、気管に入った蜂蜜と悪戦苦闘している。
「おえッ、ごっほ、げっほ、はあ……ああ、何とか落ち着いゲッホ!」
「大丈夫かジャン?」
「ソル、悪いな、背中さすってもらって……」
「いや、それのつらさは俺がよく知ってるからな」
そんなことをしながら、夜は更けていく。依頼の話が進展しない以上、こちらからも動きようがない。引き続き情報収集しつつ、戦力を整えるという方向で話が固まった。
そのあとは当り障りのない話をした。皆の家での様子とか、そんな感じの話だ。
セシールがやたらとレリィとウルのことを聞きたがっていることがなんか少し嫌だったけど、後はいたって楽しい時間を過ごした。




