新たな道
新たな道
「……で、どういう話なのか、順を追って説明してくれよ」
俺はそう言ってジャンに先を促す。
場所は相変わらず食堂。時刻は夕食時だ。ガルドも今日は早めに仕事から帰ってきていて、全員が食卓を囲んでいた。
「……あの、ソル様。この方は?」
アニスが恐る恐るといった風に俺に尋ねる。
「ああ、いつも世話になってる……情報屋だよ」
「ついでに言うと、今後はお前ら専属の情報屋になる予定だがな」
「どういうことだ?」
ジャンはニヤッと笑う。肘をテーブルに着きながらこちらに身を乗り出すと話し出す。
「ああ。セシールもそうだが……まあ、ジョルジュの奴もだけど。俺たちはこれからお前らの活動に加わる」
「……今までだって十分助けてくれてただろ? 急にどうしたんだ?」
「あー……言い方が悪かったな。正確には、お前の傘下に入るって感じだよ」
「……まだよくわかんねえな。今までと何か変わるのか?」
ジャンやセシール、ジョルジュが俺の下につくって意味だろうけど、それがどんな意味を持つのかまだよくわからない。というより、下につく理由がわからない。
「……資金不足」
ぽつりとジャンがそうつぶやき、俺は一瞬目を見開く。
「今お前が直面してる問題だろ? それを解消するために、まあ色々考えてきたってことだ」
「……どうやって知った?」
資金不足の話はガルドにしかしていない。そしてガルドは絶対に秘密は漏らさない。
今一緒に生活している家族に余計な不安を抱かせないようにという意味もあるし、そのことを気にして家を出ていくと言い出す子もいそうだったから、このことは秘密にしていたのに。
ガルドと色々相談しながら、少しずつ稼ぐしかないという結論に落ち着いていたが、どうあがいても支出は収入より多かった。今までの貯蓄が多少なりともあるとは言え、このままでは奴隷を買う金が捻出できない状態だった。
「おいおい、俺に知らないことはないぜ? ちょっと調べて計算しただけさ」
「……兄ちゃん、本当なのか? 今の話」
ウィリアムは静かに俺に尋ね、俺はゆっくりと頷く。
「どうして、言ってくれなかったんですか?」
「……レリィやみんなに、余計な不安を与えないためだ」
「……水臭いわね」
レリィとウルに責めるような視線を向けられ、俺は少しだけ俯く。
「……私たち、そんなに頼りにならないですか?」
「そうじゃない。ただ、今の話が知られたら、みんなそれぞれ働こうとするだろう? 俺の見てないところで何かあったらと思ったら……な。どうしても言い出せなかった」
「……ちぇ、子ども扱いすんなよな。おいらたちだって、自分でやれることは自分でやるよ。ここにいる連中は、そのくらいの覚悟はできてるっての」
「……悪かった」
「……ありゃりゃ? コレ、言わない方がよかったか、もしかして?」
ジャンがばつの悪そうな顔をしながら苦笑いする。
少しばかりの沈黙が流れ、各人がそれぞれ思案顔だった。が、それはセシールの場違いな明るい声によって崩される。
「はいはーい、みんなやる気があるってことがわかったところで、ジャンから提案がありまーすよっと」
「ちょ、セシールお前空気読めって! ちょっと重い感じだっただろ?」
「なによ。別にどっちも悪くないんだから、重くなる必要なんてどこにもないでしょ? ほら、さっさと言う!」
「……ホンット、自由人だよなぁ……まあいいか」
セシールに肘で小突かれながら、ジャンは手をぱんぱんと叩き大きな声で「ちゅうも~く」と言う。
「喧嘩は後な。今はさっき言った、その資金不足を解消する話が先だからな」
「……それで、どんな話なんだ?」
「ああ。俺の情報屋としての稼ぎ、セシールの服屋、ジョルジュの酒場。それらの収益を、一括してお前と共有しようと思う」
「……は?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
何を言っているんだ? それをやることに、ジャン達に一体何のメリットがあるっていうんだ?
あるいは、収益を渡して、見返りに何かを求めるつもりなのだろうか?
「お前はそれらの収益を利用して、ここにいる皆を養い、余った分は奴隷解放のための資金に充てる。どうだ?」
「どうだって……そこまで迷惑はかけられないだろ。いくら親友だからって、お前らから金は借りられない」
「違う違う。勘違いだよそりゃ。貸すわけじゃねえ、共有するのさ」
思わず顔が曇る。
どう違うって言うんだ? だって、そんなことをしてもみんなに一つも得なんてないじゃないか。
「で、こっからが一番大事な話な」
「……まだあんの?」
「ああ。お前らには、ギルドを運営してもらおうと思う」
「……何の?」
「人助けさ」
ジャンは笑うと立ち上がる。
「お前の夢を、そのままビジネスにしちまおうってわけだ。人助けする仕事を探してみたが、意外と幅が狭い。冒険者ギルドなら、やっぱ魔物退治やならず者の撃退くらいしかないが……それ以外にも困ってる人間ってのはいるもんだ。薪割りを手伝ってほしいだとか、迷子のペットを探してほしいとか……くっだらねえことでも、本人にとっては真剣な悩みだってある。そういった、困ってる人たちを助けるための何でも屋みたいなのを、俺たちでやろうぜってことだ。簡単なことであれば、ここにいる子供たちに手伝ってもらうこともできるだろうしな」
あまりに馬鹿げた話に驚いた。
何を言い出すかと思えば。
「……そもそも、俺の目的は奴隷解放であって人助けじゃないぞ」
「何言ってんだよ、こんなに小さい子たちを散々救い散らかしておいて、今更人助けは嫌いですなんて信じられねえぜ?」
「いや……」
救い散らかすって何だよ……?
俺の疑問など無視して、ジャンは大げさに立ち上がって続ける。
「俺はお前のこと、いいやつだと思ってる。というより、お前にしかできない仕事だと思ってるんだ。自分の危険を顧みず、これだけの人間を助けることができる奴なんて、俺はお前しか知らん。お前以外には、できないことなんだよ」
「勘違いしてるみたいだけど。……俺は、そんな聖人じゃあない」
そう。決して俺は正しい人間ではない。いい人間では、断じてない。
奴隷だったから、なんて理由では済まされないようなことを俺はやってきた。たくさんの人間を殺したし、盗みも働いた。やってきたことは、人の迷惑になるようなことばかり。自身が生きているだけで、他人に迷惑をかけ続けるような、そんな人生だった。
「……俺は、人間の本質は『悪』だと思ってる」
「……何を」
「いいから聞け、ソル。……まったくの善性なんて存在しない。どんなに善性に見える行動だろうと、その裏には必ず思惑がある。人間って言うのはそういうもんだ」
そんな言葉に、この場にいる誰もが黙る。ジャンの話の先を促すように。
「じゃあ善性に近づくにはどうするか。俺は、悪と接し、時には悪を実践し、自身を省み続け、改めることができる奴こそが、善だと思う」
「……」
「お前は散々悪事を働いた。そしてそれを、きちんと悪いことだと認識し、必要に迫られなければそれを二度とやろうとはしないだろう? それに、お前自身もたくさんの悪に触れつづけた。……悪夢を毎夜見るくらいにな。だから今、お前はそんな思いを誰にもさせたくない、誰にもしてほしくないという想いをもって、今の活動をしている。……これが善じゃなくてなんだって話だ」
「……それは今だけを見た話だろ。俺は……」
「あの!」
レリィの声に、自然と全員の視線が集まる。
「その、善とか悪とか、難しいことは分からないですけど……要するに、そのギルドをやれば、私たちの資金不足の問題は解決できるんですよね?」
ジャンは少しばかり優しげな笑顔を作る。
「ああ。少なくとも、現状よりはマシになる」
「じゃあ、やりましょうソルさん」
レリィは俺の目を見てそう言う。
「いや、でも……」
「……悪い人だから良いことしちゃいけないなんて決まりはないです。そもそも、ソルさんは悪い人なんかじゃありませんよ。ここにいる皆が保障します」
俺は周りを見回す。
全員が、力強い視線を俺に向けてくれた。
「……私みたいなクソガキを改心させるくらいなんだから、人助けなんて簡単でしょ? 大丈夫よ、やりましょう。みんなついていくわ」
「言葉が汚ねえぞ、ウル。まあ、それを言えばおいらだって、兄ちゃんに助けてもらってるしな。正直、あの時いっぱいいっぱいだった。気持ちに余裕がなかったよ。頼っちゃいけないって、変に意地張ってたおいらを、兄ちゃんは助けてくれた。だから、なんでもするぜ、おいらは」
「私たちも、同じです。危険を顧みずに、見返りを求めずに、ただ助けようという気持ちだけで駆けつけてくださったこと……感謝しています。いいえ、そんな言葉だけでは、とても言い表せません」
「旦那が何を迷っているのかは大体察してますが……大丈夫です。俺たちがいます」
「何があっても、何をしてても、私が……ううん、私たちがついてます」
みんな……。
あ、やばい。
「お……ぉふ……」
「ちょ、何泣いてんのアンタ!?」
セシールがハンカチを取り出して俺の目元を拭う。
「あぅ、いや、違って、これはその、……う、嬉しくて……」
「はあ……感極まって泣いちゃったってこと? ……締まらないわねえ、アンタ」
自分のことを、誰よりも俺が嫌いだった。
自分で自分を殺したいほどに自分が嫌いだった。
他人を嫌いながら、それ以上に自分自身を憎んだ。
存在価値の無い自分を、奮い立たせるための、そのための生きる目標だった。
奴隷解放なんていう、夢みたいなことを謳って、自分を奮い立たせていただけだった。
ちっぽけだった。
なのに、こんなに俺のことを慕ってくれて。
こんなに俺のことを想ってくれて。
しばし泣き、少しばかり腫れぼったく感じる目をみんなに向ける。
「……ありがとう、みんな。……そんな言葉しか、思い浮かばないけど……信じてくれてありがとう。想ってくれて。支えてくれて……ありがとう」
俺は首を掻きながら笑顔を浮かべる。
子供たちは少しばかりぽかんとしていたが、ガルド、セシール、ジャンは、薄く微笑んでいる。
「色々、考えなきゃいけないこともあるけど……みんなの気持ちは伝わった。やろうか、そのギルドを!」
「にひっ、その笑顔! やっと兄ちゃんらしくなったな! よし、やろう!」
「ええ、そうね。後ろ暗い過去を持つ人間が集う、世界せいふ……もとい世界平和を目指すギルドを……!」
「ウル、目的変わってない……?」
俺の涙からおかしな雰囲気になりかけたが、みんなで新しい未来へ向かって、わいのわいのと話し出す。
どんな依頼が来るのか、とか。こんな依頼が来たらどうしよう、とか。
終始、笑顔の絶えないままで。
「あ、みなさん、そういえば名前! どうされるのですか?」
アニスが大きめの声でそんな疑問を口にする。
「んー? 人助けギルド……じゃあ、ちょっとカッコ悪いか」
「必殺ギルドでいいんじゃないかしら」
「お前は何と戦ってるんだ……?」
「あ、それなら私、提案あります!」
うだうだ話していると、レリィがそう言って立ち上がる。
「ソルさんがリーダーだから、『太陽のギルド』なんて、どうですか?」
「なるほど、兄ちゃんの『ソル』って名前。そういや太陽って意味だったっけ。いいじゃんか!」
「まあ、私よりはいいネーミングね。さすがはレリィだわ」
「……ウル様、自覚はあったんですね……」
みんながそう言う中、俺はちょっと抵抗があった。
「じ、自分の名前が元になるのはちょっと恥ずかしいな……」
「ふっ、いいじゃありませんか、旦那。初心を忘れるな、という戒めも込めておけば」
確かに。最初は、奴隷たちの未来を照らす、太陽みたいになりたいと思って、この名前を使うことにしたんだ。けど。
「うう、そうは言ってもやっぱ恥ずかしいなあ……」
再び盛り上がる子供たちを前に照れていた俺だが、その隅でジャンがぼやいていたのが耳に入る。
「はは、まさかレリィちゃんに先にそれ言われるとはなあ……」
文句を言いながらも、セシールと顔を合わせて笑いあうジャン。
みんながここまで手伝って……いや。
こんなに助けてくれるなら、これ以上に心強いことはない。
やってやる。
俺はみんなの笑顔を見ながら、そんなことを考えていたのだった。




