依頼(上)
依頼(上)
俺が記憶を失ってから三週間。帝都には雪が降り、家の周りの地面を真っ白に染める。太陽の光が目に痛いほどに反射し、夏よりもずっと明るい。
中庭に出ないと見られないような、美しく輝く白銀の世界の中、三つの影が中庭で動き回る。
「どーだーウィリアム! メリーの雪人形すごいでしょう!」
「何言ってんだよ、おいらの作った奴の方がデカいぜ!」
「……メリーの方が精巧ですよ、ウィリアムさん」
「なにぃ!?」
小さいメリーの雪遊びに付き合って一緒に雪人形を作っているウィリアム。ホッドに正直な意見を言われ、少しへそを曲げているようだけど、俄然やる気を出して雪人形を作り始める。
一つ、家族の親睦を深めるべく、俺は彼らに歩み寄る。
「お、人形作りか。そういうのなら俺も自信あるぜ」
「ソルさんは完治するまで動いちゃだめです」
後ろから服を掴まれ、俺はレリィに制止させられる。
「……も、もう動いても大丈夫だし……ちょっとくらい……」
「だめですよ。下手に動いて治りが遅くなったら困ります。それとも、私たちを困らせたいんですか?」
「……う~……」
それはそうなんだけど。
ここ三週間、ほとんどが部屋に閉じこもりきり、運動も駄目、特訓なんてもってのほかだとみんなに言われ、おとなしくしていたのだが。
あまりにも体を動かしていなかったので、すっかりなまってしまった。リハビリも兼ねて、少しだけ体を動かそうとこっそり中庭に出たはずなのに、いつの間にかレリィに気付かれていたようだ。
「レリィ、頼む。このままだと俺、どうにかなりそうなんだ。少しくらい、運動させてくれないか……?」
「まだ駄目ですよ。大分良くなってる時こそ、油断しないで安静にしてないといけないんですから」
「……いやだ」
「え?」
レリィが目を丸くしながら俺を見上げる。
俺は彼女の制止を振り切って、雪野原へと駆け出す。
「俺も遊びたいんだあ!」
「え、ええ!?」
「行くぞウィリアム! 雪合戦だ!」
「おお! 兄ちゃんもついに復活か! いいぜ、やろう!」
「あ、僕はいいです」
「そうは行かないぞホッド! 俺はずっとお前たちと遊びたいと思いながら部屋の中で悶々としてたんだ! 今日くらい付き合え!」
「えぇ~……」
「メリーも! メリーもぉ!」
後ろの方でレリィが何か言っていたような気がするが聞こえない。
うん、聞こえない。たぶん聞こえない。
俺は久々に運動できるという喜びに満面の笑顔を浮かべながら、ウィリアムたちと雪合戦を堪能した。
あとでしこたま怒られるかもしれないけど。その時はその時だ!
~~~~~~~~~~
「まったくもう……まったくもう!」
「レリィ、少し落ち着いたら? 紅茶でも飲んで」
「むー……ありがとう」
食堂で先にくつろいでいたウル。どうやら読書をしていたらしい。
彼女から渡される紅茶に口をつけながら、私は不平不満を並べ立てる。
「もう、まだ安静にしてなきゃダメなのに。そもそも、意識がなくなるくらいの衝撃だったんだから、三週間で完治するわけないの! それなのにソルさんったら……心配で言ってるのに……もう!」
「まあまあ。ソルだって遊びたかったんじゃないの? 三週間も何もできなかったわけだし。それに毎日アニスに付きまとわれるのに、ちょっと疲れてたんじゃない?」
「でもソルさんまだ治ってないもん」
私は頬を膨らませながらウルを睨み付ける。
ソルさんは、驚くような速さで回復していった。
それが私やセシールさんの治癒魔法によるものなのか。それとも別の何かがあるのか。それは分からなかったけど、それでも異常だった。
通常、大きな衝撃によって大怪我を負って意識を失った人は、そのまま戻らない場合が多い。戻ることもあるけれど、それは極めて稀なことらしい。そして戻ったとしても、何かしらの後遺症が残ることもある。
その後遺症が、あの記憶障害なのかもしれないけど。だからこそ、ソルさんにこれ以上怪我をしてほしくなかった。
ソルさんは今回だけじゃなくて、ウルの時にも頭を強く打って意識を失っている。それも三週間目を覚まさなかった。
今回はそれ以上に強い衝撃を受けていた。なのに、こんなに回復が早いなんて。
いや、それ自体はいいことなんだろうけど。私もそれは嬉しいんだけど。
あの時の、黒い光が忘れられない。
ウルはあれをカルマって呼んでたけど。それが何なのか、詳しいことはウルも知らないらしい。
体に悪影響が出てなければいいんだけど。
「まあ、ソルはあれで子供っぽいからね。……子供らしい子供時代を送れなかったっていうのもあるんじゃないかしら」
ウルが残った紅茶を飲み干して、本をぱたりと閉じると立ち上がる。
「……でも……」
「あんまりソルを束縛しない方がいいわよ? じゃないと、嫌われちゃうかも」
「そ、それは嫌!」
「ふふ、冗談よ。そんなことであいつは家族を嫌ったりしないもの」
ウルはそういうとティーカップを片付け始める。
私はほんの少し冷めてしまった紅茶を口に含んで外を見る。
帝都には珍しく、積もるほどに雪が降った。例年、こんなことはないみたいで、非常に珍しいらしい。
私の故郷は帝都より少し北に位置していて、周りに山なんかも多かったから、何度も見たことのある景色だったけど、それでもまあ、雪が降ったらワクワクしないわけでもない。
窓の外にはきらめく銀世界。敷地内はすっかりウィリアムとメリーたちに踏み荒らされていたけど、それでもきれいだと思える光景が広がっている。
「……私だって、ソルさんが怪我してなければ一緒に遊びたいのに……」
やっぱり不平不満を呟いて、ため息を一つ吐き出す。
外はこれでもかというくらい晴れているというのに、私はどんよりとした嫉妬に近い感情を抱えたまま一人悶々としていた。
~~~~~~~~~~
「……足りねえよなあ、やっぱり」
倉庫のような家の奥で、バンダナを巻いた青年は帳簿のようなものを眺めながら頭を抱える。
「ていうか、そもそも奴隷を解放しようっていうのに、金を稼ぐ手段がなさすぎるんだよなあ、あいつら。ガルドのおっさんの城壁補強と、ソルの悪人暗殺ぐらいしか収入源なかったってのに。ソルの奴、もう人は殺したくないなんて言い出したし……仲間バシバシ増やしてるし……これじゃあ生活費稼ぐので手一杯だろうに」
ため息を吐きながら、青年は振り返る。
「アンタは、どうしたらいいと思う?」
その言葉を、俺はそのまま聞き流す。わざわざそんなことを聞きに来たわけではない。
「……自分で考えろってコトね。はいはい」
そうつぶやくと青年は立ち上がり、今度は別の手記を手に取り、それをぱらぱらと眺める。
「んー、稼ぎがいいのはやっぱり……暗殺だとか賞金首あたりか。でも結局それって殺しの仕事なんだよなあ。次点で稼げるのは娼館だけど……この辺は絶対首を縦には振らねえだろうなあ」
青年はガシガシと頭を掻きながら再び悩みだす。いつまでたっても聞きたい情報を話し出さない彼を前に、俺はしびれを切らして声をかける。
「なあ、どうなんだ」
「ちょっと待ってくれよ。こっちだって忙しいんだ。あれもこれもあいつらの面倒見ないといけないからな。……うーん、あるいは生活費を切り詰めるか……? いや、あいつら無駄遣いとかしてねえからなあ。無理だ。収入増やす以外に金貯める方法はねえ。となるとやっぱ……」
「……仕事ならあるぞ」
そう言った瞬間に、青年の目がギラリと光る。
「……へえ? 今じゃ軍人のアンタが、俺らに仕事をくれるってのかい?」
「いずれ街中に知れ渡ることだしな。俺が早めにお前らに情報提供すれば、その分稼げるチャンスがあんじゃねえか?」
青年はテーブルに肘をつきながらこちらに身を乗り出す。
「……で、見返りは何を要求するつもりなワケ?」
「さっきの情報だよ。それでチャラにしてくれ」
「……それは内容を聞いてからでもいいかねえ?」
強かな男だ。いや、疑り深いというべきか。情報屋としては必要なことなのかもしれんが、正直好きになれんな。
ため息を一つ吐いて、俺は話す。
「……魔導書が盗まれた」
「ほう。それで?」
「いわゆる古の……禁呪と呼ばれるものだ。それを王宮魔術師の一人が盗んで逃亡している」
「……それってやべえんじゃねえのかい?」
「そうだな。激ヤバだ」
俺がそういうと、青年は軽く噴き出す。
「どうした?」
「へへ、いやいや、激ヤバって……もっとお堅い人なのかと思ってたよ」
「俺も、情報屋ってえのはもっと礼儀正しいもんだと思ってたさ」
「へへへ……んで? そいつはどこに?」
「それは分からん。俺の部隊も動いてはいるが、動向は掴めてねえ。しかし、そう遠くにも行っていないはずだ。……人気のない、どこかに潜伏していると思う。ただ、魔法の性質からして帝都からそう離れてもいないはずだ」
「根拠は?」
ギラギラした視線をぶつけながら青年は問うてくる。
「別の魔術師から聞いたんだが、どうも発動に人の魂を使うらしい。それも大勢の。わざわざ帝都から離れる理由がねえ」
「なるほど。で、国としてはそいつに賞金を懸けるつもりなわけだな?」
「話では百万ゴールドほど」
目を見開きながら青年は一度俯く。
「……マジでやばいもんらしいな、その禁呪ってのは」
「死霊術みたいなちんけな禁呪じゃないらしいんでな。下手したら帝都が滅ぶ」
「……そんなもの、俺らでなんとかできるとでも思ってんのかアンタ? どう考えても軍隊で動いた方がいいじゃねえか」
「奴に太刀打ちできるとしたら……不意打ち、あるいは暗殺術しかない。大勢で動けば気取られる可能性がある。それに、正面からやり合えば俺でも苦戦するだろう。……魔法のエキスパート、専門家だ。物理防御も魔法防御も使える高位の魔術師、帝都で最強クラスの男だからな」
青年は頬杖をつくと、俺を睨み付ける。
「……それなら、アンタの方が適任なんじゃねえのかい?」
「それほど暇でもないんでな。今日もお忍びなんだ。部下の育成もしなきゃならん。それに、あまり表立って動ける隊じゃないんだよ」
「……そういえば、さっきも『俺の部隊』とか言ってたな。なんだ、アンタ隊長かなんかやってんのか?」
「そういうこと。だから、ソルに頼みたいんだ。国も助かるし、お前らの資金不足も解消できる。一石二鳥だろう?」
青年は頭を抱える。おそらく、どうやってソルを言いくるめたものか思案しているのだろう。しかしこの話は受けてもらわないと困る。ほかに何とかできそうな人間に、俺は心当たりがなかった。
「アイツは、もう殺しはしない」
「殺す必要はない。ただ禁呪だけ奪還してくれればいい。発動には、魔導書が欠かせないからな。それさえ奪えば、奴の目論見は崩せる」
「……まあ、伝えるだけ伝えるさ。情報提供ありがとさん。……んで、あいつについての情報だっけ?」
「詳細はいい。ただ、今どんな生活をしてるのかとか、困ってねえかなとか。そんなレベルの話でいい」
「……マジでそんなんでいいのかい?」
「それ以外は割と知ってるんでね」
にやりと笑ってみせると、青年は少しばかり訝しげに俺を睨み付ける。
「……アンタ、アイツとどういう関係なんだ?」
「それを聞きたいなら情報料とっちゃおっかな」
「チッ、食えねえなあオッサン。まあいいさ。話してやるよ、あいつのこと」
スラム街の隅っこで、二人の密談は続いた。こちらの情報がよほど効いていたのか、バンダナ男は思いのほかいろんなことを教えてくれた。
一通りきいて、俺は満足して男の家から出る。
満足すると同時に、俺は悩む。
このままでは、間違いなくソルは奴の思惑通りに行動してしまうだろう。そして、いずれ奴の物にされてしまう。
自分で何もできないことに歯噛みしながら、俺は服の上から左胸の烙印に触れる。
「……やるせねえなあ、マジで」
誰に聞かれることもないそんな呟きは、冬の空に消えていった。




