魔法
魔法
「久しぶり。……セシール・グラディウス」
「あんた……あの時の……!」
「そう怖い顔しないでよ。僕が何をしたっていうのさ? 今日は、ただ様子を見に来ただけだよ」
「何を……」
少年とも少女ともつかない、病気的に色白で、雪のように白い髪をもったその子供は、ゆったりと木々の間を移動する。しかし木の後ろを通り視界から消えた瞬間、背後から足音がした。慌てて後ろを確認すると、子供はいつの間にかブラッドの傍に現れていた。
そんなバカな。
「ブラッドもね。願ったんだよ。ソルやウル……彼らみたいに。願ったんだよ……強く、強くね」
「願ったって……」
何を、と聞こうとしたとき、子供が屈み、雪の中から指輪を拾い上げる。
するとそれを見てブラッドが笑顔になり、大切そうに頬ずりし始める。
その行為とその表情に、狂気すら感じる。
「残念ながらブラッドは、カルマを扱うにはちょっと脆かったみたいだ。すぐに心が壊れてしまって。……手駒としてはもう使い物にはならないと思っていたよ」
「……手駒って……じゃあ、アンタが村を襲わせたのね!? そいつを使って!」
怒りが湧きあがり、怒鳴りつける。しかし、その子供は首をゆるゆると振る。
「言っただろ? 使い物にならないって。僕の指示なんか一つも聞いちゃいないし、自分自身の願いも忘れちゃってるような子なんだ。だから悪いのは彼で、僕じゃない」
ニコリと子供が笑う。堂々とそう言った。
「彼女に会いたいって願いだったんだ。でも、彼は心のどこかで彼女が死んでいると考えていた。だから、与えられたカルマは『死者を蘇らせる』カルマだった。……皮肉なもんだね。彼女は生きているって言うのに」
子供はくつくつと笑いだす。
「彼は取りつかれているのさ。彼女に会うには、彼女を殺して蘇らせなきゃいけないって、思い込んでるのさ……くくく……」
狂ってる。
論理が破綻している。
そんなこと、認められるわけがない。
「……命に対する冒涜だわ、そんなの」
「そうだね、ブラッド君はひどい男だ。愛する人を殺して自分のものにしてしまおうなんて。ふふふ、実に人間らしい……狂った発想だ」
顔を覆い、ひとしきり笑う子供。漏れるような笑いが次第に大きくなり、大笑いしだしたかと思ったら、今度は真顔に戻り私の目を見つめる。
読めない。この子供の行動が。読めない。
「まあ、今回の一件で彼の有用な使い方を思い付いたし、コレはコレでうまく使うことにするよ。君たちには感謝、だね。またどこかで会おう。それじゃあね」
わけのわからない言動を残し、その子供はブラッドの手を引いて立ち去ろうとする。
だめだ。
わからないことが多すぎる。
ブラッドについても、さっき口走っていた『カルマ』についても。
この子供の目的についても。
何一つ、わかっていない。
それに、三年前。
こいつがソルに何をしたのかも。
「……逃がすと思ってるの?」
「……追いつけるとでも?」
「シャイン!」
閃光が走る。
私は光魔法を放ち、視覚を奪うと同時に飛び込む。
そのまま跳び蹴りを浴びせてから、すかさず基本術の連撃を叩き込むつもりだった。
「エルシャドウ」
「!?」
しかし飛び込む瞬間、あちらからも魔法が放たれる。
光を奪う闇魔法、シャドウ。その強化魔法をぶつけられ、相殺される。
いや、それどころか。
私が放った魔法は闇に呑まれ、勢いを変えることなく私にそれは迫る。
「チィッ!」
「女の子が舌打ちだなんて、はしたないよ」
直後、背後から声がかかる。今のやり取りの中で、さっきのような瞬間移動をしたとでもいうのだろうか。だが。
「エルブラスト!」
私は何の迷いもなく背後に向かって魔法を放つ。
瞬間で背後に回ることができるということがわかっていれば。
背後に高速移動する可能性があると知っているだけでも。対応できないこともない。
「おおっと!」
子供は反撃されると思っていなかったのか、まともに風を受けて吹き飛ぶ。
無数の風の刃がその病的に白い肌を傷つけるはずだった。
「驚いた。前よりも反応が良くなってるね。……戦い慣れたのかな。この三年間、何をしていたんだい?」
風の魔法が吹き飛ばすまでは良かったが、そのあと発生するはずの刃は、おかしなことに何も傷つけることなく霧散していった。
「な……!?」
今のは。
単純に術を打ち消した。
言葉上ではそれだけのことだが、コレは非常に高度な技術だった。
魔法はエレメントの働きによって現象が発生する。しかし、相反する属性というものがそれぞれにあるのだ。
火と水。風と土。光と闇。
風の魔法を打ち消すのなら、当然それと真逆の属性を、同じ分だけぶつける必要がある。それができれば、相反する二つの属性は弾かれあい、消滅する。
だが、初手で見せた、シャインをエルシャドウで打ち負かすのとはわけが違う。
私が使用した風のエレメントと同じだけの量の土のエレメントをぶつけた。
つまり、それはまったく同量で、まったく同じ動きでなければ成立しない。
同じ魔法でも、術者が変われば使用するエレメントの量も微妙に変わってくる。練度によっては、同じ術者でも連発した際にその量は変わる。
同じ量のエレメントをぶつけるということは、相手の魔法の動きを見て、どの程度のエレメントが使用されたかを見切る観察力と、それと同じだけのエレメントを操る精密なコントロール。そして、瞬時の判断力が必要になる。
当然こんなもの、理論上可能であるというだけの話であり、そんなことができるものなどいない。
だが、この子供は今。間違いなくそれをやってのけた。
それは、魔術師として。その子供の技量が完全に私より優っていることを如実に証明していた。
「ん? もう終わりかい?」
「な……あ……」
言葉にできなかった。
術は、エルフであるということと、それなりに修練を積んでいたことから、自信を持っていた。
だが、初めて。
まったく自分の手に負えない相手に出会った。
レベルが違う。
次元が違う。
世界が違う。
何もかも、段違いだ。
言葉に、できなかった。
「ふうん。まあ、今回のことは見逃してあげよう。……一応、君にも期待しているからね」
そういうと、子供は今度こそ背中を向けると、ブラッドと共に歩き出す。
「君の願いがもっと強くなった時……君はどんなカルマを授かるんだろうね?」
私は、そのままへたり込み、地面を見つめた。
生まれて初めて、敗北を味わい、情けをかけられ。
為す術なく敵を見逃してしまったというその事実に。
悔しさで奥歯が砕けそうになるほど歯を食いしばりながら。




