リーキッドファミリー 三
リーキッドファミリー 三
ガルドと共に、孤児たちを連れて行ったという男の元に行き、俺たちは奴隷を引き取ることに成功した。ガルドが俺の奴隷として、いかに忠実かというのをその男に見せつける、という作戦だったわけだ。ガルドの迫真の演技で、男をまんまと騙すことは出来たようだった。これによって、試用期間前の奴隷を引き取る権利が生まれたわけだ。まったくもって回りくどい制度だと思う。
最初は試用期間として引き取るという話で持って行こうとしたのだが、どうにも男が渋ったので少し多めに金貨をちらつかせると、すぐに俺たちに所有権を売ると言い出した。
三人まとめて、千ゴールド。かなりの高額になってしまったが、この子たちが余計な悲しみを背負わずに済むのなら。安いものだ。
「わーい! たかーい! たかーい!」
「おわっと、落っこちるぞ、メリーちゃん」
小さな女の子、メリーという幼女を俺がおんぶして、ガルドが少年と少女の手を引くという形で、俺たちは自宅へと向かっていた。話を聞くと、この三人は兄妹らしい。一番上の、綺麗な栗色の髪をした女の子がアニス。少し幼い顔立ちで、くせ毛が強い弟がホッド。そして末妹のメリー。……家族がそろった状態で買うことができて、その点は幸運だったと言えるだろう。
「これから……僕たちはどうなるんですか?」
少年が……ホッドという名前だったか。彼が俺に話しかけてくる。
「ん? ああ、どうもならないよ。俺は何もしない、安心してくれていい。これからは家族みたいなものだと思ってくれ」
「……そうですか」
ぽつりと少年がつぶやく。
一番下の妹は何が起こっているのか察していないのか、ただただ俺の背中ではしゃいでいる。が、上の姉弟二人はどうにも浮かない顔をしている。
もしかしたら、まだ信じてもらえていないのかもしれない。が、そのあたりは家に着いたら追々説明していこう。
私たちは、大きな屋敷へと連れていかれた。すごい豪邸だった。敷地は広いし、中庭もある。とてもお金持ちなのだろう。
私は、ソルと名乗った男の話を真に受けていなかった。奴隷を買う人間を信用するなど、とてもじゃないができない。それは弟も同じようだった。
「さ、ここが俺たちの家だ。よろしくな、三人とも」
ソルという男は相も変わらず笑顔でそんなことを言っている。奴隷を買ってそんなに嬉しいのか。もしかしたら、この人はただのお坊ちゃまで、奴隷の売買も初めてなのかもしれない。
もしそうなら。
チャンスはある。
私は、密かにその時を待っていた。
到着して中に入るや否や、私たちはいろんな人たちに取り囲まれる。顔に傷のある、私よりも少し幼い女の子、目つきの悪い男の子に、病的なまでに色白の少女。三人ともそれなりに笑顔で、私たちを歓迎している様子だった。
しかし、私は傷のある少女が気になった。
どうやったら、そんな傷がつくのだろうか。きっと、この男に逆らってつけられたに違いない。誰かに意図的に切られたのでなければ、そんなに大きな傷はつかないはずだ。
やはり、信用ならない。ここにいれば、恐らく私たちもこの少女のように。
そう考えると、少しだけ気分が悪くなった。早く、何とかして逃げ出さないと。何とかして。
「ん? どうしたんだ、顔色悪いぞ?」
「あ、……ちょっと、気分が」
そういうと、心配そうに私の顔を覗き込む金髪の男。
「うーん、確かに顔色悪いな……少し、横になってた方がいいか」
「はい。……あの、できれば、兄妹で一緒にいさせていただけませんか。いろいろ、話したいこともありますので」
「ん? ああ、気にしなくていいよ。それじゃあ空いてる部屋で休むといい。三人入るにはちょっと狭いかもしれないけど……ウル、案内してやってくれ」
「……嫌よめんどくさい」
「今日もステーキにしようかなー」
「任せて頂戴!」
色白の少女が目の色を変えて私たちにその部屋とやらを案内してくれる。階段を上がり、二階の西側の部屋を一つ案内される。
この子……もので釣られるように調教されてしまったのだろうか。かわいそうな少女だ。
「ここよ。しばらく使ってないけど、レリィがしっかり掃除してくれたから綺麗よ。何かあったら呼んでちょうだい。皆すぐに駆けつけるから」
そう言って、少女はすたすたと一階に降りて行った。
「……意外と、上手くいくもんだね」
弟のホッドがそんなことをぽつりとつぶやく。その表情は驚きと呆れの色を映していた。とは言うものの、私も同じ気持ちだった。まさか、こんなに扱いがザルだとは。何も警戒していない。
やはり、奴隷を買いなれていないのかもしれない。そんなことを考える。
「……どうする、お姉ちゃん?」
「……作戦会議するわ」
「んー? さくせんかいぎー? メリーもするー!」
私たちは、あてがわれた部屋に足を踏み入れる。思いのほかきれいで、少し茫然とするが、すぐに頭を切り替える。
どうやって逃げ出すか。タイミングが勝負だ。
南西の方角から、雨雲が流れてくるのが見える。
……狙うなら、その時しかない。
私たちは、静かにその時を待った。