リーキッドファミリー 二
リーキッドファミリー 二
「お姉ちゃん」
弟の呼ぶ声が聞こえる。いけない、早く起きて朝食の準備をしなきゃ。そう思い、私は寝床から起き上がる。
ぼんやりとする頭を二、三回振って頭を覚醒させる。
すると目の前に飛び込んできたのは、薄暗い牢屋のような場所だった。一瞬なにが起こったのかわからずに呆けている私に、弟が困ったような顔で話しかけてくる。
「お姉ちゃん、メリーが」
そう言われて、私は妹の姿を探す。
彼女は小さな体をさらに小さく縮こまらせながら、部屋の隅の方で泣きじゃくっていた。
「メリー、どうしたの?」
私は心配になり彼女の傍に駆け寄る。するとメリーは、ごめんなさいと言った。
「ごめんなさい、おねえちゃん、トイレ、なくて、メリー、メリー……」
「……ああ」
見ると、彼女の周りには小さな水たまりができていた。どうやら、我慢できなくて漏らしてしまったらしい。
「んー……どうしようかしら……着替えなんて持ってないし……」
「ごめんなさいお姉ちゃん……」
「泣かないでメリー。お姉ちゃんが何とかするから」
私は自分が着ていた外套を脱ぐと、それに目一杯力を込める。
ビリビリと引き裂かれるそこそこに上等な布は、妹の下半身を覆うくらいの、ちょうどいい大きさにすることができた。
「ごめんね、今はこんなものしかないけど……我慢できる?」
「うん」
妹は身に着けていたズボンとパンツを脱ぎ棄てる。私は先ほど引きちぎった布を、スカートのように妹の腰に巻いてやる。
お風呂上がりのお父さんのみたいだなと一瞬考える。そんなことは露知らず、妹は濡れた衣服から解放されたことから笑顔ではしゃいでいる。
「はい。次はちゃんとお姉ちゃんに言うのよ?」
「うん! ありがとう!」
妹は笑顔でそういうと弟の方に駆け寄る。
彼も妹が泣き止んで安心したのか、少しだけ笑みを見せる。
私たちは、奴隷商人につかまった。
目を覚ましても、その事実は変わってはくれなかった。昨日の夜と同じ、かび臭い地下室に押し込められたままだ。食事も排泄も満足にさせてもらえないような環境に追いやられ、正直私は不安で潰れそうだった。こうしている間にも、奴隷の買い手が見つかってしまうのではないか、どこに売られてしまうのか。そんなことばかり考えていた。
地下室の出入り口はひとつ。そこには簡単ではあるが、カギがかけられている。私達は、なんとかここを抜け出さないといけない。脱走して、何とかここから逃げ出さないといけない。
おそらくここは帝都のどこかだ。村からの距離と方角から考えて、ほぼ間違いないだろう。
帝都は非常に治安が悪い。いや、一部の地域での話ではあるが、安全な場所とは呼べない。
以前、まだメリーが生まれる前。家族でこの帝都に来たことがあった。大通りは華やかだし、色んなお店があって面白いとはじめは思った。でも、よく見れば浮浪者のような人もそこら中におり、また私たちの泊まった宿のすぐ近くで強盗殺人が起きていた。
こんなところにはいられない。私も、弟達も。
私は金属製のヘアピンを髪から抜き取ると、それを扉のカギ穴に合わせる。ガチャガチャと音を立てながら、私はなんとかカギをこじ開けようと奮闘する。
何時間ほど、粘っただろう。もう少しで開きそうな感覚を私は感じていた。ガチガチと音を響かせながら、私は一心不乱に鍵穴にピンを押し込む。
もう少しで……。
時間との勝負。奴隷商人に見つかってもアウトだが、それよりも買い手が見つかってしまった場合の方がまずい。そうなると監視が付く上に、カギ開けなんてできないような扉に閉じ込められてしまう。
いやだ、いやだ。こんなところで死にたくない。
こんなところで、奴隷として一生を終えるなんて。
いやだ、いやだ。お願い神様。
もう少しだけ、時間を。買い手が見つからないように、時間を。時間をください。
お願い、開いて。お願い、お願い。お願いします。
カチャン。
軽々しい、錠の動く音。
カギが、開いた。
私は歓喜のあまり声を出しそうになった。
これで私たちは、なんとかなるかもしれない。絶対に見つからずに、ここから脱出しなくては!
そう思っていたのだが。
ギィィ……。
扉が突然開く。ゆっくりと。
外の明かりが私の目を刺すように照らす。
「何してんだ、お前」
野太い男の声が、私の耳に入る。
ああ、嘘。
なんてタイミングなの。
開いたのは、私のカギ開けでではなく。
この男が、カギを外から開けただけだったのだ。
「まさかお前……逃げようとしたのか?」
男の表情が変わる。やばい。
殺される。
「ご、ごめ……さ……すみ、ま……」
「このがきゃあ!」
男の怒声が響き、次いで訪れる頬への衝撃。バチンと乾いた音が狭い地下室に反響する。
「あうっ!」
「てめえ、こっちが優しくしてりゃあつけあがりやがって! 何なら俺様の奴隷になるか!? ああん!?」
男がもう一度手を振りかぶる。私は目を瞑り、衝撃に備える。しかし。
「何をしてるんだ!」
「あぁ!? 奴隷をどうしようが俺様の勝手だろうが!」
「その子は今日から……俺の新しい奴隷だ。勝手に人のものを傷つけてもらったら困る」
「……チッ。じゃあとっとと連れていけばいいでしょうが。俺はもう知らん」
そんな声が聞こえる。
神様は残酷だ。
間に合わなかった。
私は、弟達を守れなかった。
涙が出てきた。
私は泣いた。
「初めまして、俺の名前はソルだ。……これからよろしく」
そう言った金髪の男は、私とは対照的に。笑みを浮かべていたのだった。




