リーキッドファミリー 一
リーキッドファミリー 一
一度家に戻ってウルのご所望だったステーキを振る舞い、俺とレリィはジョルジュのいる酒場へと向かう。ジャンは大抵夜になるとジョルジュのところにいることが多いので、もしかしたら会えるのでは、という考えと、ジョルジュの方からも何か情報が得られるかもしれないという考えがあってのことだ。
大通りへと出た俺たちは、華やぐ街の明かりの中、まだ活気あふれる夜の帝都を歩く。
「賑やかですね、このあたり」
「そうだな。大通り近辺は酒場も多いし、他にも娯楽がたくさんある。スラムに住んでいる人間でなければ、大体夜になればこのあたりに集まって騒ぎ出すってわけだ」
手を繋いだ少女とそんな言葉のやり取りをしながら、俺たちは通りを歩く。中央広場も越え、少し進んだところ。相変わらずの古臭さを残した酒場に、俺たちは足を踏み入れる。
カランとベルが鳴り、店内に俺たちの来訪を知らせる。その音にジョルジュがこちらを見ずにらっしゃーせー、なんてやる気のない声で応じる。その姿を認めると俺たちはカウンターまで進み、彼のすぐ傍の席に陣取る。
酒の在庫のチェックでもしているのか、カウンターの向こうの壮年を迎えようとしている男はこちらには見向きもしない。俺は店内をぐるりと見回す。
相変わらず人は少ない。それぞれ適当なテーブルに座っていて、酒をちびちび飲む人もいるが泥酔しているようだし、一塊になって騒いでる連中もいる。これならカウンターの話を盗み聞きされる心配もほとんどないだろう。
「ん? おう、お前らか。今日はどうしたんだ? レリィちゃんもいるところを見ると、酒を飲みに来たわけじゃなさそうだが」
作業がひと段落ついたのか、俺たちに気付いたジョルジュが話しかけてくる。
「……ジャンは?」
「んあ? あいつに用事か? そういや今日はまだ来てねえな。まあ、そのうちくるだろ。なんか食うか? つまめるものくらいなら用意できるぞ?」
「いや、今日はごちそう食べてきたからいいよ。今日は……奴隷の情報を聞きに来たんだ」
ジョルジュはあからさまに嫌そうな顔をする。
毎度毎度そんな用事でばかり来られても困るんだろうが、それでも頼れる、そして信頼できる情報屋は、ジャンとジョルジュしかいない。俺は話を続ける。
「昼間、セシールから新たな奴隷が入ったかもしれないって聞いたんだ。詳しいことはジャンが知っているらしいんだけど……ジョルジュももしかしたら何か知ってるかもしれないと思って」
「あー。悪い。その件に関してはまだ俺はなんも聞いてねえ。たぶん、ジャンの奴しか知らねえだろうな。あいつが来るまで待ってた方が賢明だ。……おそらくあいつも今、そのことについて調べてる真っ最中なんだろう」
「そっか……」
「ところで、ソル」
ジョルジュは俺を手招きして、少し離れたところに呼び出す。レリィを待たせて、俺は彼に近づく。
顔を近づけながら、少し戸惑ったようにジョルジュが訊いてくる。
「その話をするのに、レリィちゃん連れてきてよかったのか? あの子も元奴隷だろう?」
「……レリィが、自分もついていきたいって言ったんだ。本当はウィリアムを連れてこようと思ってたんだけど」
「ウィリアムってえと……この間のガキか? そういやジャンから聞いたけど、今は一緒に住んでるんだったか」
「そういうこと。……ていうかジャンの情報収集能力すげえな。俺あいつにしゃべってないはずなんだけど?」
「ははは、あいつは意図して隠してない情報なら、大体知ってるよ」
「何それ、怖いんだけど」
などと話していると、カランカランとベルの音が響く。俺とジョルジュがそちらに顔を向けると、少しばかりくたびれた様子のジャンが店に入ってきたところだった。よく見ると、服や顔などに砂埃が付いたような跡が見受けられる。
「よう、帰ってきたか」
「帰ってきたかってなんだよ。こんなオンボロ酒場は俺の家じゃないぜジョルジュ。 とりあえず蜂蜜酒くれ。まったく、やってらんねえよクソ」
悪態をつきながらジョルジュがレリィの隣にどかっと座り込む。一瞬びくりと肩を震わせるレリィだったが、その人物がジャンだと認識すると、少しだけ緊張を解く。
「で、成果はあったのか?」
「ん? まあな。代償として、俺の一張羅が汚れちまったがねえ」
俺とジョルジュも、ジャンの傍に戻る。俺はレリィの隣に座ると、ジャンに尋ねる。
「ジャン。セシールから聞いたんだけど」
「蜂蜜酒一杯でならしゃべってやるよ」
俺の言葉を遮りながらニマッと笑うと、酒代を要求してくるジャン。俺はポケットから金貨を一枚取り出すと、それをジャンに投げて寄越す。
「サンキュー。お前が知りたいのは奴隷市場についてのこと……でいいんだよな?」
俺は黙って顎を引くことで肯定の意志を示す。ジャンはそれを見ると、手の上で金貨を弄びながら話を切り出す。
「事の発端は、二日前。帝都から少しばかり西南の方に行ったところにある、トーティスって村が襲撃されたところから始まる」
ジャンは少しばかり眉根をひそめながら言葉を続ける。
「なんでも魔物の大群が村を襲撃したらしい。んで、その村のほとんどの人間を虐殺したってえ話だ」
「……警備は何をしてたんだ?」
ジャンは俺の質問を鼻で笑い飛ばす。
「小さい村の警備なんて、何の役にも立ちゃしねえよ。多少戦闘の心得があったところで、どうにかなる数じゃなかった。他所の行商隊の話じゃ、連中の移動した痕跡が残ってたらしいんだが……その足跡からは少なくとも数十体の魔物が徒党を組んでたんじゃねえかって話だ。それだけの魔物に、たかだか十人程度の警備じゃお話にもなりゃしない」
そう言って蜂蜜酒をがぶ飲みして、大きなげっぷをかます。
「……ほとんど、っていうことは、生き残りがいたんだな? それが、何人かの孤児たちってことなんだろ?」
「ああ、セシールから聞いたんだな。おおむねそういうことだ。……そういうことなんだが……」
ジャンはトレードマークのバンダナの上から頭を掻くとため息をつく。
「不可解なことがあるんだよ」
「……というと?」
「ここからその村までは馬でも一日はかかる。襲撃されたのが二日前。んで、その孤児たちを見かけたのが昨日の深夜。つまり、魔物の襲撃があってからその子供たちが捕まるまでの時間が短すぎるんだ。言い換えるなら、タイミングが良すぎる。魔物の襲撃の後、数時間で人さらいが来るなんてな」
その言葉に、俺は顎に手を当てて考え込む。
確かに、話がとんとん拍子に進みすぎている。たまたま奴隷商人と思われる人間たちが、たまたま襲撃された直後の村に立ち寄り、たまたま生き残った子供たちを捕まえた、など。
「……タイミングが良すぎる、か」
「そこなんだよ。んでまあ探りを入れていたんだが……まあ、結果は俺の姿を見てくれりゃあわかるだろう」
「失敗したのか。……なあ、奴らは魔物を使役する手段でも持っているのか?」
「どうだかな。エルフほどの才能に恵まれた連中なら、魔物を遠ざける魔法の一つでも使えるみてえだが、敵対国であるロイドフォースから魔物の軍勢が放たれた、なんて話は聞いてない」
「……ということは、魔法の達人ともいえるエルフですらも、その方法は確立できていないわけだ」
「そういうことだ。一介の奴隷商人風情が、魔法なんて高尚なもんを使えるとも思えねえしな。でも何かしらあったはずなんだ。事前に魔物の襲撃を予知するか、あるいは魔物を従える方法が」
ジャンはそこまで言うと、残った蜂蜜酒を飲み干す。二つ隣のここまで、蜂蜜の甘ったるい匂いが届く。
「……話は孤児の方に移るんだけど。その子たちの居場所はわかっているのか?」
「おっと、そうだったな。そこは心配いらねえ。きっちり押さえてるさ。どうやら、今まで通り三ヵ月ほどどこぞの人間に飼われることになったようだ。誰に飼われるかまではまだ決まってない。決まってないが……こっちも、話が早すぎるような気がするぜ」
「……全てが、誰かの思惑通り……なのか?」
「どうだかな。この話で一番利益が出そうなのは奴隷商人くらいのもんだが……それにしても、なんていうかな……手際が良すぎんだよ」
ジャンは考え込むようにバンダナを握りしめる。
村の襲撃から、子供たちの拉致までは半日もたっていない。それに、帝都に連れてこられてから一日足らずでもう奴隷にする手続きが完了している。
早すぎる。まるで、最初から計画されていたことだったように。
拭いきれない違和感に、俺はため息を漏らす。そんな様子を見てジャンが口を開く。
「まあ、そうは言っても奴隷の売買は三か月後だ。どのみち、それまでは俺たちにできることはねえさ」
「……ちょっと待ってください」
ジャンが話を締めくくろうとしたところで、今度はレリィが話に割って入る。
「どうしたレリィちゃん?」
「その……今すぐには、その子たちを買うことはできないんですか?」
「ほう……?」
「買うことができないにしても……その試用期間の三ヵ月を、せめて私たちのところで過ごさせてあげることはできないでしょうか」
伏し目がちに発言するレリィ。しかし、その声には力強さのようなものを感じた。
その子たちをなんとかしてあげたいという、強い気持ちがあった。
「残念ながら、試用期間を任せられる人間は決まっている。奴隷を持っていることと、その奴隷が主人に絶対の服従を誓っていること。後は金銭の問題やら色々あるけど、とにかくそういった事情がある。だからほぼ無理だろうな」
ジャンはそう言って、ジョルジュに酒のおかわりを要求する。グラスに口をつけるが、しかしそこで不意に彼の動きが止まる。
「……どうした、ジャン?」
急に糸が切れた人形のようになったジャンに、俺は呼びかけるが、彼はグラスを置いてしばし考え込む。そして。
「お嬢ちゃんの案……いけるかもしれねえぞ」
そう言って、ジャンはニヤリと笑ったのだった。