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太陽のギルド  作者: 三水 歩
光の欠片
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レリィ・ウォーカー 二

     レリィ・ウォーカー 二


 雨が屋根を叩く音を聞きながら、俺とガルドは広すぎる会議室に二人で並んで座っていた。

 日はとうに落ち、あたりを照らすのはテーブルに置かれた古いランプ一つ。最初全然明かりがつかなくて苦戦したけど、力強く燃え盛る炎はまだまだ使えるぞと主張しているかのようだ。


 「それで、相談っていうのは?」


 無精ひげを生やしている大柄な男。一見すればハイランダーかと思うが、本人曰く混血らしい。近頃は建築関係の仕事の手伝いをしているためか、昼間はあまり一緒にいられないが、夜になると俺は逐一その日あったことを報告するようにしている。

 しかし今日に限っては、俺は報告ではなく、相談がある、という風に伝えている。


 「今日はレリィと一緒に買い物に行った」

 「……はあ。それで?」

 「……あの子のトラウマ……悪化してるような気がするんだ」

 「……旦那、気のせいじゃないですか? 悪化してるなら今頃、旦那も同じように怖がられてますよ」

 「そうだといいけど……でも、おかしいと思わないか? 最近のレリィ」

 「……と、言いますと?」


 ガルドは腕を組みながら、背もたれに体を預ける。


 「ウィリアムのことだよ。レリィ自身、ウィリアムのことを受け入れるときは、そんなに抵抗はなかった。でも、いざアイツと話すとなると……急に何もしゃべらなくなる」

 「……打ち解けるのに、時間がかかっているだけでは?」

 「どうだろうな。それもあるかもしれない。でも、俺に対してウィリアムの話をするときには笑顔なんだ。実際、あの子もウィリアムのことを苦手に思ってるわけでもない」


 この前も、ウィリアムのことについて色々と聞いてきたものだ。どんなところに住んでた人なのか、どんな過去を持っているのか、どんな目標があるのか。性格は、趣味は。いろいろ聞かれた。

 でもそれは本来、気になったら本人に聞けば済む話だ。

 それを俺に対して聞いてきたことに、俺は疑問を抱く。


 「さあ……どうしてなんですかね」

 「……ガルド。まじめに考えてくれてる?」

 「実はあまり」

 「お前なあ……」


 素直な気持ちを聞かせてくれるのはいいんだけど、言わなくてもいいこともあるだろうに。まあ、ガルドのそういうところは嫌いではないけれど。


 「レリィが男性慣れしてないのはいつものことでしょう。憲兵が近くにいるだけで、悪いことをしていなくても縮こまるような子なんですから」

 「そうかなぁ。……え?」


 そうなのか?

 でも今日、俺と一緒にいるときはそんな様子はなかった。というか、街の中を普通に歩いていても、なんともなかった。そのはずだった。今日の宿屋の一件以前は。


 「……なあ。もしかしてレリィって、俺がいないときにはほとんどしゃべらないのか?」

 「? ええ、そうですね。まあ、ようやく俺にも少しだけいろいろ話してくれるようにはなりましたが……基本的には、旦那とウルくらいじゃないですかね。まともに話すのは」


 そうだったのか。

 俺はてっきり、普段はすごく明るくて楽しい子なのかと思っていた。当然、それは他の家族にも向けられているものだと。


 「なんで、俺だけなんだろう……」

 「前にも言ってなかったですか? あの子、旦那のことを好きだって」

 「それは理由にならないだろ。ガルドやウィルのことだって、あの子は好きだよ」

 「いや、そういうことじゃ……いや、いいです。その件に関しては旦那が理解するのには途方もない時間が必要だと思ってますんで」

 「もしかして、レリィ……」


 あの子は、約束に縛られて、無理して笑ってくれているのか?

 俺のそばを離れないという、あの約束に縛られて?

 本人にも自覚はないのかもしれない。男が苦手というなら、俺と一緒にいて苦痛にならないわけがないのに。それなのに、あの子は俺のために傍にいてくれている。


 ……無理をしているのかもしれない。


 「……俺も少し、レリィと距離を取った方がいいかもしれないな」

 「それはあり得ないんじゃないですか? というかそんなことしようとしてるなら、全力で止めますが」

 「うん。言ってみただけだ。現実問題、あの子がそばにいてくれないと俺はどこにも行けないしな……でも、それがあの子の負担になっているなら……」

 「……」


 ガルドがうなりながら頭を抱える。


 「どうした、ガルド?」

 「ああ、いえ。旦那にレリィの気持ちを気付かせるのと、この問題を解決するの、どちらが手っ取り早いかと考え事を」

 「?」


 ガルドは時々わからないことを言う。博識で冷静で、知的なのはいいことだけど、俺にもわかるように言ってほしいものだ。


 「で、答えは出そう?」

 「……おそらく、今は放っておいても大丈夫じゃないですかね」

 「……時間が解決する問題だと思う?」

 「ええ。レリィのトラウマ、俺も聞いてるわけじゃないですし、恐らく旦那にもあの子は言わないでしょうが、おおよその察しはついてます。女の心なんぞ、俺はよくわかりません。時間が解決するか、別の相手に相談した方が得策かと思いますけどね」

 「そうか……ガルドでもわからないことはあるんだな」

 「そりゃありますよ。人間ですから」


 そういうと、ガルドは席を立つ。

どれだけここで論じていても、事態は変わらないと結論が出た以上、今日はもうとっとと寝た方がいいかもしれないな。ガルドは明日も城壁の補強作業に出向くわけだし。


 「長々とすまない、ガルド。明日の朝飯は何がいい? たまには、精力のつくものでも作ろうか?」

 「……朝食は軽めでいいですよ。そもそも旦那に会うまでは、朝食なんぞ摂ってませんでしたから」

 「朝飯はがっつり食った方がいいぞ? その日の体調、大分左右されるし」

 「まあ、気には留めておきます。でも、朝は本当に少しでいいので」

 「張り合いないなあ。ウィリアムなんか、いっつも俺と張り合ってくれるのに」


 そんなやり取りをして、今夜は解散。俺たちはそれぞれの寝室に戻っていく。


 本当に、時間が解決してくれるだろうか。俺自身、時間で解決されたものがないわけでもないけど、でも。

 それでも気になってしまう。


 今日の帰り道、レリィの手が震えていたことが。


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