↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽のギルド  作者: 三水 歩
光の欠片
60/115

レリィ・ウォーカー 三

     レリィ・ウォーカー 三


 「おはよう、レリィ」

 「あ……おはようございます、ソルさん」


 廊下でレリィと出くわす。俺は早番で仕事に出かけるガルドに朝食を振る舞い、もう一眠りしようかとふらふらと自室を歩いていたところだった。


 「? 眠そうだな、レリィ」

 「あ、すみません。夕べ、少し眠れなくて……」


 そういう彼女の顔色は、少し青白く見えた。もしかしたら風邪だろうか。俺は彼女に近づいて手を伸ばす。


 「顔色悪いな? 熱は……」

 「ひっ」

 「え?」


 伸ばした手が、レリィに触れることはなく、そのまま間抜けに手を突き出したままの俺。

 ……避けられた。いや、それよりも、今。


 「あ、ち、違うんですよソルさん! 風邪! 風邪気味なんですよ! 触ってうつしちゃったら大変だから! えっと、何か飲んで、部屋で休んでますね!」

 「あ、ああ……」

 「し、失礼します!」


 レリィはそう言って、食堂の方に駆け出していく。

 そんな彼女の背中を、俺は茫然と見送る。


 悲鳴を上げた。


 あの時、小さな声ではあったけど。もしかしたら少し息が漏れただけかもしれないけど。はたまた俺が幻聴を聞いただけかもしれない。そうであってほしいと思うけど。


 あの表情は。

 恐怖に塗れたあの表情は。


 「……やっぱ、時間じゃ解決できないだろうな、こればっかりは……」


 間違いない。今ので確信した。彼女の男性恐怖症は、悪化してる。もしかしたら、昨日の出来事でトラウマがよみがえってしまったのかもしれない。


 「何とかしてやりたいけど……俺が近づいて怖がるんじゃなあ……」


 ウルに頼むか。たぶん引き受けてくれるだろうけど、あの子とレリィが話すときは普通なんだよな。……イマイチ、ウルに危機感を伝えづらいかもしれない。


 「悩んでても仕方ない。とりあえず、ウルに相談してみるか」











 「そんなわけないじゃない。何、とうとう頭おかしくなったのかしらロリコンクソ野郎」

 「バカにされるか断られるかと思ってたけど、そこまで言うことねえだろ!」


 俺はウルの部屋を訪れていた。普段の態度とは似つかわしくないほどに乙女チックな部屋だった。熊やウサギのぬいぐるみ、手作りなのか少しばかり不細工な出来のクッション。ピンク色の花が飾られた花瓶などなど、とてもウルの部屋とは思えないようなものばかり。

そして先ほどの件を相談しに来たのだが、返答がこれだった。……いきなり狂人扱いはひどすぎるって。


 「ソルの被害妄想よ。そんなことはあり得ないわ。賭けてもいいし」

 「そこまで言い切るか。でもそれだと、朝のあの態度の説明がつかないだろ?」

 「確かに腑に落ちないけど……あんたなんか嫌われるようなことしたんじゃないの?」

 「してねえよ! まあ昨日トイレに行ったレリィを助けに行ったりはしたけど」

 「はあ!? 何アンタ、乙女がお花摘みに言ってる時に特攻かけたわけ!? てかトイレに行った人を助けるって何!? 何をしたの!?」

 「ち、ちげえ! 言い方が悪かった! 言いなおすから落ち着け!」

 「落ち着けないわよこのロリコン鬼畜トイレ魔人!」

 「不名誉な称号をつけんな!」


 ちょっとだけカッコいいと思ってしまったのは内緒だ。




 「……ってわけなんだよ」


 あらかた、昨日ガルドに相談した内容と同じものをウルに伝える。その話を聞いて、ウルは得心がいったという風に頷いていた。


 「ああ、なんだ。そういうことね。びっくりしたわよもう。まさかアンタがレリィに無理やり乱暴したのかと思ったわ。言い回しも変態臭かったし」

 「語弊があったのは認めるが、そこであんな妄想に取りつかれるお前は絶対にどうかしてると思うぞ」

 「それにしても、昨日の夜ガルドと相談してたのはそういうことだったのね。っていうか、もう少し時間と場所をわきまえてくれないかしら。会議室私の部屋の隣なんだから」

 「ああ……そういやそうだったな」

 「毎晩毎晩、どーのこーのと話すのはいいけど、その間私が部屋から出づらいったらないわ。特にまじめな話してるとき。トイレにいけないじゃないの」


 そうか。当初会議室だから家族会議するにはもってこいの場所だと思ってたけど。よくよく考えたら、ウルの部屋は会議室の隠し扉からしか行けない構造になってたんだっけ。


 「それなのに毎晩毎晩、野獣のような雄叫び上げて、あんなことやこんなことを」

 「おいちょっとまてなんだそれ」

 「何って、照れなくてもいいじゃない。毎晩おっさんと乳繰り合っちゃってさ」

 「気持ち悪いこと言うなよ!」

 「で、どっちが攻めなの?」

 「脳みそ腐ってんじゃねえの!?」


 何俺のこと同性愛者みたいな言い方してんだこの野郎! 女だから野郎じゃないけど!


 「マジでやめてくれよ……気持ち悪くなってくる……」

 「またまた~、そんなこと言って~。本当はそういいながらも、あの野獣のような男のイチモツを……って、ホントに顔色悪いわよ?」

 「……ごめん、無理」

 「え、無理って何……ぎゃあああああ!?」


 俺はそのまま彼女の部屋に盛大に嘔吐物をまき散らす。かわいらしかった絨毯はもはや残酷な香りを放つグロテスクな兵器となってしまった。


 「サイテー! さいってえ! なんでここで急に吐くのよ!? 私が何をしたっていうのよー!」


 涙目で怒鳴りつけながら、俺の嘔吐物をタオルでふき取っていくウル。申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、それ以上に今動けそうになかった。


 「ごめん……そのテの話は……ちょっと……」

 「何よそのテの話って! もう、信じらんない! 大体なんで急に……」


 そこまで言って、ウルが黙る。


 「……わりい」

 「……もしかして、前言ってた……」

 「……ごめん……」

 「いや、私こそ……ごめん」


 そのまま妙な空気になりそうだったが、ウルが突然立ち上がり、俺に近づくと額に指を突きつけてくる。


 「でもそれとこれとは話が別よ! この部屋窓もないし、換気も大変なんだからね!? 罰として、しばらくソルは私の部屋掃除当番よ!」

 「な、なんだその当番……? そんなのあったっけ?」

 「いいからさっさと掃除を……うっ」


 急にウルが口を押えて動きを止める。その目にだんだんと涙がたまっていくのがわかる。


 ……おい、まさか。近いって。この距離はだめだってウル。

 とっさに逃げようとしたけど、俺はまだ気持ち悪くて動き出せそうになかった。

 そして。


 「や、やめ……!」


 匂いと吐瀉物の外見にやられたんだろう。それはわかるし、申し訳ないとも思う。

でも。

それにしたって。


何も俺にかけることないじゃないか……。











 世にも珍しい、少女に嘔吐物をかけられるという特殊なプレイを経験した俺は、絶賛風呂に入って入念に体を洗い、まだ何かついてるような気がしてさらに二回ほど体を洗い、風呂から出てきたところだった。


 「まさかこんなことになるなんて……」


 レリィのことを相談しに行っただけだったはずなのに、とんだ地獄を見た。ウルもしばらくあの部屋に入りたくないと言っている。今日中にあの部屋を何とかしなくては。すっかり日は昇り、今は昼前、といったところだろうか。朝食を作り損ねてしまった。うーん。


 そんなことを考えながら歩いていると、突然後ろから声をかけられる。


 「あれ、兄ちゃんどこ行ってたんだよ? 探したんだぜ、おいら」

 「……ウィリアムか。……なあ、俺今変な匂いしないか? 大丈夫か?」

 「あ? 何言ってんだよ。いかにも風呂上りっぽいのに変な匂いなんてするわけねえだろ? 変な兄ちゃんだな」


 その言葉に俺はほっと胸をなでおろす。これでまだ匂いが残ってたらもう一度風呂に駆け込んでいたところだ。


 「しかし、朝から風呂入っちゃったかー。今から訓練って言ったら、嫌だよな兄ちゃん?」

 「ああ、まあせっかくきれいにしたっていうのもあるしなー」


 最近、ウィリアムの俺を見る目が変わった。というか、具体的にいうと呼び方が変わった。


 最初はお前。次にアンタ。一緒に住み始めた当初はソルで、最近は兄ちゃんと呼ぶ。少しずつ家族として見てくれているのかな、と思うとちょっと照れくさくはあるけど、兄と呼ばれることに少し嬉しくも思う。


 「そっかー。今日の訓練はお預けかー。くっそー、今日こそは勝てそうな気がしたんだけどなぁ」


 そう言って悔しそうにするウィリアム。

 と、そこで俺は名案を思い付く。


 「いや、ウィリアム。勝負してもいいぞ」

 「え、いいのか!?」

 「ああ、その代わり負けた方は相手の言うことを聞くってことで」

 「なんだそれ。そんなこと言って、いっつも飯の手伝いじゃん。まあ、そのくらいなら全然いいけど」


 しめた! これであとはウィリアムに勝って、ウルの部屋の掃除を手伝ってもらえばいいだけだ!

 ……悪どい考えだが、あの地獄に一人で乗り込む勇気は今の俺にはなかった。仕方ない。


 「じゃあ、いつも通り裏庭な!」

 「よし、いいだろう」











 「ルールはいつも通りでいいな?」

 「いいよ、始めようぜ兄ちゃん!」


 さっそく俺は腰のダガーを抜き放ち、一気に距離を詰める。ウィリアムは鞘に剣を収めたまま、抜剣術を狙っているみたいだ。柄に手を置き、いつでも剣を抜けるように身構えている。

 と、ここで急停止をかけてフェイントを入れる。一瞬ウィリアムが鞘から剣を抜きかける。

 重心が動いたのを見計らって、俺は円を描くようにウィリアムの側面に回り込む。後は首にダガーの柄を押し当てれば……


 「あ、ソルさん!」


 その時、レリィがちょうど裏庭に出てきた。俺はつい声のする方を振り向いてしまう。


 「あの、さっきのことを謝りたくて。その、実は私風邪じゃなくて、その……!」

 「隙ありいいいいいい!!!」


 しまった。と思ったのもつかの間、ウィリアムの剣は的確に俺の首筋で静止。

 完璧な寸止めだった。それに、よそ見していたのもあったけど、剣筋が恐ろしいほどに速くなっていた。


 「あ……」


 俺は手に持っていたダガーを取り落す。


 「やった……やった! 兄ちゃんに勝った! よっしゃああ!」

 「あ、ウィリアム、今のは……」

 「ん? どうした兄ちゃん?」


 いや、今のは勝負の最中によそ見をした俺の、慢心が敗因。言い訳はするまい。それに、今ここで言い訳をすれば、それはつまりレリィのせいにしたということになる。それは嫌だった。


 「……いや、今のは完璧な剣筋だったな。的確だし、何より恐ろしく速い。成長したな」

 「へへへ~、なんのなんの」

 「でもまだまだだ。相手が間合いに入ってくるのを待つだけじゃあ、遠距離攻撃には対応できない。後はそれを移動しながら繰り出せるようになれば、もっと強くなれるぞ」

 「ちぇー、なんだよ負けたくせに偉そうにさ……でもまあそうだな。これくらいで満足しちゃだめだよな! もっと強くなって、もっとでかい男になるんだからな、おいらは!」


 わっはっはと笑いながら、ウィリアムは裏庭をあとにする。


 「あれ、レリィじゃん。何、見てたのか今の? すごかったろおいら? あの兄ちゃんに勝ったんだぜ?」


 ふふんと鼻を鳴らして胸を張るウィリアム。それに対して、レリィは少し後ろに下がり、何も言わないでウィリアムを見つめているだけだった。


 「……ちぇ、相変わらず暗い奴。何考えてんのかわかんねえや。じゃあなー」


 そう言って、鼻歌を歌いながら家へと戻っていった。

 レリィはため息をついて、俺の方に近づいてくる。目は合わせないまま。


 「ごめんなさい、ソルさん。私のせいで負けちゃって、その……」

 「いやあ、気にするなよレリィ。実際、さっきも言った通りあいつの剣はかなり速くなってたし、まともにやってても油断してたからどうなっていたかはわからないさ」

 「……ごめんなさい」


 レリィは昨日のあの出来事から、やけに謝るようになった。何かを後ろめたいと思っているのだろうか? それが昨日のことなら、レリィのせいじゃないのに。


 「まあ、気にするなよ。それで、何か話があってきたんだろ?」

 「あ、はい。あの……さっきの、廊下で、その……風邪って言ったんですけど、その……」


 レリィは言いづらそうにしている。何度も俺の方をちらちらと盗み見ながら、俺の機嫌を窺っているみたいだった。

 「風邪じゃないんです。すみません」

 「……そうか。でも、なんかつらいことがあるなら俺に言ってくれよ? できる限り、力になりたいんだ」

 「あ、はい。あの……すみません」

 「なんで謝るんだ?」

 「あ、いえ、その……何でもないです」

 「……そう、か」


 やっぱり、彼女は目を合わせてくれない。

 そしてこのおどおどした表情。

 たぶん、怖がってる。俺を。


 「……まだ顔色も悪いし、部屋で休むといい。食事は後でウルに持って行かせるからさ」

 「え、でも、私……」

 「大丈夫だよ。まだ、怖いの治ってないんだろ? それまでは傍にウルがいてくれるからさ、何も心配しなくていい」

 「……すみません」

 「大丈夫だって、謝んなくても……」


 俺はそう言って彼女の頭を撫でようとしたけど、その腕を止める。

 いけないいけない。男性恐怖症が再発してるっていうのに、今ここで彼女に触れるのはご法度だ。それだけはやっちゃいけない。トラウマを抉るような真似は。


 「今まで、俺がレリィに頼りすぎてたんだよ。もっと強くならなくっちゃな。じゃないと、レリィの傍にいる資格がない」


 俺はそう言って、家の方へと歩き出す。


 「休んでてくれ、レリィ。そんな顔のレリィ、見たくないぜ?」




 今にも泣きだしそうな、そんな顔。

 俺がそんな顔にさせてるかと思うと、罪悪感でどうにかなりそうだった。彼女にはいつも救ってもらっているというのに。


 その日は、それ以来レリィが部屋の外に出てくることはなかった。

 明日になったら、少しは具合も良くなるだろうか。俺は寝る前はそんなことを考えていた。




 でもレリィは次の日も、部屋から出てこなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。