少年剣士 一
少年剣士 一
「だあ~! 放せって言ってんだろ! このわからず屋!」
「だから待て! 名前と出身を確認しただけなのに、どうして逃げようとするんだ! 小僧、まさかロイドフォースの手の者じゃないだろうな!?」
「なんだと!? おいらをあいつらと一緒にするんじゃねえ! 亜人どもの仲間なわけねえだろこのハゲ! ボンクラ!」
「こ、小僧、優しくしてればつけあがりやがって!」
西口から都内に入る門の前で、何やら剣を持った子供と兵士数名がもめていた。怒鳴りあっている内容は、実にくだらないと思うようなものだったけど。
「おとなしくしろ!」
「あがっ! ……てめえ~……!」
兵士の容赦ない膝蹴りが、皮鎧を装備した少年の腹部に突き刺さる。呻きながら地面にうずくまる少年は、それでも兵士の眼をギラリと睨み付けていた。
しかし、多勢に無勢。少年一人に対して、兵士は五人。大の大人二人に押さえつけられ、身動きができない今の状況では、少年に為す術はない。
「ふん、ガキが!」
「……ガキじゃねえ……」
「ああ?」
少年は呻きながら声を荒げる。
「おいらは、ウィリアム・テイラーだ! ガキじゃねえ!」
「そうかいそうかい。わかったから、さっさと帰れ。今は戦争中で、許可のないものを通らせるわけにはいかんのだ。ほら、とっとと……」
兵士が少年の体を起こそうと屈み込む。その時。
「ペッ」
「……!」
茶髪の少年は、唾を兵士に向かって吐きつける。それは兵士の銀色の鎧に付着して、どろりと滴り、鎧を汚していく。
「立ち上がるのに、誰がてめぇの助けなんか借りるかよ! いいか、おいらはこの街に用事があってきたんだ! 何言われようが、ぜってえ帰ってなんかやらねえんだからな!」
「……このガキ……!」
兵士が殺気立ち始める。このままだと、あの少年が殺されるかもしれない。あの男が放つ雰囲気。おそらく、本気だろう。殺さないにしても、あの少年はこのままではただでは済まないかもしれない。
頭に血が上っているせいで、止めようとする仲間の声も届いていないようだ。少年も、その殺気に気が付いたのか、剣を抜こうとするが、後ろの二人がしっかりと彼を押さえつけているため、身動きが取れないでいる。
何とかしないと。そう思い、俺はそばにいた初老の兵士に話しかける。
「ねえ?」
「ん? なんだあんたら」
「俺たちは朝ここを通してもらった、帝都在住の人間だよ。通行証もある。……それより、何かあったのか? そこの兵士、ずいぶん殺気立ってるみたいだけど」
「ああ、さっき少年が突然押しかけてきてな。わけのわからないことを言いながら、さっさと門を開けろってうるさいんだ。理由を聞いても、ちっとも話さないし。それよりも、今はちょっと離れてた方がいい。スコットの奴が、ちょっとやばくて……」
「ふーん。……あれ? そこにいるのって……ウィリアム! ウィリアムじゃないか!」
そういって、俺はレリィの手を引きながら、ウィリアムと名乗っていた少年のところまで近づいていく。
「あ、あんただれ……」
「いやあ、大きくなったなあウィリアム! 久しぶりだ!」
「いや、おいらはあんたのことなんて……」
抵抗するウィリアムに抱き付きながら、俺は彼にだけ聞こえるように、小さな声で囁く。
「いいから、話を合わせて」
「? あ、ああ」
再び離れると、俺はウィリアムの手を取って大げさに何度も手を振る。
「いやあ、孤児院以来か! ソル兄ちゃんのこと、覚えててくれたんだな! またあえてうれしいぞ!」
「あ、ああ。おいらも」
感動の再開を装っていると、案の定兵士たちが訝しげにこちらを睨んでくる。
「なんだ。お前の知り合いなのか?」
「ああ、レイレナード王国にいた時の、兄弟なんだ。血は繋がってないけどな」
「……兄弟、ねえ? じゃあ、兄貴のお前が責任取るっていうんだな?」
そういうと、スコットとか呼ばれていた強面の兵士は鎧につけられた唾を指でさして威圧してくる。
「この鎧、そのガキの唾でだめになっちまった。お前が、代わりに新しい鎧を用意してくれるんだな?」
「……べつにいいけど、すぐには鎧なんて出来上がらないぞ? それこそ、軍で採用されているような立派なものなんて、一つ作るのにどれくらいの時間がかかるのか、知ってて言ってるのか? 唾で劣化するような、やわな鎧じゃないはずだろ? 公務妨害で罰金が必要なら、詫びとして今持ってる分は払う。それで手を打ちなよ」
「なんだとてめえ……」
掴み掛ってきそうな勢いでこちらに迫る男。レリィを背中にかばって、衝撃に備える。その時、最初に話しかけた兵士がスコットの前に立ちふさがる。
「スコット! いい加減にしないか! こっちの兄さんの言い分の方が、少しばかり筋が通ってる。今の行いは、スラムの屑どもと一緒だ。ただの恐喝だろう!」
「ビル、お前まで!」
「たかが子供に、唾をかけられたくらいで熱くなるな。……俺たちは誇り高き帝国軍なんだ。それに、罰金は払うと言っている。それでうまい酒でも飲んで、忘れてしまえ。今日はもう休んでいい。先に戻ってろ」
「……ちっ」
スコットはイライラしたように地面の小石を明後日の方向に蹴り上げると、さっさと兵舎に戻っていく。
「……すまなかったな。昔はあんな奴じゃなかったんだが……」
「いいさ。こっちも悪かった。怒らせるつもりはなかったんだが」
「……一年前の、ブラッドヒルの戦いで、あいつ弟を亡くしてな……それからというもの、人が変わっちまって……隊長はあいつを除隊させることも考えてるらしいが……どうにもな。このままだと、あいつも浮かばれないし……」
「……」
「おっと、すまなかった。こんな話、国民に愚痴るなんてな。帝国軍失格だ」
「……そうかな。そっちの方が、人間らしくて親しみやすいと思うけどな。ところで、ウィリアムと俺たちは中に入ってていいか?」
「……ああ通っていいぞ」
「どうも。ほら、公務妨害の罰金だ。……二十ゴールドしかないけど、それで勘弁してくれ」
「十分だ。さあ、行きな」
ビルは頷くと兵士の一人に指示を出し、門を開けさせる。
「ありがとう。じゃ、行こうか。レリィ、ガルド。……ウィリアムも」
「あ、ああ」
どうやらあのビルという兵士は俺たちの正体に気付いていたようだったが、それでもなんとか知り合いのふり作戦はうまくいった。西口から帝都に入り、しばらく雑談をしながら街の中を歩いていた時、ウィリアムが口を開く。
「なあ、あんた」
「ん……どうした、ウィリアム」
「……なんでおいらを助けた?」
ウィリアムは、少しばかり機嫌の悪そうな声でそう尋ねる。
「別に理由なんてない。ただ、困ってたみたいだったから」
「……助けてくれなんて、頼んだ覚えはないぞ」
少年は睨み付けながら、敵意を俺にぶつけてくる。
「……たしかに。じゃあ、助けられたと思わなくてもいい。あの様子なら、どうせビルとかいう人が止めていただろうし。余計なおせっかいだったな。気にしないでくれ」
「……気に入らねえな、アンタ。見ず知らずの人を助けたつもりで、善人気どりかよ。そういうの、虫唾が走るぜ」
「悪かったよ。……でも、よく一人で帝都まで来られたな? 魔物とかも最近増えてきてるってのに、ずいぶんと肝の据わった子だ」
事実、ここ最近の魔物の活動範囲には、少し危機感を抱いている。ただでさえ野盗やら人さらい、荒くれ者たちがそこら中にいるというのに、こんな小さな体でよく切り抜けてきたものだ。
俺の言葉に、ウィリアムはさらに不機嫌になり、言葉を荒げながら俺に抗議する。
「どうでもいいだろう、そんなこと! おいらを子ども扱いすんな! バーカ!」
「はいはい、悪かったよ。……まったく、口が悪いなあ」
生意気な子供だと思ったけど、自分もこの子くらいのときは同じように荒れていたことを思い出し、あまり強く言えないなと考え直す。
「けっ、大人ぶって余裕そうな表情しやがって! あんたみたいなやつが、一番嫌いなんだよ! 人にヘコヘコしてるだけで、一人じゃ何にもできないくせに!」
ずいぶん噛みついてくる子だ。さすがに、少し頭にきて、拳骨の一つでもくれてやろうかと思っていたとき。
「えい!」
「いてえ!」
レリィが、外で拾っていた樫木の棒でウィリアムを殴りつける。
「……! いってえな、何しやがるこのガキ!」
「ガキはどっちよ! ソルさんのこと、何にも知らないくせに!」
レリィはどうやら、俺がけなされたことに対して怒っているようだ。その気持ちは素直にうれしいけど……。この子は時々無茶をするな。いきなり殴りかかるなんて。
……手も震えて。まだ男が怖いだろうに。
「なんだお前! 女だからって容赦しねえぞ!」
「う……うるさい! ソルさんに謝って!」
「はあ? 何言ってやがる、泣きそうな顔してるくせに!」
ウィリアムは、威圧するようにレリィに近づこうとする。それだけで、恐らく本当に手を出すつもりはないだろう。でも、レリィは一歩近づかれただけで、短く悲鳴を漏らし、その場で固まってしまう。
「なあウィリアム、その辺で勘弁してくれないか」
俺はウィリアムの肩をつかんで、その足を止めさせる。
「気安く触んな……!?」
「レリィに代わって謝るよ。悪かった。だからもう、赦してやってくれよ。お前が望むなら、もう関わろうとしないからさ」
「……! あ、あんた……」
「な、ウィリアム。赦してくれよ」
俺はウィリアムの肩をつかんでいる手の力をさらに強める。ギリギリと指を筋肉に食い込ませると、骨の感触が右手に伝わってくる。まだなにかやるつもりなら、このまま肩を外すくらいのことはしてやるつもりだった。
「っく、わかった、わかったから放せよ」
俺はウィリアムの肩から手を放す。彼は二、三度腕をぐるぐると回し、どこも負傷していないことを確かめる。
「……マジで、気に入らねえ」
「そうか。……俺も面白くないと思ってたところだ。できれば、お互い顔を合わせることがなければいいな」
「こっちのセリフだバカ野郎。ふん、じゃあな」
ウィリアムはそういうと、走ってどこかへ消えていった。俺はレリィの方に体を向け、軽く屈んで視線を合わせる。
「レリィ、大丈夫か?」
「あ、あの……ごめんなさい、ソルさん」
「無茶はしなくていい。レリィが怖がってるのに、そこまでする必要はないんだから」
俺がそういうと、レリィは小さくごめんなさいとつぶやいた。
「いや、今のはよくやったぞ、レリィ。お前が殴ってなかったら、俺があのガキの腕をへし折ってやるところだった」
「ガルドまで……」
「旦那こそ、あれだけ言われてたのに悔しくはないんですか?」
「んー、そりゃ生意気だなって思ったけどさ。俺があの子くらいのときは、もっと愛想悪かったし。なんも言える立場じゃないっていうか……」
「旦那が怒らないから、レリィが怒ったんです。……誰だって、自分の大切なものを侮辱されれば頭に来るんですよ。それを察してやってください」
「……そうだな、ごめん。ありがとなレリィ」
妙な少年にかかわってしまったせいで、なんだか気まずい雰囲気になってしまった。ここはひとつ、報酬をいくらか使ってうまいものでも食いに行こう。




