日常へ 三
日常へ 三
帝都の外。そこは広大な草原地帯が広がる。小高い丘や、街道に木々がいくつか立ち並ぶくらいで、見晴らしがいい。天気もよく、日の光が緑をキラキラと輝かせる。
「風が気持ちいいな、ガルド」
「そうですね旦那。こんなに血で濡れていなければ、どれほど気分のいいことか」
「ま、待っててください、今着替えを出しますから」
少し高い丘の上で、俺とガルドとレリィの三人は休息をとっていた。俺とガルドは血まみれの服を脱ぎながら、大きめの袋にそれを詰め込む。
「魔物の討伐……本来、冒険者のような連中が受けるような仕事なんですがね」
「仕方ないだろ。資金を集めるためには手段は選べないよ。それにほら、セシールも言ってただろ? 冬になるから、新しい毛皮が欲しいって」
「なるほど、それでランドウルフの討伐ですか。旦那にしてはずいぶん楽な仕事を選んだなとは思っていましたが……そういうことでしたか」
ガルドはそういいながら自分の武器である両手斧の血をふき取る。一般的な武器で、武器屋でもそれほど値段のかかるものでもないようななまくらでも、ガルドの手にかかれば一撃必殺の業物とそう変わらない。なにせ熊のような、大きな体だ。いくらなまくらの斧といえども、これだけの力で振るわれればどんな獲物も一撃で沈められる。
「さっきので二十体。依頼は達成しましたし、そろそろ戻りますか?」
「いや、いくらなんでも二十体分のオオカミの死骸を持っていくわけにもいかないだろ。対象の一部をもってこいって話だし。毛皮と爪だけ剥ぎ取って、それを見せに行けば十分だ。死骸は地面に埋めてやろう」
「わかりました。レリィ、袋からナイフを出してくれ。俺がやる」
そういって、レリィからナイフを受け取ると、ガルドは慣れた手つきでランドウルフの毛皮と爪を採取していく。
「ず、ずいぶん手馴れてるんですね……」
「ああ。こう見えて、昔は狩人だったからな。……こういうの、平気なのか?」
「あ、はい。昔お父さんがよく狩った獲物をこうやってさばいているのを見たことがあるので」
「そうか」
それだけのやり取りをすると、ガルドは次のランドウルフの体にナイフを突き立てていく。レリィは、その様子をじっと見守っている。
「……こうやって見てると、二人とも親子みたいだな」
「私と、ガルドさんですか?」
小首を傾げるレリィに、俺は笑いながら答える。
「ああ。寡黙なお父さんと、それに憧れる娘って感じだ」
「じゃあ、ソルさんはお兄さんですね!」
「……レリィ、それだと俺は十四歳で子供を作ったことになるぞ。さすがに大きすぎる子供だ」
「……あれ、ガルドさんっていくつなんですか?」
「三十五だ。……ちなみに旦那は今年二十一歳になったんでしたか」
「ええ! い、意外と若かったんですね、ガルドさん。予想してたより十歳くらい若いです!」
悪意のないレリィの言葉に、地味にガルドは傷ついたのか、視線を落として黙々とウルフの毛皮を剥いでいく。
まあ、言われても仕方ないか。ガルドはひげもじゃだし、体格もいいからどうしてもかなり年をとっているように見られる。そんなに傷つくなら、髭を剃ればいいのに。そんなことを考えながら、俺は新しいシャツに袖を通し、一張羅の黒のローブを羽織る。
「ガルドも着替えなよ。後は俺がやっておくから」
「……汚れますよ?」
「心配すんな。大丈夫だよ。ナイフの扱いなら任せろ」
「……それでは、お言葉に甘えて」
作業すること小一時間。ようやくすべての採取を終え、ランドウルフの死骸を地面に埋めてやり、俺たちは荷物を持って帝都に戻る。
「しかし、魔物の数も増えてきましたね。昔は街道付近まではいなかったのですが」
「そうだな。まあ、戦争の影響もあるんじゃないか? 住むところを追われて、こんなところに出てきちまったんだろ。……運のない奴らだ」
「あの……魔物と動物って何が違うんですか?」
歩きながら、そんな会話をしていると、レリィが質問をしてくる。
「ん? ああ、そういえば教えてなかったっけ。そうだなー、平たく言うと、魔物は極端に高濃度のエレメントにさらされて、変質した動物の総称……だったっけな」
「? どういうことですか?」
「もともとは、彼らも動物だったんだよ。でも、大量のエレメントにさらされると、体や精神に異常をきたす。その異常の発生した動物たちのことを、俺たちは魔物と呼んでる」
「そうなんですか。……なんだか、少しかわいそうですね」
少し俯き気味にいうレリィに、ガルドが口をはさむ。
「だが、野放しにはできない。さっきも言った通り、精神にも異常が出るせいで、奴らはより凶暴になって人間を襲う。目的は捕食だとか、種の存続のためとかじゃない。ただ、闘争本能だけが暴走している獣になる。被害は人間だけじゃないし、生態系に大きな影響を与えることだってある」
そうなのだ。
魔物とは、理性も本能も失った、邪悪な生き物だ。あるのは破壊衝動のみ。文字通りのケダモノになる。いや、本能で動くケダモノよりもたちが悪い。本質からねじ曲がった、異質な存在。邪悪な存在。
時折、理性を残したままで魔物化するような奴もいるが、そういった奴はまれだ。そしてそういう存在と敵対した時が一番厄介だ。
なまじ知能があるせいで、仲間と連携して襲い掛かってきたり、あるいは人間と同じように魔法を行使する魔物までいる。
そういった観点から、魔物と人間は共存できると信じ、おかしな宗教を作り出す輩もいるが、そんなことは絶対にありえない。魔物はこの世に破壊しかもたらさない。それ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけ。人間、動物、自然。どんなものでも関係なく、ただただ周囲を破壊することに執着し、平等にすべてに滅びをもたらす存在だ。
「だから、魔物は誰かが退治しなきゃいけない。それが今回は、俺たちだった。それだけの話さ。レリィが気に病むことは一つもない」
「……そう、ですね。わかりました」
レリィが納得し、話も一区切りついたところで、帝都が見えてきた。相変わらずバカみたいにデカくて、ごみごみしている。ここから見ただけでも、建物と建物の間隔が狭いのがわかる。街の中心に偉そうに居座っている、あの大きな城も気に食わない。一体何様なんだか。
「やっと見えてきましたね。……? なにか妙じゃないですか、旦那?」
「ガルド、どうした?」
「いえ、見張り台に兵士が一人もいないなんて、妙だと思いまして」
「……確かに、変だな」
普通、見張り台の兵士は近場で緊急事態が起きない限り、定位置からは動かないものだ。交代も、見張り台の上で行われるため、基本的に無人になることはあり得ない。とすると。
「……帝都で何かが起こっている?」
「……とにかく、行ってみましょう。レリィ、旦那から離れるな」
「は、はい」
何が起きたのか。見当もつかないけど、とりあえずは警戒だけはしておいた方がよさそうだ。




