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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
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盗賊ギルド 十二

    十二


 「いらっしゃい、何を飲む? 酒、ジュース、天然水。なんでもあるぞ……って、お前さん大丈夫かい?」

 酒場になんとかたどり着いた俺だったが、やはり人ごみにいる恐怖で頭がどうにかなりそうだった。

 口は渇き、舌がうまく回らないし、目の前がちかちかする。おそらく今、相当ひどい顔色をしていることだろう。

 「だ、だいぞ……ぶ」

 「おいおい、呂律が怪しいじゃねえか。すでに酔っぱらってる……ようには見えねえが。とりあえず水でも飲め。少しはマシになるだろ」

 そう言うと、店主は店の奥に引っ込んでいってしまった。せっかくの情報源がいなくなってしまい、俺は困惑する。といっても、すぐに戻ってきたので、ああ水を取りに行ってたんだなと理解する。完全に頭がどうにかなっているようだ。

 体からあふれてくるのは焦燥感。はやく聞き出して、早くこの場から立ち去らないと。早くしないと。

 「ほれ、これでも飲め」

 「……ありがとう」

 俺は水を受け取ると、それを一気に飲み干す。

 「随分くたびれてるな、坊主。子供なのにこんなところに来るなんて、大人の真似事か?」

 ニヤニヤと笑いかけてくる店主に、俺は反論する。

 「……俺はもう十八で、成人してる。あとその笑い方は止めろ。なんかムカつく」

 「へいへい、それで何を飲むんだ? リンゴジュースでも飲むか?」

 相変わらず小ばかにしたように笑う、やせぎすの男に無性に腹が立つ。さっさと用件だけ済ませて、家に戻ろう。

 俺はあたりに人がいないことを確認すると、できるだけ声を潜めて店主に問いかける。


 「……次の奴隷市場はどこで開かれるんだ?」

 「……は?」

 店主の顔が引きつる。それから、聞き間違いだろうと表情を緩めるが

 「奴隷を買いたい。奴隷市場はどこで開かれるんだ?」

 今度こそ、店主の表情が歪む。

 それは軽蔑するような、あるいは憐れみを込めるような。そんな視線を向けてくるが、俺はそれを無視して店主を睨む。

 そうやって強がってないとどうにかなりそうだった。

 「……なんで」

 店主が口を開く。

 「何だって、お前みたいな若えモンが奴隷なんか欲しがるんだ?」

 店主が咎めるような声色で俺に問いかける。


 今この場に俺の味方と呼べる存在はいない。そのことが怖くて怖くてたまらない。しかし、ここで引くわけにはいかない。どうあっても情報を吐いてもらう。

 そう決心し、今度は凄むように男を睨み、脅しをかけようとする。

 「あ~、だめだめ。そんなふうに凄んでも情報屋からは情報を引き出すことはできないよ。もっとスマートにいかないとさ」

 一瞬、その声に驚く。

 正確に言えば、その声の主との距離に、だ。

 気が付けば、茶髪の男が、俺のすぐ右隣のカウンター席に座っており、俺と店主の会話を盗み聞いていた。

 とっさに、俺は数歩下がって警戒態勢に入る。

 気付かなかったのか? いや、そんなはずはない。

 店主に話を振る際、俺はあたりに誰もいないことを確認していたはずだ。

 なのに、気がついたらいつの間にかすぐ隣にいた。

 姿をくらます魔法か、はたまた凄腕の盗賊か。なんにせよ、この男が只者ではないと察する。

 バンダナを頭に巻いた男は、左手にグラスを。右手でバンダナからはみ出した前髪をいじりながら愉快そうに笑う。

 「そんなにビビんなよ。俺はジャン。しがない情報屋だ。……アンタは?」

 「……」

 「おいおい、だんまりか? そんなんじゃ、お互いの信頼関係は築けねえよ。もっとフレンドリーにやろうぜ」

 そう言いながら、ジャンと名乗った青年はグラスを煽る。

 ゴクゴクと音を立てながら、しっかりと味わうように飲み干す。

 「ジョルジュ、おかわり」

 「……おう」

 店主がジャンのグラスに酒を注いでいく。こぼれる寸前まで注がれたそれを、ジャンは半分ほど飲み、鼻から息をつく。

 「……何モンだ、アンタ。どうやって……」

 「どうやって気づかれずに近づいたんだ、ってか? そんなもん、あんだけビビりまくって前しか見てなかったら見落としもするだろうよ。俺はただの情報屋だよ。いやマジで」

 「……何が目的だ?」

 「そうだな。世界平和、なんてどうだ」

 「ふざけんな!」

 男のおちゃらけた態度に腹が立ち、俺は怒鳴る。

 「……真面目に答えろ。じゃねえと殺す」

 ジャンは肩をすくめると、怖い怖いとつぶやく。しかしその表情は笑っており、自分を脅威に感じていないと意思表示しているようにも見える。その姿が、なおさら怒りを加速させる。

 「……マジで殺すぞ」

 「ふむ……殺されたくはないからな。そうだな、俺の真の目的を言おう」

 そういうとジャンは立ち上がる。俺はとっさに警戒態勢に入るが、ジャンはそのまま両手を広げると俺の目を見て笑う。

 「奴隷市場の場所を知ってる。金を払えば、教えてやらなくもない。ま、平たく言えば金儲けだな。それが俺の目的だ。というか、情報屋の共通の目的だろうなあ、これは」

 かすかに笑うと、彼はまた席に着く。そして俺に向かって交渉を持ちかける。

 「教えてほしかったらゴールドを用意しな。そうだな……百ゴールドで手を打ってやるよ」

 「ひゃく……!?」

 馬鹿げている。百ゴールドなんて、払えるわけがない。たかが情報に、その金額はどう考えてもおかしい。

 「ふざけ……!」

 「ふざけてない。大真面目だ。『奴隷市場の開催場所』の相場はな。……それだけセレブな連中が集まるんだ。一般人や貧民が手を出せる場所じゃないのさ」

 ジャンはそう言うと、再びグラスを傾ける。

 冗談じゃないぞ。百ゴールドなんて、払えるわけがない。

 金貨一枚で一ゴールド。これは銅貨千枚分の価値だ。百ゴールドもあれば、一カ月は遊んで暮らせるじゃないか。

 盗賊ギルドの仕事でも、それだけ大きな仕事はそうそう簡単に来るものじゃない。来たとしても、ろくでもない仕事ばかりだ。要人の暗殺、国家機密物資の強奪、そんなものばかりで、とてもじゃないがそれと釣り合うだけのものが、その情報にあるとは思えない。

 「嘘だと思うなら他をあたりなよ。これでも良心的な値段だ。いや、下手をすればこの金額が一番安いかもな。信じるか信じないかは、アンタ次第さ」

 ククク、と愉快そうに笑うジャン。俺はそれを歯ぎしりしながら見ていることしかできない。

 「……俺なら」

 会話に割って入ったのは店主だ。彼は少し考えながら、俺の目を見て口を開く。

 「……俺ならもう少し安くできる」

 「! 本当か!?」

 俺は店主に近寄るが、それを彼は手で制す。

 「ただし、お前さんの事情による。それを教えてくれれば、もう少し低い額を提示してやらんこともない。」

 「……それは……」

 言ってもいいことなのだろうか。俺は頭を抱える。

 これはセシールの問題で、そもそも俺はそこまで深入りするつもりはない。当然、奴隷市場の場所を教えたらさっさと彼女とは縁を切るつもりでいた。

 当然、縁を切るつもりでいる以上、あまり彼女のことを口外するべきではない。

 「ククク……悩んでいるね。何か後ろめたいことでもあるのかな?」

 ジャンは愉快そうに笑う。いちいち癇に障る男だ。

 俺が悩んでいると、ジャンがこんな提案を持ちかける。

 「ちなみに情報屋は、何も情報を売るだけが仕事じゃないぜ。情報を買うことも受け付けているよ。アンタが百ゴールドに値するだけの情報を持っていれば、奴隷市場の情報と交換しようじゃないか」

 ジャンがそんなことを言う。

 俺は考える。


 自分にそれだけの情報なんてあっただろうか。今まで得た知識なんて、ほとんどが本で知ったことばかり。百ゴールドも価値のある情報なんて……

 「……いや、ある」

 そうだ、俺は盗賊ギルドだ。

 盗賊ギルドは世間的に見れば、悪の組織の集まりで、国からすれば消し去りたい暗部であるに違いない。

 ならば、そのアジトの情報を売れば、おそらくかなりの情報料が手に入るだろう。

盗賊ギルドを潰したいと思っている者たちはおそらく大勢いるに違いない。そして、その情報はおそらく喉から手が出るほど欲しいはずだ。

俺は、口を開きかけて、そのまま固まる。


 いや、待て。

 本当に良いのか?

 それは、仲間を売る行為だ。いままで悪いことに手は染めていて、バカなことばかりやっている頭の弱い連中の集まりだが、自分の恩人たちだ。

 こんな自分を拾ってくれた人たちなのだ。互いに卑屈な気持ちを抱えながら、凄惨な過去を持った者たちが集まって、傷を舐めあいながらヌルイ日々を送っている。

 その仲間は、数日一緒にいた少女の為なんかに売ってもいいものなのか?

 再び考える。考えて考えて考えて。悩んで悩んで悩んで。

 そして、答えを決める。


 俺は結局情報を売ることにした。

 自分の中で、納得する答えを見つけたから。

 初めて、誰かの役に立てる場面がそこにあったから。だから、悩みこそしたけれど、決意は固まった。

 後でどうなろうと知ったことか。後で何と呼ばれようが知ったことか。


 鼓動が早まる。落ち着け、冷静になれ、早まるなと、自分を庇おうとする別の自分の声が聞こえる気がする。だが、もう決めたのだ。彼女の妹を助けると。

 奴隷を、助けると。

 そうしないと、俺はきっと一生後悔する。だから、俺は情報を売る。

 口を開き、大きく深呼吸する。



















 「……盗賊ギルドの、ビハインドエッジの情報をやる。そのかわり、奴隷市場の場所を教えてくれ」

 震える声で、俺は二人に告げた。


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