盗賊ギルド 十一
十一
「きったねえなオイ!」
いきなり自分の足元に吐しゃ物をまき散らされて焦る。
「おいおい、もうちょっと優しくしてくれても……うおええええ!」
「オイ! わざとやってるだろテメエ! ちょっとかかってんだよ!」
かつての恩師を容赦なく蹴飛ばす。
「痛い痛い! ちょまっ……顔! そこ顔!」
微妙に嘔吐物の飛沫がズボンに付着していた。
何発も蹴ってようやく離れたヴァンを俺は睨みつけながら距離を取る。
「……なんでここにいる。」
「あ? そんなの、酒飲み過ぎたからに決まってるだろ。大通りで嘔吐するわけには……うぷっ……」
「そうじゃなくて! アンタはレイレナードにいたはずだろ! なんで帝都にいるんだよ!?」
そう、ヴァンはレイレナード王国で日雇いの仕事をしながら暢気に暮らしているはずだったのだ。少なくとも、俺が家を飛び出した時にはそうだった。
ヴァンは少し悩むように無精ひげをいじると、片目だけ開いて俺を見る。
「ん~……家出した馬鹿の様子を見に来た、とか言っとけば美しい話になるんだが。まあ実を言うと仕事だ」
いたずらっぽく笑うと、彼はよっこらせと掛け声とともに立ち上がる。こういう姿を見ると、歳をとったくたびれたオッサンにしか思えないものだ。
「亜人戦争終結に向けて、人員を確保するために各地に皇帝の名で命が出たんだ。帝国に与する国から、最低でも100人ずつ徴兵せよ、ってな。それで、俺が来たわけだ」
そう言って、得意げに胸を張る中年。
それを聞いても、俺は納得することができなかった。
「なんでだよ。アンタ、もう殺しには加担しないって……」
「仕事がねえんだよ、察しろ。そして言わせんな。照れちゃうだろうが」
「茶化すな。だいたい、どうして今更なんだ? 国の命令が出たって、アンタほどの実績があれば……」
そう、国からの命令だって断れるはずなのだ。
ヴァンデルト=アーベルは、かつてレイレナード王国の第零兵団に所属していた。その部隊長を任されていたほどの人物なのだ。
そして第零兵団の主な業務内容は、暗殺。
秘密裏に対象を闇に葬り、その痕跡すら残さないとされる、恐るべき集団。国中から、それこそ帝国全土にその存在を知られ、恐れられた。
ヴァンについた通り名は『死神』だ。
当然、その手腕をもってすればどんな相手、どんな環境だろうと対象を抹殺することができる。裏を返せば、殺せない人間は彼にはいない。それがたとえ自国の王だとしても。
数年前、先代のレイレナード国王は病で逝去したと発表されていたが、それすらも死神と呼ばれる彼の仕業に他ならない。
国王が、人身売買を奨励するような法案を可決する意思を示したその日の夜、彼は病で死んだ。実際は毒殺だったようなのだが。
その後第一子が王位を継いだという形なのだが、この事件により、暗黙の了解で『死神に目をつけられるようなことをしてはいけない』と世間に知らしめた。
結果的に、国王を暗殺することで、レイレナード内での汚職の抑止力として働いたわけだ。
だが逆に言えば、それは死神の意志一つで国が傾いてもおかしくないとも言える。
ヴァンの機嫌を損ねることが、そのまま国の存亡にかかわることになりかねない。そのことを、レイレナードのお偉いさん方は理解しているはずだ。
だからそもそもにして、国から命令が下ったという話も本当かどうか怪しいところだ。彼の真意に触れることができずに、俺はただ睨みつけることしかできない。
「んー。相変わらず勘が良すぎてかわいげのねえ奴。ま、そうだな。言ってみりゃ、アレだ。『気分』だな」
ヴァンは飄々としながら答える。
「なんとなく、戦争に参加したい気分だったんだよ。こんなくだらない争い、さっさと蹴りつけちまった方がいいからな。物価も高くなってるし、良いことなしだよ、争いなんて」
だから世界最強の俺が戦争を終わらせに行くんだ、カッコいいだろ? 肩をすくめながら俺にそう言った。
確かに、ヴァンほどの実力者が戦争に加われば、戦況は帝国側にとってかなり有利になるだろう。下手をすれば、彼の参加によって、一気に戦争終結に近づくだろう。ただでさえ、戦争終結は時間の問題だと言われているのだ。下手をすれば一年とかからずに終わるかもしれない。
しかし、俺は内心複雑だった。脳裏に浮かぶのはあのハーフエルフの姿。
俺達となんら変わらない、ただ耳が長くて、魔法が得意で、文化が少し違うだけの彼女のことを考える。
この戦争がもし、亜人側の敗北という形で終結した場合、その後どうなってしまうのだろう。
きっと、帝国の支配下に置かれ、何人もの亜人たちが奴隷として捕らえられ、殺されていくのだろう。肉体的に、精神的に。
そう考えると、ほんの少し胸の奥に痛みが走った。
「……そんで、お前は元気でやってるのか?」
「え?」
「え? じゃねえよ。家出したの、心配してたって言うのは嘘じゃないんだぜ? 最近どうなんだよ。ちゃんと食ってるのか? 彼女とかできたか?」
ニシシと笑うヴァン。俺は少し戸惑う。
正直、そんな言葉を掛けられて面食らった。そして同時に罪悪感も生まれる。
俺がヴァンの元を飛び出したのは、もう迷惑を掛けたくなかったから。そして、自分の身一つで何かを成し遂げたいという気持ちがあったからだ。
だが現実は非情で、俺は挫折し、性格も歪み、盗賊に堕ち、盗み、奪い、殺して、なんとか生活をつないでいる状態だ。
こんな状態の俺を、ヴァンに教えるのは抵抗があった。
「あ、ああ。何とか雇ってくれるところが見つかってさ。今は、オンボロだけど家を借りて住んでる。それなりにやっていけてるよ」
俺がそういうと、ヴァンは少し怪訝そうな顔をしていた。
が、すぐに屈託のない笑顔に戻ると
「そうか、元気ならいいんだ」
とだけ言った。
嘘をついた罪悪感に、俺は少し顔を伏せる。
「さてと、酔いも冷めてきたし、どっかでもう一杯ひっかけてくるかね。」
「……まだ飲む気なのか?」
「おう。お前のズボンの裾にゲロひっかけたら大分楽になった」
「やっぱりわざとか!」
あきれながら、俺は肩を落とす。そう言えば汚されてしまったから、帰ってこいつを洗わないと……。
「じゃあ、俺は行くぜソル。またどっかで会おうぜ」
「……あ、待ってくれ、ヴァン。その……相談が」
俺はヴァンを引き留める。彼は首だけひねってこちらを見る。
これから当たろうとしている問題にとって、ヴァンの意見はかなり価値のあるものになるはずだ。
なにせ、俺を奴隷から救い上げた男なのだから。
どう話すべきかを悩んだ後に、俺はこう切り出した。
「……友達の妹が、奴隷にされてるかもしれない。その子を助けたいんだけど……いい方法が思い浮かばないんだ。なにか、アドバイスとかないか?」
ヴァンは眉を顰める。そのまましばらく動かずに考えると、首を横に振る。
「さあな。俺には何にも思い浮かばねえや」
「そう、か」
「ただな」
そういうと、数歩こちらに近づいてくる。
「一人救うだけなら手っ取り早い方法があるぞ」
「! なんだ、教えてくれ!」
「その奴隷を買えばいい。そうすれば、その奴隷をどうするかは完全に買った側に委ねられる。あとは好きにすればいい」
意外な答えに、俺は閉口する。
思いつきもしなかったが、その反面なるほどと思えなくもない。
実際、彼は俺を買うことで、俺を自由にしてくれたんだから。
「……まあ、元奴隷だったお前には、少し酷な話かもな。……奴隷の売買そのものが許せないんだろ? 買うのに抵抗があっても当然だ」
そういうと、ヴァンは俺を抱きしめる。身長差があるため、俺はヴァンの胸元に顔が埋まるような形になる。
「……お前が何に巻き込まれて、何を思ってそんなことしてるのかは知らねえし、聞く気もねえ。ただ、これだけ言わしてくれ。無茶だけはするな。……血は繋がってなくても、お前は家族なんだ。俺にとって……ルナにとっても」
そう言うと、彼は俺から離れる。
「つらくなったらいつでも帰ってこい。たとえお前が汚いことに手を染めてようが、奴隷を買おうが、殺人鬼になろうが。……お前は、俺の息子なんだからな」
ヴァンは踵を返し、再び大通りに向かう。
「何かあったら城に来い。しばらくはそこで世話になるつもりだ。……じゃあな」
「……ああ、じゃあな、ヴァン。その……ありがとう」
その言葉を最後に、ヴァンは大通りへと消えてしまう。
結局、ソルと呼ばれるのが嫌いだと、言いそびれてしまった。
奴隷から救われた時に、ヴァンが付けてくれた名前だ。そこにどんな想いを込めたのかも知っていた。でも、今の俺はその名前を名乗る資格がない。
「名前負けしてるからな……」
太陽なんて名前、俺からは程遠い。せいぜいが、その陰でうごめいている害虫と言ったところか。
「いつか、アンタの期待に応えられるようになるよ」
俺はつぶやき、伸びを一つ。
空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「震えてる場合じゃねえよな」
俺は決意を新たに、大通りへと向かうべく歩き出す。
生まれて初めての、人助けだ。
人の役に立つ仕事だ。
これから人ごみにまぎれる恐怖とは別に、明るい気持ちが胸にあふれてきた。
そうだ。そうだった。
俺はアンタみたいになりたかったんだ。
無償で人助けをする、アンタみたいな英雄に。
死神と呼ばれても、それでも国の為に尽くすアンタに憧れて。
貧乏な癖に、俺を買って息子のように育ててくれたアンタを尊敬して。
俺はアンタみたいになりたかったんだ。
「これが終わったら……変われるような気がする。そしたら……」
そしたら、ヴァンに会いに行こう。そして今までのことを話そう。もしかしたら軽蔑されるかもしれない。思いっきり叱られるかもしれない。でも、それもいいかもしれない。
俺は震える体を押さえながら、大通りへと向かっていった。




