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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
24/115

盗賊ギルド 八

     八

 

 エルフに限らず、亜人種はどこに行っても嫌われる。その理由を一口で言うならば、人間の方が数が多いから。

 自分と肌の色が違う、自分と体の特徴が違う。そんな理由で、人間は亜人を排斥し続けてきた。

 その世界の流れに疑問を持ったのが、ロイドフォース王国の先代国王、ラグリア=ロイドフォースその人だ。

 彼は人間と亜人の共存を唱え、亜人排斥を訴えるすべての国を敵に回す。それは、小国であるロイドフォースにとっては、まさに自殺行為と呼ぶに等しい行いだった。

 しかし、未だに戦争は続いている。先代が亡くなり、その跡継ぎであるリドルに政権が移っても、戦争は終わらない。

 小国の無謀な反乱。即座に終焉を迎えるであろう戦争が、十年も続いているのには、理由があった。

 西大陸に点在する、ドワーフ族からの支援。彼の者たちからの技術の伝達によって、彼らは少人数ながらも、世界の中心とも呼ぶべき大国と渡り合ってきた。

 魔導兵器。

 マナを利用した自動人形や、カラクリ兵器。それらの強大な武力があり、今も戦争は続いている。


 「敵対国……」

 「あ、言っとくけど、私スパイとかじゃないからね」

 そう言って、少女は腕を組むと、壁に寄りかかりながら俺の方を見る。

 「信じてくれる気になった? 奴隷売買をしたことがないってこと」

 少女はそう言いながら俺に歩み寄る。

 「……それは別問題だろうが。お前らの国でも、奴隷の売買ぐらいあるんじゃねえのか? 何せこっちは、敵国の内部がどうなってんのなんかわかんねえしな」

 俺はそう言って口角を釣り上げる。

 信じない。信じられるわけがない。もう二度と、人間なんぞ信じない。そう決めたんだ。

 そんな戯言には付き合わない。信じた瞬間に裏切られたんだ。信じない。絶対に。

 「奴隷を買う奴は、どんなこと言ってようが信じねえ。それに、一般市民もだ」

 「私、一般市民ってほど裕福じゃないんだけどなあ……。ねえ、どうしたら信じてくれる? どうしたら私の話を聞いてくれるのさ?」

 「話し合いをしようって状況じゃねえだろ。まずはこの拘束を解かないことには、信用もくそもない」

 俺は吐き捨てるように告げる。少女は一瞬考え、それからすぐに俺の手を縛るロープに手を伸ばす。

 「わかった、解けばいいんだね」

 少女は俺の後ろに回ると、手を縛るロープにナイフをあてがう。何度も前後に動かして、そのロープを切ろうとする。

 そして、プツンと言う音と共に俺の両手が自由になる。

 「―――!」

 瞬間、俺は拳を握りしめ、振り向きざまに少女の顔面目掛けて振るう。

 少女はそれを難なく躱し、二、三回飛び退き、再び戦闘態勢に入る。


 そう思ってたのに。

 「ぶぐぅ!」

 ガツンという手ごたえと共に、少女が後ろに倒れる。

 少女はそのまま地面を転がり、数歩先程の距離で動かなくなる。

 「……」

 沈黙。

 そして俺が何も言えないでいると、少女が嗚咽を漏らし始める。

 「うぐッ……ひっ……えぐッ……痛ぃ……!」

 「あ……」

 拍子抜けした、というより、疑問が残った。

 なんで? なんで? なんで?

 少女は泣きながら上体を起こし、涙を流しながらこちらを睨む。

 「ひっくっ……うそつきぃ……!」

 「な、なんで……」

 なんで避けなかった?

 そう問いかけようとしたのに、喉が引きつって声が出ない。胸の中に、ざわざわした不快な感情が満たされる。

 「だって、解いた、ら、話し合いして、してくれるって、い、言ったのに……」

 恨めしそうにこちらを睨み続ける少女。そのまま泣き崩れて、地面に顔を伏せる。

 罪悪感。

 今まで人を殺しても感じなかったそれが、なぜか今、胸の中で暴れまわっている。

 うそつき、と。

 そう言われるのは初めてで。


 そして、嘘をついたのも初めてだった。


 「……ごめん」

 何を謝ってるんだ。こいつは奴隷を買うようなクズだ。外道だ。そう言って、自分の正しさを肯定する声が頭に響く。

 しかしその一方で、別の声が異議を唱える。

 ホントにそうなのか? この子は本当のことを言っていて、俺が勘違いしただけなんじゃないのか?

 今まで、誰かを殺してもこんな気持ちにはならなかった。自分は正しいことをしてきたと、それなりに胸を張って言える。そういう仕事を選んできたつもりだ。


 ……あの時に似ている。初めて盗賊ギルドに来て、入団試験を受けた時の、あの時と。

 女の人を捕まえて、刺されたあの時の感情と、少し似ている。

 

 俺は少女の方に、ゆっくりと近づく。警戒していたわけではなく、なんと声をかければいいのかわからなくて。

 「あの、さ。その……わりい……。」

 「うぐ、……ひっ……ひひっ……ふふふふふ……」

 突如、すすり泣きが笑い声に変わって、ぎょっとして目を見開く。

 少女は肩を震わせながら、ひとしきり笑った後、ばっと顔を上げる。

 「へへへ~! 演技でした! はは、び、びっくりした?」

 「……ごめん」

 俺はもう一度謝った。謝らずにはいられなかった。

 整っていたはずの彼女の顔は見る影もなく、鼻は折れて、出血がひどい。前歯も少しぐらついているようで、口からも出血していた。

 とても、演技とは思えない。演技であるなら、今の言葉そのものの方が演技だろう。痛くない、という演技だ。

 「えへ、す、少しはしん、じてくれたかな?」

 「……なんで、避けなかったんだよ。お前なら避けれただろ。」

 俺は咎めるように、責めるように彼女に疑問を投げつける。

 あの拳は、言ってみれば牽制で、言外にお前と話をするつもりはないという意思表示のつもりだった。そして彼女の身体能力なら、避けれないにしても魔法なりなんなりで防ぐ方法はいくらでもあったのだ。

 なんでそれをしなかったんだ。避けてさえいればこんなことにはならなかったのに。

 こんな気持ちにはならなかったのに。


 少女は再び鼻を押さえると、目を伏せながらつぶやく。

 「信じたから」

 俺は耳を疑った。信じた? 何を? 俺を?

 俺の、あんな言葉を?

 「だって、信じなきゃ、信じても、らえないから」

 少女はそう言うと、笑う。

 笑顔というには、痛みで眉間にしわを寄せ、瞳からは大粒の涙を流し、血まみれの姿で悲惨そのものという状況だ。

 なのに、少女は笑った。

 なんで? なんで? なんで?

 わからない中、それでも俺は一つの推論を立てる。


 たぶん、俺に心配をかけないため。


 「お前……バカなんじゃねえの?」

 俺は悪党だぞ? 俺は盗賊ギルドの人間だぞ? 俺は奴隷だったんだぞ?

 そんな奴を信じて、信じてしまった結果がこれだ。

 バカだ。とんでもない、バカだ。

 バカ正直すぎる。

 「へへ……っ痛……!」

 無理やり笑顔を作ろうとして、少女は短い悲鳴を上げる。

 「だ、大丈夫か!?」

 「へ、平気だし! それよ、り、話し合いを……!」

 「そんな状況じゃねえだろ。とにかく、怪我が治るまで大人しくしてろ」

 「や、やだ! に、逃げる気でしょ!?」

 痛みをこらえながら少女が俺の袖をつかむ。俺を逃がすまいと。手がかりを失わないようにと。

 「逃げねえよ……。」

 俺はその手を掴む。

 「お前のこと、信じてやるから。だから、今はおとなしく治せ。」

 「……信じ、られると思う?」

 「それも含めて悪かった。とにかく信じろ。」

 俺は彼女を肩を抱えて体を起こす。

 「歩けるか?」

 「うん……」

 「近くに、俺専用の隠れ家がある。とりあえずそこに行こう。」

 「うん……」

 とにかく、彼女を休ませよう。

 ギルドの方には、しばらく休むと後で伝えなくては。


一月八日まで実家に帰るので、次回更新は八日以降になると思います。

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