盗賊ギルド 七
七
体が動かない。しかし頭の周りに物音が聞こえている。
意識がゆっくりと戻る中、手足を動かそうとして、体が自由に動かないことを確認する。ゆっくりと瞼を持ち上げると、俺は薄汚れた地べたに、砂埃だらけの体で横たわっていた。
こんなところで寝たっけな。そんなことを思いながら、俺は体を起こそうとする。
手が動かない。何かに縛られている。そして、それをきっかけに記憶が呼びさまされる。
(もしかしてアンタ、奴隷だったの?)
さっきの少女に俺は敗北して、こうして地面に倒れ伏している。そのことを理解するまで、さほど時間はかからなかった。
「あ、よかった。目覚ましたんだね」
声のする方を、頭だけをひねって見上げる。
そこには、先ほどの少女が俺の方を見下ろしている。
「ごめんね、まさか死にかけても向かってくるとは思ってなくて、傷だらけにしちゃった……。まだ痛む? 一応傷は癒したんだけど……」
「殺せ」
少女の言葉を遮って、俺は吐き捨てる。
「ちょ、ちょっと、話くらい聞いてよ。私、アンタに何かした? 謝るからさ……」
「殺せ」
俺は少女を睨みながら、
「お前と話すことなんて何もねえ。殺せ。早く。」
「ちょっと、そんなことできるわけ……」
「いいからさっさと殺せよ!!!」
叫び声を上げる。少女は目を見開く。驚いているのか。それとも。
「奴隷だった人間と話すことなんて何もねえだろうが! みじめに転がってんだ! さっさと殺せばいいだろうが! 早くしろよこのクソ外道! 殺せ! 殺せ!」
少女はその言葉を受けて憐れみの視線を送ってくる。
俺はその視線を受け、さらに激昂する。
そうやって同情する振りして、何がしたいんだ? 早く殺せよ。それがお前らの楽しみなんだろ? 奴隷をおもちゃみたいに扱って、壊れたらすぐに新しい奴隷を買う。俺たちは人間じゃない。お前らにとってのおもちゃだ。使い捨てのおもちゃだ! 壊せよ。さっさと壊せよ。何の価値もない、壊れかけのおもちゃだ。さっさと壊せよ。なあ!
言葉になっているかどうかも怪しいその怨嗟を吐き出し続ける俺に、少女はなおも同情の視線を送る。
「真人間の振りなんかしてんじゃねえぞ。奴隷買う人間にろくな奴はいないんだからな。 俺には分かってる。そんなことをしても無駄だ。」
奴隷は人間に嫌われてる。人間のなりそこないだ。
お前らは奴隷が汚くて、醜くて、消えてほしくて仕方がないんだろう?
「……殺せよ。」
「アンタ……」
少女は、唇を震わせながら俺に問いかける。
「なんで笑ってるの?」
俺は、その言葉で初めて気が付く。
自分の口角が歪んでいることに。
「なんで、殺せって言ってるのに、そんなに嬉しそうなの?」
「なんで? 嬉しそうなの? バカだな、決まってるじゃねえか。やっと死ねるんだ。今までの呪縛から解き放たれるんだ。もう奴隷だからって言って誰かに後ろ指刺されることもない。誰かに虐げられることもない。誰かに騙されたりすることもない! それが喜びじゃなくてなんだっていうんだ?」
俺は歪んだ笑みを浮かべる。
「……狂ってるよ、アンタ。」
「そうかもな。でも俺をこんなふうにしたのは……お前たちだぜ?」
とうとうこらえきれなくなって、俺は嗤い出す。
「ククククク、ふひひひひ、けひ、ひひ、あひゃははは!」
「……奴隷は、みんなそうなってしまうの?」
「くひひ、どうだろうなあ。長いこと奴隷やってたら、精神なんて簡単に壊れるんじゃねえか?」
笑いが止まらない。
「ねえ」
「ああ? んだよ、やっと殺してくれんのか?」
狂った微笑みを少女に向けたまま俺は問いかける。
「取引しない?」
「あ?」
意味が分からない。何言ってんだこいつ。
「私、人を探してるの。その人はもしかしたら奴隷にされてるかもしれない。ううん、その可能性が高い。私は奴隷を買ったことがないから、奴隷市場のところまで案内してほしいの。」
「信じるとでも思ってんのか?」
「妹なの。私の、たった一人の。」
少女は、そこでようやくフードを取る。
瞳と同じ、深い緑色の髪の毛が風に揺れる。
彼女が、その髪の毛を掻き上げて、耳に掛ける。
「お前……!」
「私はセシール=グラディウス。……ハーフエルフよ。」
その耳は人間のそれより長く、聞いたことのある特徴の通りだ。
「敵対国の人間なら、奴隷を買ったことがないって、信じてくれる?」




