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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
22/115

盗賊ギルド 六

     六


 激しい光が、俺目掛けて襲いくる。

 それが炎だと認識して、俺は即座に横にある小さな路地に飛び込む。

 「逃げても無駄だよ! アンタの魔力を私は辿れる!」

 俺が隠れている地面に変化が起こる。周囲の地面がみるみる形を変え、隆起したそれが下からせり上げてくる。

 「ぐほぁ!」

 下から胴体をたたきつけられ、さらに路地の奥へと転がされる。衝撃もそうだが、転がったときに手や足を打ったようで、鈍い痛みが体に残る。

 「魔、法……だと?」

 俺はその言葉をかみしめる。


 魔法を扱う魔術師には2種類ある。

 一つは、大気中の不可視のエネルギー、『エレメント』と呼ばれるものに一定の法則式を与えて、自然現象に近い現象を引き起こす、精霊魔術師。

 もう一つは、自分の体の中にある『マナ』を消費して、不思議な現象を引き起こす、法術師。

 どちらにもメリット、デメリットはある。エレメントを使う場合は、精神に負担がかかることを度外視すれば、ほぼ無尽蔵に魔法を唱え続けることができる。そのかわり法則性、いわゆる術式を与えるためには詠唱を行わなければならず、それには時間がかかることが多い。

 対してマナの方は、自分の内側からひねり出すものであり、詠唱を破棄しても魔法自体の発動は可能だ。しかし詠唱しない分、威力は落ちる。そして最大の欠点は、マナが枯渇すれば死ぬ。つまり、限界があるのだ。

 

 俺はさっきの状況を思い出す。

 あの少女は先ほど、詠唱らしいものを唱えているようなそぶりはなかった。つまり、マナを消費して魔法を発動させているとみて問題ないだろう。

 問題があるとすれば、あの少女の魔法の発動の速さ。通常、魔術師は強大な魔法によって敵を一網打尽にするのが通常の戦闘スタイルだ。言ってみれば、一撃必殺。それほどまでに、魔法の殺傷能力は高いと聞いている。

 でも、アイツは詠唱破棄することで、近距離戦闘に対応できるほどに魔法の発動が早い。威力を捨てて、速度を上げる。魔術師らしくない戦闘スタイルだ。

 厄介なことだが、それが分かれば弱点も見つかる。

 詠唱破棄している時点で、精霊魔術師である可能性はない。つまり、アレは自分の体からマナをひねり出している法術師だ。

 結論、攻撃をかわし続ければ、奴のマナは枯渇する。

 そうなれば、魔法は撃てない。そこが勝機だ。

 

 俺は痛む体を素早く立ち直らせる。弱点が分かったのなら、あとはそこを突くだけだ。少女のマナ枯渇を待って、攻撃をかわしつつ、勝機をうかがう。それまでは逃げて、躱して、隠れ続けるだけだ。


 俺は立ち上がると一気に駆けだす。


少女に向かって。


 「うわあ!?」

 少女はこちらに向かってくる俺に対して驚いたようで、一瞬戸惑いの声を上げる。しかし、次の瞬間には冷静さを取り戻し、その手を俺にふるう。

 当然、そこからは魔法が飛んでくる。風が刃のように鋭くうねり、俺の体をずたずたに引き裂く。

 激痛が走り、俺の体にダメージを与える。しかし、それでも俺は止まらない。止まれない。

 俺の憎悪は、とまらない。


 痛みを無視して、なおも突進を続ける。射程距離に入った。俺はナイフを抜き放ち、少女目掛けて振るう。その姿に少女は驚いたようだったが、素早く飛び退き、俺の攻撃を寸前で避ける。そのまま二度三度と跳躍し、今度は屋根の上に上る。

 「逃がすかクソッタレが!」

 俺はなおも少女に向かっていく。


 許せなかった。

 奴隷を買おうとする人間を許せない。頭では対処法を考え、勝てる算段が浮かんでいるにも関わらず、それを無視して俺は女を殺そうと接近し続ける。

 でも、心は平静ではいられない。

 殺す。殺そう。殺さなきゃだめだ。逃げる? 冗談じゃない。殺す。どんなことをしても殺す。逃がさねえ。殺してやる。

 殺意だけをその身に宿して、俺は我武者羅に刃を振るう。しかしそれは何一つ届くことなく、返り討ちに遭い、距離を離され、再び縮めようと駆け出し、ナイフを振り、躱され、返り討ちに遭う。

 頭が真っ白だ。こいつを殺さなきゃ。殺さなきゃ。

 じゃないと俺は。

 

 何度そうしてナイフを振るっただろう。しかしその攻撃は一つも届くことなく、俺は無様に地面に倒れ伏していた。

 体はすでにずたずたで、立ち上がることもできない。膝立ちのまま体を起こし、なおも俺は少女を睨みつける。

 こいつを殺さないと俺は。

 奴隷を買うようなこいつを殺さないと、俺は。

 ここでこいつを逃したら俺は。


 俺は自分をもう二度と許せなくなる。

 

 殺す。なんとしても。

 しかし、俺の体はすでに言うことを聞かず、殺意だけが暴走していた。

 少女は、そんな俺を憐れみの目で見ている。それが気に入らねえ。殺す。

 「ねえ、どうしてそんなになってまでこっちに向かってくるのさ? 私、質問しただけだよ?」

 「うるせえ、殺す……、奴隷を買うような奴は殺す、殺してやるぞ……!」

 息も絶え絶えに少女を睨みつけ、呪いの言葉を吐き続ける。少女はそんな俺を、痛ましいものを見るような、それでいて理解できないと言った、そんな表情だ。

 「私が奴隷を買うことが、嫌なの?」

 「……黙れ、殺す。奴隷を買おうとする人間なんざ、みんな殺してやる……」

 意識を保つのが難しくなってきた。くそ、これじゃあまた俺は。

 また俺は負けるのか。あの五年間のように。負け続けるのか。

 「ねえ、アンタさ……」

 少女が口を開く。俺の意識はすでに混濁し始めていて、何を言っているのか判然としない。

 でも、次の言葉だけは聞き取れた。はっきりと。


 「もしかしてアンタ、奴隷だったの?」


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