第80話 おねえさんと神の奇跡
「送ってもらってありがとうございます。
世界のために!必ず両親を説得します!」
しおりちゃんはそう決意して車を降りた。
彼をお腹に埋めたことも二人にバレてしまった。
おかしな行為だと思われてないだろうか。
第三研究所の時から言われていた。
私が彼の愛人じゃないんだろうか。
恋愛感情があるんじゃないかと。
笑わせないで。
彼が私の全てだったことは認める。
私が生きる世界だった。
依存していたのかもしれない。
彼の事業が苦しい時に、必死になって支えたわ。
寝ない日が何日続いたかもわからないほど、必死に仕事をしたこともある。
父のギャンブルに浪費されるのを知りながらも、言われるがままに金を渡した。
父はギャンブルで首が回らなくなったのを助けても、私にねぎらいの言葉は無かった。
弟の学費や仕送りも言われるがままにしていた。
弟は学校を卒業した後も私の金で生活し、
三十を超えてもニートだった。
そんな私が少し趣味を持ってお金を使うと、浪費するなと言う母の存在。
確かに無駄なお金だったのかもしれない。
でも私はずっと思っていた。
父のギャンブルも弟の学費すら、私にとっては無駄なお金だ。
家族に言われるがままの私、そんな自分が嫌で嫌で仕方が無かった。
彼の強さは私には神のように映った。
そんな彼の世界を守りたい。
それは崇拝だった。
愛人程度だと思われるなんて、心外だ。
愛情なんてレベルの低いものじゃない。
「これおいしいのよ。並ばないと買えないんだって、貰い物だけどどうぞ」
二人が嬉しそうにお菓子を開ける。
ゆうなちゃんが生まれた時、私が彼に抱いていた恋は終わったと思った。
でも変わったのは、恋じゃなかったことに気付いただけだった。
もしかして、愛人にでもなりたいと思うぐらい好きなのかもしれないとも思った。
でも、違うと確信したのは、
彼の誕生日プレゼントを選ぶ時よりも、
まりさんや二人の誕生日プレゼントを選ぶ時の方が楽しいと感じた時だった。
そう、私は彼の作り出す世界の一部で居たかったんだ。
今もそうだ。
子供が喜んでお菓子を食べる。
この彼が見たかったであろう世界を見るのが何よりもうれしい。
「そうだ、おめーに言っておくが、腹に埋めたそれな。
この世界ではどうやっても破壊出来ないからな。
守っても仕方ねーぞ」
「うそ…でしょ?」
「うそつかねーってわかってんじゃねーのかよ」
「ま、まあいいわ。どっちにしてもしまっておく場所に困るものだしね」
「いや、奴の首にかけたままにしといたらよかっただろうが」
もういいだろう。なんだこの天狗、人の嫌な話に食いついて。
「そ、その話はよしましょ」
「到着しました」
大きな玄関前に車が止まり、運転手がドアを開けてくれる。
「それじゃ行きましょうか」
私達はとりあえず状況を確認するために、
命の泉という宗教団体に乗り込むことにした。
大きな部屋に通されて、教祖が入ってくる。
「枢機卿みたい…」
ゆうなちゃんがそう呟いた。
異世界の宗教団体の幹部と見比べてるんだろうか。
「初めまして、
今日は急な依頼なのに会って頂いてありがとうございます」
「いえいえ、三六九機関の代表者とお会い出来るなんてこちらこそ光栄です」
「この子達は、」
「存じております。神の子ですね」
「二人ともそういう呼び方は好きではないので」
「ゆうなです」「はるまです」
「そうでしょうな。
神は自分達を神とは言わない。我らの宗教観とも一致致しますよ」
「あなたの力を見せて欲しいんです」
ゆうなちゃん!この子はいつも直球だ。
「それは…かまいませんよ。
正直、私の力などそれほど大したものではないのですが、
奇跡をお求めならがっかりされるかも。
では、場所を移しましょう」
教祖は立ち上がり案内してくれた。
「お待ちの方の中に顔に傷がある方がいらっしゃいましたね?彼女にしましょう」
礼拝堂のような部屋に入ると祭壇のような場所にベッドがある。
顔に大きな傷がある女性が入ってくる。
「それではこちらに仰向けに寝て下さい」
女性が寝ると教祖は顔に手を当てた。
教祖がなにやら念じると、手のひらが光りだした。
ゆうなちゃんに見せてもらった聖女の力と同じような力に見える。
「熱いですね」
「そうでしょう。害があるものではありませんので、しばらくそのままに」
教祖は丁寧に念じて顔全体で手を揺らしていく。
傷が輝き、そして少しずつ形を変えていく。
縫い目のような傷が、縫い直されていくように傷が少しずつ小さくなる。
ほとんど見えなくなったが、まだ少し残っているように思える。
「今日はこれぐらいにしておきましょう」
鏡を見た女性が歓喜の声を上げる。
「すごい!こんなにきれいに!」
「一度で全部取れなくてごめんなさいね。
でも、これであなたの人生が救われる一歩になりますように」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
何度も何度もお礼を言いながら女性は部屋を出て行った。
「なんだ、一瞬で綺麗になるとかじゃないじゃん!って思われました?」
「そうだね」
「ゆうなちゃん!」
「あ、ごめんなさい」
「命の泉は命をつかさどる奇跡の教団などと言われていますが、
この程度なんですよ」
教祖は笑った。
「私に奇跡というほど強烈な力は無いんですよ。
ただ、見えないがんのような物にも効果がありますので、
頑張れば治らないがんの治療も出来るという程度の力はあります。
それを奇跡と言われているというのが実情です」
「でも治らない癌が治れば奇跡よね」
「ありがとうございます。
救えない人を救えるこの力には感謝しています」
「でも、例えば先ほどの女性、あれは美容外科でも同じことは出来るでしょう。
一瞬で治せるのは風程度の病、
がんの治療は時間を要しますので必ず治せるというレベルではなく」
教祖は少し悲しそうな顔をした。
私は自分が、宗教団体=悪、教祖=悪人だと思っていたことに気が付いた。
彼はきっと普通の良い人なんだろう。
力を悪用する感じはしない。
まあ裏はあるかもしれないが、普通の人間の範囲は超えない気がした。
「聖女の力は知識の力、
その知識が行使する力そのものがその程度だと、その程度だろうな」
天狗が話す。
教祖を見たが、聞こえていない。
私は少し、安心した。
「あなたは神の研究所で能力を開花されたんですよね?」
「その通りです。
しかし、かの研究所の方針にはいささか異議がありましてね。
現在は距離を置いています」
「それは、どのような?」
「知っていますか?
彼らが能力に目覚めた者を神だと称し、
自らを世界を導く者とうたってるんですよ。
私は、自分のこの力を世界を導く力だとは思えない」
「聖女の力を持つのがあなたで、安心したよ」
「聖女の力?」
「ゆうなちゃん!」
ゆうなちゃんはこういう子だった。
駆け引きなんて無意味だ。
連れてきた時点でわかってた。
彼もそういうところがあった。
彼から大人の分別みたいな物を少し引くとこんな感じだろう。
私は覚悟を決めた。
「彼女は聖女の力と呼んでいるのですが、彼女も同じ力を持っています」
「なんと!
私は男ですので聖女の力と言われるとなんとも不思議な気持ちですが、
この知識の力をお持ちなのですね」
「やっぱり、知識の力だってわかってるんですね」
「はい、最初に授かった時は、なんとも不思議な、
それこそ神になったような感覚に飲まれそうになりました」
「私も同じ、家族を救うために使うと決めてから楽になったけどね。
あなたはどうやってそれを乗り越えたの?」
「私には、病気で死んだ母がいましてね。
母を救いたかった。
同じように死ぬ運命の方を救えるかもしれない希望にかけたのです」
「やっぱり、信念を持つ方は飲まれないんですね。
あなたには三六九機関に協力をお願いしたい。
世界が混乱しないように共に未来を歩みたい」
「私に出来ることでしたら、喜んで」




