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輪廻回廊369  作者: ヴァネット卿
第一部 第一章 魂の境界

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第4話 はるまと赤髪の魔女

やっぱり学校は退屈だった。


先生が黒板に書く前に、答えが頭に浮かぶ。


でも手は挙げない。


正解して褒められるより、

「なんで知ってるの?」

と聞かれる方が怖かった。


そう、本当に辛かったのは退屈なことじゃない。


誰にも話せないことが増えていくことだった。


最近は同級生がどうも子供っぽくてついていけない。


でもその理由は誰にも話せない。


話したってバカだと思われるだけだろうから。



授業が終わり本屋に向かう。


森の探索の知識は多い方が良い。

恐竜がいなくなったから、少しでも昼間勉強しておく必要がある。


本屋で立ち読みしていると聞きなれた声が、

「はるま君難しそうな本読んでるね」


「あ、おねえさん!」


俺達が物心着いたころから家にいるおねえさんだ。


父さんとは二十年以上の付き合いで、

父さんの会社で働いていた。


二十年以上の付き合いで、いつも家の一階の会社にいる人ってイメージだった。


小さな頃は一階の会社も家だと思ってたから、

いつも家にいる家族みたいなおねえさんって思ってた。


「ひさしぶりだね。うん、冒険がしたくて」


「そうね~前は毎日会ってたのに」

おねえさんはすこし悲しそうに目線を落とした。


「父さんのことなにかわかった?」

そういう俺を真剣な目で見ながらおねえさんは重く口を開いた。

「彼のこと自体は、まだ何もわからないわ」

「そう…」


ため息をつきながらおねえさんは続ける。

「周りだけ空回りしてる感じね。世界中の人が彼を欲しがって奪い合ってる。

まだ何もわかってないのに、彼を神だと崇拝する団体同士が小競り合いしたりね」


「父さんが神なら俺は神の子かよ」


笑った。


でも、本当に笑えたのは久しぶりだった。


「神の子だと認定する人達もいるってことよ。

あなたのママだって聖母マリアだと言ってる人がいるんだもの。

ママのこと守ってあげてね?」



父さんの顔が浮かぶ。


「パパが死んでも泣いちゃだめだ。

パパが死んだらママとゆうなちゃんははるま君が守ってね。

はるま君が泣いても良いのはママが死んだ時だけだ」


正直今から思えば小一に言うことかって思う。


でも本気で泣いてる時は違った。


泣いても怒ったりせず、

痛かったね悲しかったねとハグしてくれた。


泣いてる時に泣くなとは言わない優しいパパだった。


「父さんとも約束したからね。必ず守るよ!」

元気いっぱい答えた。


おねえさんは嬉しそうに聞いた。

「はるま君は、お父さんが起きたらどうしたい?」


「……」

答えられなかった。



俺はもう、昔みたいに父さんを待って泣くことしかできない子供ではいられない。


でも本当は父さんの、

「はるま君は泣き虫だからパパが守ってあげようね」

って言葉を待ってる。



「冒険、楽しそうで良いわね」


父さんに会うためには魔王を倒さなきゃだから。

「俺は”魔王”を倒す勇者にならなきゃなんだ!」


なんだか心底びっくりしたって感じでおねえさんは笑った。

「勇者か!良いわね。

はるま君ならなれるわ、きっと!

勇者になるなら、人を守る勇者になってね」



それからおねえさんは、何かを小さく呟いた。


聞き取れなかった。


でも、その表情だけは忘れられなかった。


悲しそうで。


どこか祈っているようだった。


そのまま手を振り去って行くおねえさんに、

「またね~」

と言うと俺は大きく手を振った。


帰っていく背中を見ながら思った。


なぜだろう。


あの人は俺が知らないことを知っている。


そんな気がした。


でも聞けなかった。


聞いたら、何か大切なものが壊れる気がした。



人を守る勇者か。


父さんに会うために魔王が倒したいだけなんだよな。



いろいろ調べて帰宅した後はお待ちかねのカレーだ。


カレーの湯気が、胸の奥まで温かくしてくれた。


カレーに入った肉を見ながら、

精神世界で初めて狩りをした夜のことを思い出した。


生きるためには、何かを奪わなければならない。


「いただきま…」


「おかわり!」


ゆうなちゃんだ、食べるのが早い。とにかく早い。


「いただきます」


気を取り直して、いつもより少しだけ、ちゃんと言った。


これは元々、生きていた。


感謝を胸に腹いっぱい食べる。


肉を食べた瞬間、嬉しかった。



食事をしたら風呂だ。

風呂に入らず体がべたついたまま寝たら、10日間体がべたべたし続けたからだ。



おやすみなさい~


「はるま君、また寝るの早いね~」


ゆうなちゃんの声を聞くか聞かないか。


すぐ眠りに落ちる。



実は勇者がなんなのかよくはわかっていない。


でも恐竜から教えられた知識がさっきから俺に告げている。


この森は、レベル一の勇者が入っていい場所じゃない。


風は止まり、音が遠い、一歩踏み入った瞬間から体中が震える。


レベルを上げて冒険を重ね、

仲間の戦士や魔法使い、僧侶と共にくる場所だと直感がそうささやく。


勇者の物語で聞いた"魔王城"に足を踏み入れたような空気だった。


森は、俺が来るのを待っていた。

そんな気がした。


「誰かいませんか~?」


「僕は悪い勇者じゃないですよ~」


反応はない。


おそるおそる進む。


木にでっかいかぶとむしがとまっているのが見えた。


テンションが爆上がりだ、でもそんな余裕はない。


冷汗が止まらない。


戻りたい。戻りたい。戻りたい。

足が勝手に後ろへ下がりそうになる。


そう思っていた時だった。


パキッ


木を踏む音が後ろからした。


すぐには振り返れない。


やばいやばいやばい。


静かに後ろを振り返ろうと全身で方向を変える。


「チッチッチッ」

「しずか~に、そのまま」

森の空気が、彼女の声に従うように静まった。


高い女性の声だ。


魔物じゃない。


人間だ。


それだけで少し安心した。



次の瞬間、肩に何かが当たった。


驚いて見ると、肩には黒焦げになった虫が一匹張り付いていた。


……今ので?


あの人が焼いたのか?


「もういいよ。あんただれ?ここで何してんの?」

彼女は笑顔でこちらを見ながら、赤く長い髪をかき上げた。


名前を告げようと思ったが言葉が出ない。

「あ、あ、あ、」

息が詰まる。


「あ、そうかごめんごめん」

彼女は笑いながらそう言った。

彼女が笑うたびに、空気が少しだけ冷たくなる気がした。


肺に空気が一気に流れ込む。


ゴホッ、ゴホッ。


「んで?だれ?」


「俺ははるまって言います。魔王に会いたくて」


「はるま……?」


一瞬だけ考える。


「まあいいわ。あのおっさんになんの用?」


「と、父さんに会いたくて。父さんに会うには魔王を倒せって」


「なんそれ?あのおっさんを倒せば父親に会える?どういう理屈よそれ」


「あなたは誰ですか?魔王を知ってるんですか?」


女性は唇に人差し指をすっと立てる。


「質問するのは私ね?あんたは答える役」

その声は優しいのに、背筋が勝手に伸びてぞっとした。


この人には逆らっちゃいけない。

「わ、わかりました」


「んで?

その魔王を倒すの?

私が魔王の仲間ならあんた今から殺されるんですけど?

いい?」


笑っているのに、一歩でも間違えたら本当に殺される。


そんな気がした。


「とりあえず会いたいだけです。

父さんに会いたいってだけで、関係ない魔王って人を倒すのも違うなって言うか。

なんで魔王を倒せば父さんに会えるのか。

それもわからないし」


女性は表情を柔らかくして言う。

「なんだなんもしらないんじゃん」

一気に緊張した空気がほどけていく気がした。


女性は上を仰ぎ見る。


一緒に上を見る。

「プテラノドンだ!」

一気にテンションが上がる。


父さんが買ってくれた恐竜図鑑に載っていた。


あれが一番好きだったんだ。一緒に見た思い出まで蘇る!


「あ~うん、わかった」

女性はそういうと俺の方に向き

「ちょっとかがんでな。寝転んでた方が良いかな」


女性の笑顔が消えた。


次の瞬間。


空気そのものが張り詰めた。


「え?」

俺が戸惑っていると

「言われたらすぐやる!」


考えるより先に地面へ伏せていた。



十数人の騎士風の集団が森を駆けてくる。


その先頭を走る四人は、

まるで勇者一行そのものだった。


先頭の四人が突っ込んでくる。

「奴だ、見つけたぞ!」

一人は剣を振り上げ、一人は杖を前に、一人は弓を構える。

もう一人はなにかぶつぶつ言ってるようにも見える。

「確実に打ち取るぞ!かかれ~!」


戦闘か?と思った瞬間、女性が手を上げ、振り下ろす。


それだけだ。


次の瞬間。


一人の額に穴が開いた。


一人は木まで吹き飛ばされた。


一人は炎に包まれた。


最後の一人だけが立ち尽くしていた。

「……今、何をした?」

そう呟いた直後、


破裂した。



心臓が激しく鼓動する。


なんだこれ。


なんなんだこれ。


今話していた女性の怖さ、危うさ。


なんの警戒もせずぺらぺらしゃべって、

あれこれ聞こうとか思ってた自分の浅はかさを激しく後悔した。



残った人間の半数はそれを見て逃げだした。


当たり前だ。誰でも死にたくないだろう。


女性は一瞥しただけで興味を失ったように視線を戻す。


しかし残りの半数が進む。


剣を振り上げる者、杖を構える者、次の瞬間。

跡形もなく木っ端みじんに破裂した。

彼女は何もしていない。


心臓が凍りつく。



「もう立って良いよ~」


俺は立ち上がり彼女に聞いた。

「い、今の人たちは?」


女性は少しいらだちながら口を開く。

「は~~、しらね~よ」


それ以上、質問していい雰囲気じゃない。


「あれ、食う?」

地面に転がる四人を指さして彼女が聞いてきた。


全力で首を振る。


「そっか、人は人食わないんだっけ、じゃ誰か食うだろうからほっとくか」


俺は黙ったまま立ち尽くした。


「さて、あんたはどうしたもんかね。

ここに置いておいてもよさそうなもんだけど」


魔王への手がかりだ。


「…」

少しでも何か聞いたりついていったりと思うが、

正直怖くて何を言えば正解かわからない。


何がこの人の感情を刺激するかわからない。


怒らせるかもしれない。


この人が恐竜と敵対してる可能性だってある。


どうしよう。


このまま流れるまま身を任せるのか?


父さんに会いたい。


そのためにここまで来た。


……でも。


本当に進んでいいのか。


恐竜がいてくれたら。


今は父さんより、


……会いたい。


あいつに。




森へ入ってから張り詰めていた緊張が、一気に切れた。


視界が白くかすむ。


力が抜ける。


緊張が切れた瞬間、世界が遠ざかった。


あれ……。


白い光の中で、俺は名前を呼んだ。

「……恐竜……」


ドサッ。

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