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8-2.(5)

 恋って、甘くて楽しい華やかなイメージしかなかったけれど。


 依存とか嫉妬とか、不倫とか三角関係での策略とか。リアルな恋愛には、ややこしいことや怖いこともたくさんあるらしい。


(もし、リオとつきあったとしたら)


 リオの気持ちを知って初めて本気で考えるようになった、「もしも」の状況について菫は思う。


(そういうことも……あるんだろうなー)


 ただでさえファンの多いリオだ。三角関係どころか、四角五角と複雑なことになってしまうのは目に見えている。


 この事件で初めて垣間見た、複雑な人の心と人間関係。そんな世界に、リオと自分も入ってしまうのだとしたら。


(……今みたいな、なんでも話せる安心な場所じゃなくなっちゃう。リオが)


 菫は膝の上で両手を握り締める。


「ねえ、リオ」


「ん?」


 のんきな顔でリオが振り向いた。


「リオってさ」


 口ごもりながらも、懸命に菫は言葉を紡ぐ。


「いっつも言うじゃん、私に……好きって」


「……うん、言うね」


 困ったようにリオが微笑んだ。


「この前話してから、私なりに、その、ちゃんと考えてみたんだけど」


 つっかえながら目を伏せた菫の顔を、リオが驚いたようにそっとのぞきこんだ。


「もう、ちょっとだけ。今のままじゃ……だめかな?」


 菫の言葉に、リオが無言で目を見開く。


「好きとか、あの、リオと……つきあう、とか」


 真っ赤になってうつむいて、菫は続けた。


「そういうのが、うまくイメージできるようになるまで、っていうか」


 そこではっとして、


「あ、でも」


 慌てて顔を上げる。


「もう、いっぱい待ったんだよね、リオは。今までずっと。ごめんね、やっぱ」


「いいよ」


 言いかけた言葉を止めるように、静かな声でリオが言った。


「え?」


 菫がきょとんとした顔になる。


「待つよ。スーが、イメージできるようになるの」


 穏やかな目でリオが菫を見下ろした。


「……いいの?」


 拍子抜けした菫に、


「だってスー、ちゃんと考えてくれたんでしょ? 僕のこと」


 リオが静かな笑みを浮かべる。


「うん」


 力強く菫がうなずいた。


「ちっちゃい頃のころは一回忘れて。頑張って今の、高二のリオのこと考えた!」


「……ありがと」


 ふ、とリオが口角を上げる。


「それに、イメージできるようになればOKなんでしょ? 僕とつきあうの」


「……っ、それは」


 言葉に詰まった菫に、


「楽しみだなー」


 くすくすとリオが笑う。


 困って、両手の中のコーヒーカップに視線を落としていた菫が、


「あっ! ねえリオ」


 不意に大事なことを思い出してリオを見上げた。


「春になったら、ほんとにみつかると思う? あの……」


 言い淀む菫に、


「ああ、死体」


 あっさりとリオが答える。


「そうだね。さっきの話の続きをしようか」


 シートにもたれて脚を組んだリオが、リムジンの天井を見上げた。


「事件の関係者のラスト、地主の神谷さん。彼は、小早川さんの死によってとんでもない迷惑をこうむった人であり、かつ、近所のどなたかの土地に、とんでもなく迷惑なことをしでかした人でもある」


 ゆっくりとリオが話し始める。


「一応は被害者とはいえ、元々かなり偏執的というか迷惑な存在で、しかも既に亡くなってる。警察が頑張ってあの辺の山を掘りまくることで、もしかしたら彼の罪を立証し、ついでに彼の被害も、つまり死体の発生した原因も解明できるかもしれないけど。率直に言って、僕はそれらを明らかにすることに――そのあたりの法を守ることに、そこまでの興味はないや」


 さらりとリオが言いきった。


「倫香さんは、これまで警察に二回も相談してる。それでも彼らが動かなかったから今の状況があるわけで、なら、あとのことは法を守る専門家の皆さんにお任せすればいいかなって」


(……それもそうか)


 言われてみればそんな気も、しないでもない、かも……。

 菫は小さくうなずく。


 軽く首を傾げてリオが続けた。


「神谷のじーさんに勝手に死体を埋められた土地の地主さんは気の毒だけど、当人がそれに気づいていらっしゃらない限り、そのまま心穏やかに暮らしていただけばいいんじゃない? もしも将来、運悪く死体がみつかっちゃったら、それはもうご近所トラブルの一環とでも思ってもらうしか。土地を所有するって、そういうことだよね」


 ざっくりした見解を述べたリオが、


「もちろん、あの死体がみつかればそれなりの騒ぎにはなると思うけど。それくらいの心労は経験してもらってもいいんじゃないかな? 俊介さんと倫香さん、瑞樹さんに」


 突き放すように言った。


「そう、かな」


 浮かない表情の菫に、


「そんなの、スーや僕が心配することじゃないでしょ。それに」


 あっさり言ったリオが、窓の外に視線を向ける。

 つられて菫も、彼の向こうの窓に目をやった。


 ふたりの前で勢いよく流れ去っていく、都会の夜景。

 夜の闇に浮かんでは流れる、無数の光を背景に、


「大丈夫。死体はまだ、みつからないよ」


 リオは白い横顔に、ミステリアスな笑みを浮かべた。





【 了 】





【参考文献】 

G・K・チェスタトン『見えない男』(『ブラウン神父の童心』東京創元社、1982年に収録)




最後までお読みくださり、ありがとうございました!


実は、初めて書いた「ミステリーらしいお話」( え)なのですが、楽しんでいただけましたでしょうか?(どきどき)


よろしければ、下の☆☆☆☆☆をポチッと押して★★★★★にしてくださると、小心者の作者がほっと胸を撫で下ろします…… 笑


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