84話 あらあら、ファクトですって
本当に驚いたわ。
まさか、魔人が……。
私達はいつものように、軍人学園へとお出かけしたの。
竜が教師をしているからね。
ところが、現れたのは……そう、氷炎の魔人シャルル。
その人は、ロクと竜の仇。
目の色を変えたのはもちろん、ロクと竜よ。
でも、敵であるシャルルも必死の形相で紅蓮の龍王に迫っていた。
そんな時だったの、彼女の中からもう一人の“わたし”さんに気がついたのわ。
止めようと努力したのよ。
無駄だったけれど。
それて程に、2人の憎しみは燃え上がっていたの。
誰も止められないわね。
止める権利すらないのよ。
でも……それでも! 私は話を聞きたかったの!
このとき、役に立ったのが私の特殊スキル(だと思う。後で考査が必要ね)“ぜんた〜〜い、止まれ(仮)”なの。
この技、声が届く範囲に有効で、聴いた人の動きを束縛するみたい。
まだ、良く分からないんだけれどね。
とりあえず、この“ぜんたい、止まれ(仮)”で動きを止めて、ハチに“ヘルシャフト”を使ってもらい、やっと話ができたわけ。
シャルルは、なかなか言う事を聞き入れてはくれなかったわ。
まぁ、術の怖さを理解し合うしてもらえばイチコロよね。
素直に代わってくれたの。
その人とは……。
「わたしは、北岡真理亜です」
「「日本人! ! !」」
「え? あ! ……はい」
はぁ? 日本人?
しかも、美人さん!
黒髪、黒目。
小顔でストレートな髪の毛。
純潔の大和撫子を体現しているかのような容姿。
その和風美人がオズオズと私を見て、起き上がり挨拶してくれたわ。
ただ、黒レザーのボンテージスタイルだったんだけれどね。
不釣り合いな姿が逆に、ベテラン女王様に見えるから不思議だわ。
思わず笑いそうになったけれど、それどころでは無いわ!
山の向こうの魔族領に異世界人がいた!
この事実は……あれ?
竜は渡来者だから、居てもおかしくない?
私の疑問に答えてくれたのは、トッシュだったの。
『ナナ。向こうにも異世界人は居るぞ。ただ、長くは生きられないけどなぁ』
「え?」
『弱肉強食の世界。弱い奴は死ぬんだよ。この世界に来てすぐの奴らは弱い。転生者は、産まれてすぐに……食われる。魔力に代わるんだ。アホみたいに魔力を保有しているからな。まぁ、どちらにしても、死ぬさだめだ。それが、魔族領だ』
「トッシュ。……辛いわね」
『ナナ、おっさんはなんて言ったニャ?』
「え? 聞こえないの?」
『うんワン』
『うんニャ』
「トッシュ……どう言うこと?」
『特殊スキルのなせるワザ。もう少し、考査と実査を繰り返せば、声なき声もの聴こえるようになるんじゃないか?』
「それ、本当!」
『あぁ、おそらく』
「ルバー様に相談するわ」
ハチとロクに話をしたの。
もちろん、ルバー様に相談する事も含めてね。
あんに協力してね! と、言いたかったんだけれど……理解してくれたみたい。
笑顔で頷いてくれたわ。
さて、置き去りにしている彼女、北岡真理亜さん。
アホ面さげて私を見ているわ。
大分、落ち着いてきたみたいね。
話が出来そうだわ。
「大丈夫……そうね。改めて自己紹介をさせてもらうわ。私はルジーゼ・ロタ・ナナよ。クロヒョウがロクで、この子がハチ。私の配下魔獣よ。ちなみに、紅蓮の龍王もね」
「あ、あの〜」
「ごめんなさいね。少しキツイかもしれないけれど、そのままの姿で話してくれるかしら?」
「だ、大丈夫です」
それでも椅子には座らせてあげたわ。
軍人学園のグラウンドの真ん中あたりに、3畳程の直方体が鎮座しているの。
透明なベールに包まれて、中が見え難くくなってはいるのよ。
プライバシーは厳密に! ですものね。
彼女が座る椅子の後ろに竜が仁王立ち、正面にはロクがお座りしているわ。
「はぁ〜、その姿では流石に恥ずかしいわね。コレでも羽織ってくれるかしら?」
「あ、ありがとうございます」
私は大きなストールを出したわ。
肩からかけて踝まである、大きな物よ。
私のお昼寝用ね。
コレで話しやすいステージが出来上がったはずよ。
喋ってもらいますからね! !
「さて、全てを話してくれるかしら? 北岡さん」
「そ、その前に、なんでわたしの声が聴こえたの? 話がよく分からなくって……」
「異世界人、転生者、渡来者、スキル、魔術、魔獣化。これらの言葉の意味、分かる?」
「ごめんなさい。魔獣化しか知りません」
「そう。軽く説明するわ。別の世界から記憶だけで、この世界に来たのが転生者。体ごと来たのが渡来者。この2つの事柄を合わせて、異世界人と言うのよ。その際、特殊な魔力やスキルを授かるみたいなの。私の場合は、特殊スキル“獣の声”ね。動物の声を聴くことが出来る能力のはず……だったんだけれど、どうも声なき声まで聞こえるみたいなの。それで、貴女の声が聞こえたのよ」
「ひょっとして、わたしの“祈り”もスキル、ですか?」
「それは、分からないわ。ねぇ、貴方が渡来者なのは、姿ですぐに分かったわ。で、他に4人、居るはずよね。全て、話してくれる。貴女の身に起こっていることも、包み隠さずにね。……話してくれるわよね?」
彼女が大きく頷き、話し始めたわ。
悲しくも巻き込まれた人生をね。
全ての起こりは、護送車との正面衝突だったみたい。
その際、異世界に渡来して来たようね。
人数は、彼女を含めて5人。
まずは紅一点、北岡真理亜ことマリア。
彼女は公務員の父親と専業主婦の母親、歳の離れた妹の4人家族。
東京大学教育学部の2年生。
20歳になったばかりの女子大生。
キラキラ輝く楽しい頃よね。
しかも、イケメン彼氏付き。
人生の絶頂期だわ。
次はその彼氏ね。
同じ年で、同じ大学の同じ学部。
小学生から高校まで、剣道一筋で心技体を鍛えてきた、好青年。
高身長で高学歴。
非の打ち所のない爽やかイケメン。
それが、岩城秀幸 ことヒデ。
大学内で迷っていた、北岡さんに声をかけたのをきっかけに友達になり、恋人同士へと発展したみたいね。
彼氏彼女関係になるのに、たいして時間がかからなかったみたい。
美男美女カップルとして有名だったようね。
羨ましい限りだわ。
次の3人目は、ヒデの幼馴染で地田幹夫ことミッチー。
ヒデが9年間剣道の主将を務め、ミッチーが副将をした。
家族同士でも仲が良く、旅行やキャンプなどをする程の仲なの。
ヒデには3歳、離れた弟がいて、ミッチーにも3歳、離れた妹がいる。
2人は……言わずもがな……よね。
ミッチーは小柄で、高校生なのに小学生と間違うほど小さいの。
もちろんコンプレックスなんだけれど、すばしっこく懐に入るのが上手い。
主将でも通るほどの実力者だったわ。
ただ、カリスマ性とリーダーシップはヒデの方が上。
さらに、本人も自覚しており「お前が1番、オレ2番。それが納まりがいいんだ」と、口癖のように言っていたみたい。
ヒデも「ミッチーがいるから俺が無茶言える」と、話をしていたみたいね。
お互いがお互いの立場を理解し、認め合うことはいい事よ。
親友と呼べる相手は、恋人を見つけるより難しいわ。
その相手を早々に見つけるなんて、ヒデはラッキーマンだわね。
次の4人目は、楽満俊哉 ことマンプク。
大学のオリエンテーションでミッチーがビビッと感じるモノがあり、声をかけたらしいわ。
そういう時の直感は、信じた方が良いわね。
でも、結婚相手を探すときは駄目よ!
ビビッ婚なんてしたら、別れる道しか無いわ。
直感力で、相手の本質なんて見えないもの。
結婚するなら、じっくり見て感じて、慎重に慎重を重ねて選ばないとね。
離婚なんて面倒くさいもの!
怒りとパワーと根気が必要なのよ。
隣の半田さんのところの息子さんが、大変だったもの。
よく家に来て、愚痴をこぼしていたわ。
あれを聴くとねぇ〜。
旦那様で良かった、と思ったものよ。
あら? 話がそれたわ。
そうそう、マンプクの所からね。
彼は、動けるデブと言うなの異名を持っていたの。
何でも、小学生の頃からヒップホップダンスを習っていたらしいわ。
大柄で3桁に届くほどの体重を軽快に動かし、踊る様はさぞかし迫力満点だったでしょうね。
少しだけ見たいかも?
でも、本人は至って柔和のことなかれ主義。
ダンスを習う時も、双子の兄が踊っていたからで、自分からは踊りたいなど言ったことがないらしいわ。
双子ってことは……グループ名ビックフット……まんまね。
うふふ、話を聞く限りでは、常にポテチを持ち歩き、ハンバーガーはおやつ、ドーナツは間食、弁当5個は前菜……そりゃ〜、3桁に手が届くわよね。
さらに、さらに、不思議な事があるらしいの。
なんでも、普段は意見もしないで、ただついて行くだけの存在らしいわ。
ところが、危険を感じたときと食べれるモノを発見した時には、率先して意見を言うらしいの。
危険と食べ物が同系列って面白いわね。
歳は、1年浪人してしまい21歳。
3人の年上だけれど、弟気質が抜けなくて終始、人の影に隠れる性格をしていたみたい。
大きい体をして……ねぇ。
1度、会って見たいわね。
最後の5人目が問題の人物。
名前は刀祢昌利 。
彼は護送車で裁判所に向かう途中に、キャンプの帰りだったヒデ達が乗った車と正面衝突してしまい、この世界へと渡って来たみたいね。
マリアにしても、よく分からない人らしいわ。
ただ、マンプクが刀祢昌利の名前を記憶していたみたい。
彼は内科の医者で、京都大学医学部出身のエリート医師。
都内の大学病院で研修医を務め、内科医として勤めを果たしていたらしいわ。
見た目は、小柄を通り越し子供にしか見えず、身長だけで言えばミッチーよりも低かったの。
顔も童顔で帽子を目深にかぶれば、子供料金で通るほどだったらしいわ。
ただ、白髪混じりのボサボサ頭だけが年齢を表していたみたい。
歳は35歳。
独身、両親は高校生の時に離婚。
銀行の頭取をしていた父親に着いて行き、勉学に励んだ。
そのかいあって、京都大学医学部に進学。
自分が父親の側に居ることで、母親とも繋がっている。
子の役割を果たす事でもう一度、家族として一緒に居られたら! を心の内に秘めていたみたい。
そんな時、母親の乳房に癌が発見される。
父親に掛け合い、手術代をお願いしたら、無下に断られた。
母親はお金が無くて、程なくして亡くなる。
その時の母の呪いかどうかは、分からないけれど、父親も肺癌を患うの。
発見した時には既に、末期状態。
余命幾ばくも無く、あっという間に亡くなったようね。
何も出来なかった自分に恥じ入るばかりで、動けずにいたようだわ。
父親には、長年連れ添った愛人がいたみたい。
その愛人さんが、全ての財産を奪い去ったようね。
有価証券も貯金も3億円の豪邸も、何もかも全て。
長年の内縁関係を主張し、財産の殆どを持って行ったみたい。
酷い話ね。
家族3人で暮らしたかっただけなのに。
なぜ、マンプクがこんなに詳しく知っていたのか?
それは……この後、刀祢昌利は狂って行くの。
彼は「人は死から生へと繋がっている!」を胸に秘め。
自分の患者だけではなく、看護師や同じ医師にまで手にかけた。
筋弛緩剤をベースに薬を調合し、分からないように、秘密裏に、次々と殺していった。
犯行を見られ、現行犯逮捕。
流石に名前ではピンと来なくても、この“医師連続殺人事件”は記憶にあるわ。
連日マスメディアが放送していたもの。
生い立ちから、初恋、失恋、両親の離婚、心の崩壊。
ありとあらゆる事を、やっていたもの。
悪い事をした人には容赦無いからね。
勝手な想像まで付けて、当時の心境を偉そうな評論家先生が話していたわ。
離婚に原因が! 父親が暴力をしていた! 母親が育児放棄をした!
これらの事が今回の引き金になったのでしょうなぁ〜、と、ね。
みんな得て勝手に話だし、収集が付かなくなった記憶があるわ。
その犯人が、刀祢昌利 だったのよね。
マリア曰く。
「高校生ぐらいのボサボサ頭の男の子で、黒縁メガネが幼さをさらに演出しています。何より、本人が穏やかで優しそうな話し方をしていましたよ。とても、犯罪者には思えませんでしたね」
との事なの。
ここまで話を聞く限りでは、そこまで酷いことをする人達には思えないわね。
それに気になる事がもう1つあるわ。
「ねぇ。マリア。異世界人には、それぞれに特殊魔力やスキルがあるはずよ。ちなみに貴女はどんな能力なの?」
「あ! そうですね。わたしの能力は“祈り”です。自分に降り掛かる現象を、祈る事で改変する事ができます。時々、フラッシュバックの様に未来が視えます。もちろん、自分に関する事ですけれど、間接的にみんなを助ける事になるので、とても重宝しましたよ。こんな風に、祈りのポーズを取ることで未来が変わります。視る分には魔力が減らないけれど、祈ると減ります。魔術ですか?」
「そうねぇ。魔術だと思うわ。忠凶、どう思う?」
『はっ、マジックアイテ厶“恭順の首輪”を着けなければ、ハッキリした事は言えません。おそらく、魔術ではないかと推論されます』
「そうなのね」
竜とマリアが不思議な顔をしたので、忠凶からの話をしたわ。
すると、竜とトッシュ、ハチとロク、そしてネズミ隊まで興奮しだしたの。
「確かに! 首輪を着けて驚いたよ。僕が使っていた攻撃に技名が付いていて、ステータス画面にHPやMP、もぉ〜、ハッスルしたよ」
『竜! 俺は技名だなぁ。“ファイアボール”に“ファイアウォール”。火の玉に火の壁なんだが、横文字にするだけでかっこいいもんなぁ。無闇に叫びたくなるぜ』
『僕も同じワン。ナナに考えてもらったかっこいい名前は、叫びたくなるワン! 大興奮ワン!』
『だね。あたしも、同じ意見ニャ』
『『『『『はっ、同意見でございます』』』』』
と、まぁ〜、こんな感じよね。
聞いてるコッチが恥ずかしいわ。
それにしても、“祈り”ねぇ。
ある意味、予知能力よね。
怖いわ。
敵にそんな能力の持主がいたなんて、恐怖しか感じないけれど。
その本人は、目の前に居るのよね。
でも、彼女はなぜここにいるのかしら?
そして、何が彼らの身に起こったのかしら?
謎は深まるばかりね。
竜達を放置して、私はマリアに話しかけたわ。
「マリア。他の人達の能力も気になるけれど……貴方達の身に何があったの? 話を聞く限りでは、とても人食をしてまで、魔力を得る化け物には思えないんだけど」
私の話を聞いたマリアは下を向き、一筋の涙を零したの。
「はい。ここまでは、みんな普通でした。護送車から出てきた刀祢昌利には驚いたけれど、その時は知らなかったし、見た感じ怖くなかったので平気でした。異世界に来たことに興奮していた。見たこと無い風景。見たこと無い動物たち。感じたことが無い香り。それら全てが、わたし達の未来を曇らせたんだと思う。……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」
泣き崩れてしまったマリア。
コレでは、話が聴けないわね。
少しだけ休息しましょう。
私はマジックバック(改)から、ティーセットを出してホットミルクを入れたわ。
「コレでも飲んで、落ち着いて。ハチ、“縛”を解いて」
『“解”』
「あ! ……あ、ありがとうございます」
解放されたマリアが、ティーカップを受け取り飲み始めたわ。
「美味しい」
涙は乾かなくても、心は落ち着いたみたい。
「マリア。……話してくれる?」
「はい。ごめんなさい」
そう言って話した内容が、トッシュの顔を曇らせる事になるの。
そして、おぼろげだった敵の姿がハッキリした。
私達の敵の姿よ! !
待ってなさい!
刀祢昌利!
まずは、マリアを解放してもらうからね!
首を洗って待ってなさいよ! !
遅くなりましたが更新できました。
敵の名前と素性が明らかになりましたね。
個人的には5人もいるよぉ〜。
どんな風に絡むかは……神のみぞ知るセカイ!
次回予告
「お姉ちゃん! 敵よ! 敵襲よ! !」
「マナス!落ち着きなさい。とりあえず予告をするわ」
「うん!」
「何故?彼等は狂ってしまったのか!驚愕の事実が白日の下に晒される。ナナ達は立ち向かう事が出来るのかぁ!そして、マリアを救うことが出来るのかぁ!見逃せない結末が君を待っている」
「きゃ〜!お姉ちゃん、カッコイイ!」
「そ、そうかしら?」
「人差し指がビシィ!としてて良いよ!」
「ウフフ、ありがとう。マナス!」
「うん!」
ロキアとマナスの姉妹にしていただきました。
姉妹は仲良しなのですぞ!
それではまた来週会いましょう!




