混沌
階段を下りきった先。
狭い天井と壁。ロープで区切られた通路は、ゆるやかに左へ曲がっていた。
壁沿いには光る苔。どこからか、金管の曲。
トロッコがあった。いくつも連なっていた。
背中を押され、二人は座席に着た。
目の前の鉄のバーが、彼らを拘束した。
「それでは! 健闘を祈る♡」
おねぇさんが、一歩下がった。
「……健闘!?」
ラオが聞き返した時には、もう遅かった。
前方では、ネズミの耳が生えた誰かが、大声を張り上げていた。
ガタン。
トロッコが動き出した。
ゆっくりと進み、やがて速度を上げる。
天井が切れた。
ギギギギギ……!
雷が走った。
見覚えのある暗黒だった。
見覚えのあるギザギザの山だった。
そして、雷光。
トロッコは大きくうねりながら、谷底へと突っ込んでいく。
右へ。左へ。
急降下。
急上昇。
うめき声が、真下から猛然と迫ってきた。
ゴゴゴゴゴゴ!!
「いやぁぁぁぁぁ!!」
エリイの悲鳴が響いた。悲鳴ではなかった。
混沌と混乱。ラオくんは思わず目を閉じた。
そして――。
目を開けた。
「あ~、楽しかったぁあ!」
「……え」
空は青かったが、ラオの顔も青かった。
目の前には、巨大な建物と入口。遠くには風車?龍の背?
中央の広場から幾筋にも分かれた小道には、ワゴンや小屋が並んでいた。
叫び?!歓声?音?!曲?
ラオは周囲を見回した。
混乱した。
警戒した。
何が起きているのか、まるで分からなかった。
遠くに山の稜線が見えた。
「次はあっひだ! あれに乗ろほ!」
エリイが大声を上げた。なんとか聞き取れた。
彼女のご機嫌はMAXだった。
「ほは、早く!」
「待て。あの、すみません。ここは一体――」
「はーい次の方どうぞー」
流された。
次が何だったのか、ラオには最後まで分からなかった。
暗い部屋に入れられ、椅子が回り、風が吹き、気づいたら出口に立っていた。
(罰の始まりなのか)
ふと、ラオくんは思った。
それをいうなら、ずっと罰だと思った。
「ラオくん! 次! 次あれ!」
「…………」
次は、カップだった。
ただ回るだけだった。
地獄の谷を突き抜けて、空の青い世界まで来て、これだった。
ゆっくりと、ただひたすらに、回っていた。
エリイは真剣な顔でハンドルを回している。
風が、ゆるく頬を撫でた。
ラオの肩から、少しだけ力が抜けた。
床が割れた。
カップの真下から、巨大な顔がせり上がってきた。
目があった。
鼻があった。
横に裂けた口が、カップごと飲み込めるほどの大きさで開いた。
「ぐぁお~~~!!」
「きゃぁ~!!」
「うおぉ!」
怪物が、ぐるりと白目を剥いた。
「ぐぇえ~~~」
そのまま、ゆっくりと床に沈んでいった。
割れていた床が、何事もなかったように閉じた。
カップは、まだ回っていた。
「ちっ」
「ギャハハ!」
エリイが、腹を抱えて笑っていた。
ハンドルに突っ伏して、足をばたつかせている。
「今の! ラオくん今の声!」
「…………」
カップが止まった。
「あ~! 次何に乗る? ラオくん!」
ラオは空を見上げた。
青かった。
どこまでも青かった。
挙句の果てに、隣では、エリイがポップコーンを食べていた。
「……おれは一体何をしているんだろう」




