畳の部屋
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これは、わたしが小学校低学年の頃の話です。
親戚の家の2階に30cmくらいの日本人形がありました。
その日本人形はガラスケースに入れられ、保管されていました。
「この子は***っていうの」
親戚のおばさんが母とわたしたち姉妹に説明します。
わたしはこの日本人形を初めて見た時、何故か怖いと思いました。
「そうだ。この人形、あんたたちにあげようか」
親戚のおばさんがにこやかに言いました。
「いらない!」
わたしは即座に断りました。
自宅には某キャラクターの人形が何体もあるので別に人形が一体増えても構わないはずですが、わたしはこの日本人形が自宅に来るのは嫌だったのです。
「わたしもいらない」
「うん、いらない」
わたしに便乗して、姉妹も断ってくれました。
「えぇ? でも、あんたたち、人形好きでしょ?」
それでも親戚のおばさんはすすめてきます。
「うちは狭いし、こんな立派な人形貰っても置き場所に困るわ」
「そう……」
母が断ったことで親戚のおばさんはやっと引いてくれました。
小学生が親戚の家で日本人形を見た。
話はそれで終わるはずでした。
それから数ヶ月後。
わたしは一人で親戚の家に来ていました。
母方の祖父母の家に行くと、必ず親戚の家にも顔を出さないといけない決まりになっていました。
顔を出さないで帰ると、親戚のおばあちゃんが拗ねるのです。
内緒にしていても、祖父母がわたしたちが来ていたことをぽろっと親戚に話して発覚し、いつも親戚と口論になるのでした。
口論を防ぐために3人で行かなければいけないのに姉妹は面倒くさがって行くのを拒むので、いつも親戚の家に顔を出すのはわたし一人でした。
結果的に姉妹の内の誰か一人が行けば、親戚のおばあちゃんの機嫌が悪くなることはなかったのです。
「2階に行っておいで」
わたしが顔を出すと、必ず親戚のおばさんはわたしを2階へ行くようにすすめました。
田舎だから子どもが遊べる場所がなかったので、2階で時間を潰せということです。
顔を見せたらすぐに帰れば良いのですが、あれやこれやと言われて引き留められ、最低一時間は帰ることが出来ません。
何もないなら帰らせてくれやと思うのですが、祖父母の家に戻っても何もないので何処にいても同じでした。
その日もわたしは階段で2階に上がりました。
2階に上がったからといって、小学生が遊べるものは何もありません。
2階には言葉通り、何もないのです。
当時は“こういうものなのか”と思っていましたが、親戚は2階で生活していないから家具も私物も何も置いてなかったというのは後で知りました。
話を戻します。
2階に上がったわたしは、色んな部屋を探索します。
何もないので小学生に見られてはいけないものはありません。
引き戸を開けて入室・確認・退室で引き戸を閉める。
その繰り返しです。
さっさと部屋を見回りして1階に下りる。
それが決まりのようになっていました。
それから異変が起こったのは、割とすぐでした。
わたしは1階へ下りようと階段へ向かっていました。
「あれ?」
何故か階段が見付からないのです。
親戚の家は普通の一軒家で、テレビで見るお屋敷やホテルではありません。
部屋数もそんなにないのだから、迷うことはないのです。
なのに、階段がありませんでした。
「え? え?」
おかしいなと思いながら、わたしは色んな部屋の引き戸を開けていきます。
「!」
ある部屋の引き戸を開けると畳の部屋でした。
畳の部屋の奥に、更に引き戸がありました。
「こんな部屋あったっけ?」
2階は何度も探検して来たはずですが、見落としがあったのかと畳の部屋へ入って奥の引き戸を開けます。
「えっ」
その部屋も畳の部屋で奥には、―――更に引き戸があったのです。
3つ続いている畳の部屋。
わたしはまた畳の部屋に入って、奥の引き戸を開けました。
畳の部屋の奥に、またまた引き戸がありました。
ここでわたしはやっと、これが異常だと気付くのです。
隠し部屋なんて可愛いものではありません。
「おばさん! おばあちゃん! 下りられない!」
わたしは叫んで親戚のおばさんとおばあちゃんを呼びました。
しかし、周囲はわたしの声以外は聞こえず、静かでした。
外で車の走る音や何かしら聞こえるはずなのに、無音なのです。
「ぎゃーっ!」
わたしはパニックになって叫びました。
回れ右をして、引き戸を閉めずに開けっぱなしで畳の部屋を出ます。
畳の部屋を出る。
畳の部屋を出る。
畳の部屋を出る。
「なんでさ!」
次に畳の部屋を出たら廊下があるはずなのに、あったのは畳の部屋でした。
家具も何も置いてない部屋なので、目印なんてありません。
畳の部屋には押し入れがあるだけで、押し入れの戸は開いていて中には何もありません。
「うぅ……」
わたしは畳の部屋から出られなくなりました。
「おばさん! おばあちゃん!」
何度叫んでも誰も来てくれません。
泣きそうになっても、誰も助けに来てくれません。
「もうっ!」
わたしは自棄になって、畳の部屋を進み続けることにしました。
進み続けたらいつか行き止まりになると思ったのです。
進んでも進んでもずっと同じ作りの畳の部屋。
延々とループしているようでした。
10部屋目の畳の部屋に入ってからは数えるのを止めました。
それから、どのくらい経ったでしょうか?
「くすくす、くすくす」
後ろから笑い声がしました。
「誰!」
自棄になっていたわたしは後ろを振り返ります。
でも、誰もいませんでした。
「いたずらはやめてよね!」
わたしは勢いよく引き戸を開けました。
「えっ!」
目の前には廊下がありました。
「うそ!」
おそるおそる部屋から出ると、見慣れた廊下でした。
「あーっ!」
そして、ずっと探していた階段がありました。
わたしは走って階段を下りました。
手すりに掴まらなかったので、よく滑って落ちたりしなかったなと思います。
「あれ、もう良いの?」
1階に下りると、わたしに気付いたおばさんが呑気に声を掛けて来ました。
ひどいと思いながら、時計を見るとわたしが2階に上がってから20分も経っていませんでした。
こっちは体感的に何時間もいた感覚でした。
「何回も呼んだのに!」
わたしは泣きべそをかきながら親戚のおばさんとおばあちゃんに2階での出来事を説明します。
でも、
「声なんて聞こえなかったよ?」
「えぇっ、うそだぁ!」
「静かに遊んでるとしか、ねぇ?」
親戚のおばさんの問い掛けに、親戚のおばあちゃんは頷きます。
「あっ、他に“女の子”が遊びに来たなら教えてよ! その子、笑ってたんだよ!」
親戚のおばさんとおばあちゃんが顔を見合わせます。
「今日はあんた以外、誰も来てないけど」
「え」
「女の子? 2階にいるわけないでしょ。どんな子さ?」
特徴を聞かれても、姿を見てないので答えられません。
それよりも、
「女の子……?」
わたしは何故、自分が女の子と言ったのか分かりませんでした。
後ろでくすくすと笑い声がしただけです。
小さい子の笑い声だけなら性別なんて分かりません。
「***に会った?」
わたしがちんぷんかんぷんになっていると、おばあちゃんが聞いて来ました。
「***って?」
「2階に日本人形があったっしょ」
「………」
おばあちゃんに言われて、日本人形のことを思い出しました。
名前も言われるまで存在を忘れていました。
「あっ」
そこでわたしは日本人形がある部屋には入っていなかったことを思い出します。
日本人形を一人で見たくなかったのです。
「ああ、あんたが会いに来てくれないから***は怒ったのかもね」
うんうんと一人で納得するおばあちゃん。
「笑ってたのなら遊びたかったのかもね。どれ、一緒に見に行こうか」
「絶対にいや!」
また同じ体験をしたくなかったので、おばさんの提案は断りました。
その時はテンパっていて気付きませんでしたが、親戚のおばさんとおばあちゃんがわたしの話を聞いても不気味がったり笑い飛ばすことなく淡々と受け入れているのは異様でした。
その後、祖父の家に戻って『怖かった!』と親戚の家での出来事を祖父母と母に説明すると、『はいはい』と受け流されました。
姉妹に話しても『寝てたんじゃないの?』で終わりました。
子どもながらに『ほんとなのに!』と無機になっていましたが、子どもだったので数日経つと親戚の家での出来事はわたしの記憶から消えていったのでした。
記憶から消えていたのに、思い出す羽目になったのはそれから数年後です。
「親戚の家に日本人形あったでしょ」
母が唐突に話し始めました。
「あー、あったね。怖かったっけ」
わたしはぼんやりと当時を思い出していきます。
「日本人形の名前、なんだったっけ?」
「***」
「母さん、よく覚えてるね」
「その***って持ち主の名前」
「ん?」
最初、母の言ってる意味が分かりませんでした。
「***さんの日本人形ってこと?」
「日本人形の持ち主は幼い女の子で、病気で死んだから日本人形に***って名前をつけたんだって」
「は……」
日本人形に亡くなった***の名前をそのままつけた。
どういう経緯かは知りませんが、親戚は知人からその日本人形を譲り受けたという話でした。
「え? は? そんな日本人形をうちに寄越そうとしたの?」
「そうみたい」
あっけらかんとしている母。
(幼い女の子? じゃあ、あの笑い声はまさか……)
当時の親戚の家での出来事を思い出し、わたしは顔から血の気が引くのでした。
【終】




