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第28話 修復術式


遺跡の最深部、星の御座の間。


賢者が消え去った後の静寂の中で、ユアンたちは古びた一冊の書物を囲んでいた。


「――すごい、これが……世界の真実……」


エルナが震える声でページをめくる。古代魔法文明の神代文字で綴られたその書には、現代の魔法理論をはるかに超える知識が詰まっていた。ルーチェは隣で祈るように両手を組み、フィアは猫耳をぴんと立てて、難しい文字を必死に読み解こうとしている。


「エルナ、何て書いてあるんだ」

「ええと……『第一章 修復術式の根源』――」


エルナが最初の一節を読み上げた瞬間、ユアンの胸の奥で何かが熱く脈打った。


『修復術式とは、万物を「本来あるべき姿」へと戻す術なり。その本質は癒やしにあらず。世界の記憶より完全なる状態を呼び覚まし、現在を上書きする――すなわち、これは「回復」の名を借りた「世界修復」の力である』


「世界修復……俺の《完全回復》は、そんな大げさなものじゃ――」

「まだ先があるわ。……えっ」


エルナの手が止まった。次のページを開いたまま、彼女の顔から血の気が引いていく。


「どうしたにゃ、エルナ。幽霊でも見た顔だにゃ」

「……これ、ユアンにしか使えない術式ばかりよ。見て、この応用リスト」


彼女が指さしたページには、こう記されていた。


『修復術式 応用一覧』


第一術『状態異常解除』

対象の負傷・疾病・中毒・呪いを「なかったこと」にする基礎術式。修復術式の根幹を成す。


第二術『魔力回路最適化』

対象の魔力回路を「本来あるべき流れ」に修復する。魔力の回復速度・出力・効率を最大値まで引き上げる。いわゆるバフ効果だが、通常の強化魔法とは異なり強制力が段違い。


第三術『外部干渉遮断』

対象にかけられた他者からの干渉――強化・弱体・精神操作・契約・呪縛の類を「異常状態」とみなして一括解除する。洗脳された味方の救出や、敵がかけたバフの解除も可能。


第四術『領域修復』

「場」を一つの生命体とみなし、破壊された地形・建造物・結界などを修復する。毒に汚染された大地や、荒廃した森も浄化可能。


第五術『因果遡行修復』

失われた四肢や、破壊された魔道具など、「現在存在しないもの」を過去の時点から修復する。この術式のみ、発動に莫大な魔力を要するため注意。


「これ……全部、ユアンの《完全回復》でできるってこと……?」


エルナは声を震わせ、隣で覗き込むルーチェも言葉を失っている。


ユアンは、自分の両手を見つめた。これまで自分は、ただ傷を治すことしかできないと思っていた。戦えない。守れない。ただ回復だけが取り柄の、無能な白魔術師だと。


しかし、この書は違うと言っている。


《完全回復》は、単なる治癒魔法ではない。世界の傷を修復する力――「修復術式」なのだと。


「……フィア、ちょっとこっちに来てくれ」

「え?なに、ユアン。あたし、別に怪我してないにゃ」

「怪我じゃない。ちょっと試したいことがあるんだ。――《外部干渉遮断》」


ユアンがフィアの肩に手を置き、新たな術式を意識する。これまでは「傷」だけを対象にしていた回復魔法を、「外部からの干渉すべて」に拡大するイメージ。すると――フィアの身体から、かすかな黒い靄が立ち上り、消えていった。


「……にゃ?なんだか、すごく頭がすっきりしたにゃ。今までずっと、頭の奥がちょっと重かったのに」

「それ、教会に捕まってた時の残滓かもしれない。無意識レベルの呪縛が、ずっと残ってたんだ。――もう大丈夫だ」

「ユアン……!」


フィアはぽかんと口を開け、それから嬉しそうにユアンに抱きついた。


「ユアン!ユアン!あたし、なんかすごく嬉しいにゃ!ありがとうにゃ!」

「わかった、わかったから落ち着け」


ユアンは苦笑いしながらも、自身の手応えに驚いていた。今までは気づけなかった。ただ「傷」だけを治すことに必死で、もっと広い範囲の「異常」を捉える発想がなかったのだ。


「すごいです、先生……!これなら、ガルム王国で操られていたテオバルト様のような方も、もっと簡単に救えたはずです」

「ああ。それだけじゃない。――見てくれ、この床」


ユアンは今度こそ、遺跡の床に手をかざした。蒼穹の騎士との戦いでひび割れ、星を統べる者の消滅で崩れかけた星晶石が、触れるまでもなく淡く輝き始める。ユアンの魔力に呼応して、床が自己修復を始めた。何千年もの時を経て蓄積した傷みはみるみる消え、星晶石は本来の虹色の輝きを取り戻していく。


「第四の術式……『領域修復』。俺の回復は、人だけじゃなく、場所も癒やせる。それに、俺の魔力で共鳴しているんだ。この遺跡自体が、俺の魔力に応えてくれているみたいだ」

「ユアン、あんた、今、とんでもないこと言ってるわよ……?」

「ああ。でも、まだ完璧には扱えそうにない。特に最後の『因果遡行修復』だけは、やけに魔力を食う。失われた腕を再生するだけでもかなりの負荷だったのに、過去の時点から修復するってのは相当な訓練が必要そうだ」


ユアンは静かに目を閉じ、書に記された術式の感触を反芻する。まだ完全に使いこなせるわけではない。だが――今はもう、道が見えている。


「でも、これでわかった。俺の力は、傷を治すだけじゃない。世界の歪みそのものを、本来あるべき姿に戻す力だ。だったら――」


ユアンは顔を上げ、仲間たちをまっすぐに見据えた。


「こんな遺跡の奥で立ち止まっている場合じゃない。早く魔王城に戻ろう。この書の知識を、リリス様やベリルたちと共有したい。それと――」

「それと?」

「エルナ。この書の第八章、そこに書いてある『パーティ・リンク』とやらを読んでくれないか。俺一人で読むには、古代文字が難しすぎる」

「パーティ・リンク……?ちょっと待って、ええと……あ、これだわ。『四人の魔力を共鳴させ、一人を核として感覚と魔力を共有する古代の術式』ですって。これなら私たち全員で強力な術式が使えるようになるかもしれない……!」

「――!それはすごいにゃ!」

「私も、先生たちと一緒に戦う力がもっと欲しいです!」

「決まりだな。よし、一度魔王城に戻ろう。この知識を持ち帰って、みんなで強くなるんだ」


ユアンの言葉に、三人が力強くうなずいた。エルナは真実の書を胸に抱き、ルーチェは聖属性の明かりを灯して帰路を照らす。フィアは出口に向けて猫耳を立て、安全を確認しながら先導を始めた。


ユアンは一度だけ振り返り、賢者が消えた玉座に深く一礼した。


(ありがとう、賢者様。あなたが守り続けてきたこの知識、無駄にはしません。必ず世界を癒やすために使います)


そうして四人は、新たな力を胸に、光輝く回廊を進み始めた。


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