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死者専用アパートの管理人になった俺、なぜか成仏できない美少女たちに懐かれる  作者: 鷹司 怜


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第一話 家賃五千円の事故物件

仕事を辞めた。


正確には、辞めざるを得なかった。


三年間勤めたブラック企業で心も体もすり減り、ある朝とうとう出社できなくなったのだ。


退職届を出した帰り道、財布の中身を確認して絶望した。


残金、三万二千八百四十円。


家賃の支払いまであと二週間。


次の仕事は決まっていない。


人生、わりと詰んでいた。


そんな俺――相沢悠人が見つけた救世主が、ネットの賃貸サイトに載っていた。


【家賃五千円】

【駅徒歩十分】

【即入居可】


どう考えても安すぎる。


説明欄には小さくこう書かれていた。


『告知事項あり』


つまり事故物件だ。


だが、幽霊なんて見たこともないし信じてもいない。


それより現実の方がよほど怖い。


だから俺は契約した。


夕凪荘(ゆうなぎそう)という名の古びたアパートを。


夕方。


段ボール三箱を抱えた俺は、夕凪荘の前に立っていた。


木造二階建て。


外壁は色あせている。


だが不思議と荒れた感じはない。


どこか懐かしい雰囲気だった。


「ここか……」


深呼吸して敷地へ入る。


すると管理人室の引き戸が音を立てて開いた。


「待ってたよ」


出てきたのは小柄な老婆だった。


白髪を後ろで束ね、穏やかな笑みを浮かべている。


「相沢悠人(ゆうと)さんだね」


「はい」


「私は大家の佐伯です」


老婆は軽く頭を下げた。


「遠いところご苦労さま」


まともそうな人だ。


少し安心した。


不動産屋が妙に怯えていたから身構えていたが、拍子抜けするほど普通だった。


だが、その安心は長く続かなかった。


「ところで悠人くん」


「はい?」


「君には今日から管理人もやってもらうから」


「……え?」


「住人たちの面倒を見てほしいんだ」


「いや、そんな話は聞いてませんけど」


「家賃五千円の理由だよ」


さらっと言われた。


なるほど。


だから安かったのか。


管理人業務込みなら納得できる。


そう思った矢先だった。


老婆は続けた。


「まあ、住人は全員死んでるけど」


「は?」


一瞬、言葉の意味が分からなかった。


「だから死者だよ」


「えっと……」


「幽霊」


俺は固まった。


老婆は真顔だった。


冗談を言っている顔ではない。


その時。


ギィ、と二階の窓が開いた。


顔を上げる。


一人の少女が身を乗り出していた。


高校生くらいだろうか。


肩まで伸びた黒髪。


整った顔立ち。


制服姿。


夕日に照らされているせいか、妙に綺麗に見えた。


少女は俺を見るなり目を見開いた。


「えっ!?」


次の瞬間。


大声を上げる。


「生きてる人が来たーーーっ!!」


アパート中が騒ぎになった。


窓が開く。


扉が開く。


足音が響く。


「本当か!?」


「十年ぶりじゃないか!」


「若い男だぞ!」


「やっと来た!」


次々と人が現れた。


老人。


中年女性。


サラリーマン風の男。


小学生くらいの子供。


住人らしい人々が一斉にこちらを見ている。


だが全員、顔色が異様に白かった。


生気がない。


まるで――。


「ちょっと待ってください」


俺は後退(あとづさ)った。


「この人たち……」


「だから死者だって言ったじゃないか」


老婆は平然としている。


その間にも少女は階段を駆け下りてきた。


俺の目の前で立ち止まる。


近くで見ると、本当に綺麗だった。


大きな瞳。


明るい笑顔。


だが何かがおかしい。


「こんにちは!」


少女は元気よく頭を下げた。


「私は雨宮結衣です!」


「あ、どうも……」


「本当に生きてます?」


「生きてるけど」


「すごい!」


何がすごいのか分からない。


だが彼女は本気で感動しているらしい。


「ねえねえ!」


ぐいっと顔を近づけてくる。


「外の世界って今どうなってるの?」


「スマホってまだある?」


「アイドル誰が人気?」


「学校って変わった?」


質問攻めだった。


距離が近い。


近すぎる。


俺が困っていると、彼女は急に首を傾げた。


「あれ?」


「どうした?」


「また消えてる」


「え?」


視線を下げる。


そして凍りついた。


彼女の足がなかった。


正確には透けていた。


床が見えている。


完全に向こう側が見えていた。


俺の思考が停止する。


少女は照れくさそうに笑った。


「あはは、ごめんなさい」


まるでスカートがめくれたくらいの気軽さだった。


「たまにこうなるんです」


その瞬間。


俺の中で何かが切れた。


「無理だろおおおおおっ!!」


叫びながら荷物を放り出す。


踵を返す。


全力疾走。


人生最速だった。


だが門のところまで走った瞬間――


目の前に黒い影が現れた。


ぶつかる。


尻もちをつく。


見上げる。


そこには誰もいなかった。


いや、いた。


首だけが。


空中に浮かんでいた。


「帰るのかい?」


老人の顔が笑った。


俺は悲鳴を上げた。


その夜。


俺はまだ知らなかった。


夕凪荘に住む死者たちの秘密を。


そして住人名簿の最後に記された、自分自身の名前の意味を。

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